ここのところ福岡に本拠を置く某健康食品会社の仕事で、国内出張の機会があり、先週は島根の益田市までその会社の製品で使用する農場と加工工場を視察してきた。
工場は勿論食品を扱うので、見学者とはいえ外気の不純物を持ちこませないために厳重なチェック体制が義務付けられている。原発作業員のような防護服に着替え工程に従って部屋から部屋へ移動する際もすべて、ほこりを落とし手洗い消毒を課せられるのである。さらに虫や生物の混入が間違っても起きないように工場自体の構造も工夫されており、何重ものハードルが存在する。某国のように干からびたカエルが混入するなど、人為以外ではまずあり得ないのである。
農場も有機農法ということなので、手作業に負うところも多くいたるところで気を配られているし、天候や、虫、鳥類や野兎、イノシシといった外敵にも気を配らなければならないのだ、案内していただいた現場の方々の苦労は大変なものがあるのだろう。
農場と一口にいっても、最終的には製品出荷とリンクするわけなので、ただたんに育て収穫すれば済むというわけではない。販売状況に合わせた在庫管理や工場とのライン調整ともリンクするので、収穫量の調整は絶えず行われる。農業は厳密な数字にもとずく経営管理の一貫なのである。
手作業に頼る部分は大きいので、ファームで収穫に従事する働き手の人事管理も大事になってくる。作業開始前の朝礼や、一日の作業安全確認、ラジオ体操なども大事な日課なのだ。
日本の食に携わる企業の管理体制の素晴らしさを目の当たりにしてきたのだが、現場でまじめに取り組んでいる多くのスタッフの方々、農場で働く農家のおじさんおばさんの笑顔に接するに、なかなか日本人の仕事に取り組むひたむきさを感じて誇らしい気分にさせられてしまう。単にパッキングされ店頭で手にする商品の裏に、目に見えない多くの人々の関与があることを改めて思い知らされた機会となった。
2014年6月5日木曜日
サッカー仕事連戦
ワールドカップイヤーでGW前からサッカー仕事で忙殺されていたが、ようやくひと段落。
まさにブラジルのスタジアム建設工事のごとく、間に合うかどうか心配したがどうにかこうにか形になった。
さて来週からいよいよ本大会開催。徐々に盛り上がってくる気分に浸りつつある。
まさにブラジルのスタジアム建設工事のごとく、間に合うかどうか心配したがどうにかこうにか形になった。
さて来週からいよいよ本大会開催。徐々に盛り上がってくる気分に浸りつつある。
ドイツサッカー専門の電子出版
ブンデスリーガで多くの日本選手が活躍している現在
なかなかユニークな取り組みはある。
(BOOKBYOND刊)
前回大会に続いて制作したガイドBOOK
付け焼刃でつくったが出来てみたら意外と良い!
各所でも絶賛の声を聞いて少し苦労が報われた感じ。
(KADOKAWA刊)
2012年7月23日月曜日
10代のことなんてついぞ考えてなかったが

現在、仕事で受けている雑誌の特集企画が進んでいるが、テーマは「いまどきティーンの実態」。
齢50を超えて、自分の息子より若い世代のことを調べなきゃならないのだが、バブルを教科書で習った(!)という連中がどんなことを考えてこの危機的な世の中を見ているかは結構興味がある。もちろん時代の変遷で彼らの考えに理解しがたいことも多々あろうが、思えば自分たちだって大正生まれや昭和ひとけた生まれの親たちの世代から同じように思われてきたので、わからないのはいつの世代だって同じことだ。
きっかけはとある出版社からニコニコ動画にハマっている中高生に向けた企画の相談を受けたことで、大体そんなものに10代の連中が一生懸命になっている事すら知らなかった。件の雑誌の企画会議でちょっと知ったかぶりで伝聞したことを披露したので、それじゃということで特集することに決まってしまった。言いだしっぺが担当することを考えると余計な事を言わなければよかったとちょっと悔やんだが、雑誌の発行先であるテレビ局が乗ったのも、少子化で数は減っているもののだからと言って今後の視聴者の主体へとなって行くであろうこの世代のことは研究する必要があったのだろう。
数年前に博報堂の生活研究所がまとめた「10代のぜんぶ」(ぽぷら社刊)という本がある。既に絶版となってしまったが2004年から2年間にわたって調査した10代のヒアリング調査で構成されていて、携帯電話に依存する彼らのコミュニケーションの取り方とかはなかなか参考になる。それから数年たってスマホの時代になって生活自体がどう変わっているのだろうか?時代のスピードが著しく早まっていて、情報ツール自体も日進月歩かわっていくわけだが、この本でも分析していた「自分の将来に対するイメージ」なんかはそれほど変わったかといえば、そうでもないような気がしてくる。自分の頃だって明確な将来のビジョンなんて持ってるやつはそんなにいなかった気がするし、大人になって行く過程で直面する事態に影響されながら変わって行くものではないのだろうか。
年をとると「俺らの頃は」とつい言いがちだが、そう言いたくなるのを抑えつつ今後の調査の結果の進展を見ていきたいと思う。しかし、少子化、衰退する経済、3.11以降混迷する日本人の状況を考えると、いまの10代の行く末はなかなか厳しいんだろうなと心配せざるを得ないが、まあ自分たちもそのうち老いて彼らに依存するわけだから自分たちの問題でもあるのだけど。
2011年2月26日土曜日
スキー場で日本の衰退を憂う

今週はFK誌の取材で長野県菅平高原へ出張した。昨秋に続き2度目の訪問だが今回は一面の銀世界。
スキーシーズンド真ん中ではあるが仕事は春から夏にかけての少年サッカーの大会誘致に関連した話で、別に滑りに行ったわけではない。しかし、スキー場にいること自体もう何年振りだろう?それこそ10年くらい前に夕張映画祭を取材したついでに滑って以来じゃなかろうか。学生時代やサラリーマンになりたての頃は週末車でスキー板を積んでユーミンかけながらしょっちゅう苗場や湯沢、白馬あたりに出掛けたものだが、もうトンと足が遠のいてしまった。
しばらくゲレンデとは縁がなかったが、ただ明らかに昔と変わっているのはスノボの若者グループが散見するのとスキー教室できている高校生たち以外に、かつてはあふれかえっていた大学生や若い社会人といったようなスキー客を全然見かけないことだ。リフトだって延々空のまんま動いてからからと音を反響させている。変わっていないのはレーモン・ルフェーブルみたいなお約束のイージーなBGMくらいだ。それがいっそう物悲しさを誘ってしまう。平日だとはいえ昔を知る人間にとってはその寂びれ具合に正直驚いた。あの週末の池袋や新宿に並んでいたスキーバスはどこに行ったのだろう?関越の入口がスキーキャリアを乗せた車で渋滞したのはもう消滅したのだろうか?
まあ、上越新幹線の走っている地域や、それこそ北海道のスキーリゾートあたりはさすがにこれほどのことはないのだろうが、日本社会の元気のなさが反映されているようでなんだか脱力してしまった。
これじゃ、車は売れないわ地方に金は落ちないだろうな。人も物も動かないんじゃ経済が回転するわけがない。それも景気後退のためだけなのだろうか。
最近の若者は、なんて言い始めると、自分が歳を取ってしまったと後で反省するのだが、そもそも若い世代の連中に本当にはつらつとした「午前10時の太陽(by毛沢東)」という生気を感じない。こんな空気を反映させてか結局、同行した同年輩の関係者たちとの飲み会の席でも若い社員たちのひきこもり的な職場態度の愚痴を聞かされる羽目になってしまう。
部屋に戻ってニュースを観ていても国会は相変わらずため息が出るような空転ぶりだ。
はあ~、日本の前途はいったいどうなるんだろう。
2010年12月8日水曜日
国際ジャーナリストの“証言”

現在手伝っている競馬専門誌の仕事で国際ジャーナリストの手嶋龍一さんのインタビューに立ち会ってきた。
手嶋氏はNHKワシントン総局長として9.11テロを現地から長時間にわたって伝えてきたことで一気に有名になったのだが、NHK退局後はご自身の経験も生かし『ウルトラダラー』『インテリジェンス―武器なき戦争』と多くの話題作を書き、近著『スギハラダラー』も好評である。
その気鋭のジャーナリストがなぜ競馬?というと、実は知る人ぞ知る競馬ファンというかフリークなのである。
出身も北海道岩見沢で子供のころから生産者とのつながりが深く社台ファームの吉田一家とは家族ぐるみの付き合いだという。
この極東情勢が緊迫したなかで競馬の話でもないのではと思っていたが、快く応じていただけたのも逆にこちらが競馬の雑誌であったからこそのようだ。
実際のっけから“競馬ファンと言われるのが嫌というわけではないけど、ファンというよりはもっと内側の人間、英語で言うとWittness=証言者とでもいうような立場ですから”とたしなめられてしまったほどである。
インタビューも現在の競馬会の抱える問題を中心に社台ファームとのかかわり、駐在員時代の競馬遍歴と競馬の奥深さまで実に幅広くまた熱が入ったお話しで、取材時間の1時間圧倒されっぱなしだった。
一見ソフトな容貌だが、なかなかどうしてさすがに修羅場をくぐってきた気鋭のジャーナリストだけに、その一つ一つの言葉に迫力と説得力があり、また現在は大学で教べんもとられていることもあるからか取材側が教えられる学生のごときで、すっかり勉強になりました。
しかし国際ジャーナリストへの取材で、まったく国際情勢が話題に出ないというインタビューも珍しいというかなんというか…。
2008年8月14日木曜日
覆水は盆にカイラスだって

前の日記をアップしたばかりで飛び込んできたのは雑誌『カイラス』の発行元アーバンコーポレイションの倒産のニュース!総額2558億の負債で今年一番の大型倒産らしい。不動産不況がたたったということらしいがここ何ヶ月かの株価の動きも変だったので大丈夫かなと心配はしていたのだが。
旧知の仲でもあるKN編集長から電話をいただいたのだが、いつもニヒルなKN氏もさすがに焦っていた。そりゃそうだろう。
せっかく第3号目の作業に入っていたのだが、雑誌自体の存続は決まってはいないものの多分難しいだろうなあとのこと。こっちにとっても取材や原稿発注も済ませていたので迷惑をかけてしまう関係者も多い、あるライター氏からは“覆水盆にカイラス”と笑わせてもらったが、こちらとしても仕事がなくなってしまうのはなんとも痛いので本当は笑い事ではない(涙)。たまたま昨日も別口の取材先(クライアント)で景気の悪さを嘆きあったばかりなのだが実際直接的にこんな形で体感させられるとは思わなかった。
与謝野経済相がここのところの景気後退を「対外的要因だから楽観的に考えるほうが正解ではないか」などと脳波がおかしいんじゃないかとしか思えない危機感ゼロの発言してたが、この倒産劇とかどう思うんだコラ。なんだか本当に嫌な時代になって行きそうだ。
『カイラス』は金がかかったスカした雑誌だったけど、地球環境にテーマを置いた骨太さも持ち合わせていた。これで終わらせてしまうには本当に残念のきわみだ。どこかで発行元変わって継続できないものだろうかと切に思う。
2008年8月13日水曜日
ターセム監督インタビュー
雑誌『カイラス』の仕事で、9月公開の映画『落下の王国』のターセム・シン監督のインタビューに立ち会う。インタビューに先立って先日試写も観て来たのだが、映像の美しさに関しては近年まれに見るというか今まで見たこともないような心揺さぶられるシーンのオンパレードに終了後もしばらく声も出なかった。
ターセムは1961年生まれの47歳、インド・パンジャブ地方出身で、イランの寄宿学校で学び24歳で渡米。CMやMTVの仕事で才能を開花させ、91年R.E.MのミュージックビデオでMTV最優秀ビデオ賞を受賞。ナイキの“Good vs Evil"などのCMで一躍映像の魔術師と謳われるまでになる。2000年にジェニファー・ロペス主演の『ザ・セル』で映画デビューした。この作品が第2作目だが構想自体は20代の頃から暖めてきたもので24カ国以上のロケ地で(うち世界遺産13箇所)4年間にわたって撮影が続けられたそうである。しかも過去のCM製作で稼いだ個人資産のほとんどすべてをこの映画につぎ込んで、執念で完成させた作品なのである。
都内のホテルの一室でインタビューは行われたのだが、挨拶の後、“素晴らしい映像美に感動しました”と我々が言うと、“本当に?やったね!”とガッツポーズしたのにまず驚かされた。映画監督によくある気難しさや芸術家肌を気取ることもない、なんとなくMTV出身の出自を感じさせるいい意味でのノリのよさが伝わってくる。わずか30分の短い持ち時間だったが、ひとつの質問にインド訛りの英語で延々としゃべるしゃべる。こちらは聞きたいことはたくさんあるのにといささかはらはらさせられたが、よほどこの作品に対して話すのが好きなのだということは本当によくわかる。
ストーリーは草創期のサイレント映画のスタントマンの青年が撮影中の事故で大怪我を負い、さらに恋人を失い生きる望みを失う。入院中に知り合った5歳の少女患者に創作した物語を語ることをだしにモルヒネを盗ませようとする、しかし少女の純真無垢な気持ちにいつしか自らが癒されていくという物語。想像上のファンタジーの世界が石岡暎子の幻想的な衣装とあいまって極彩色であるのに対して現実世界がモノクロームというまあそれほど新しい手法ではないのかもしれないが、主役のルーマニア人少女カティンカ・アントルーの瑞々しい演技がモノクロームの画面を逆にリアルな時間軸をつむぎだしていく。
“映像を学び始めたときブライアン・イーノの講義で非常に感銘を受けたんだ。いわくレコードのような記録メディアが出来る前の音楽家は聴衆に応じて演奏を変えた、ストーリーテリングもそれと同じで本来は聞いている相手によって語り方を変えていくのが物語ることのもっともプリミティブな形だというわけだ。ましてや相手がイノセントな子供なら誤解やズレも生まれ、それが逆に話す側の物語に思わぬ影響を与えていくと思うんだ。だから聴衆の反応を見ながら音楽のトーンやムードを変えていく、そういった語り口に、僕は映画という表現方法でトライしてみたかったんだよ”
“とにかく自分に正直に、やりたいことを撮って行ったんだ。弟(共同製作者)には家を売るまでになったら教えてくれといったんだけど、本当に重要なのはとにかくこの映画を作ったという事実。途中であきらめていたら本当に後悔しただろうな。映画は人生そのものなんだからね”
機関銃のように言葉が飛び出してくる濃密なインタビューの時間が終わると“試写には来てくれたの?”と逆に聞かれた。もちろんですと答えると“それは良かった。だってDVDで観るのとスクリーンを通してみるのとではやはり手作り感が伝わらないからね”CGをほとんど使わず(唯一タージマハルのロケ中に映りこんだ観光客と世界遺産の場所に観光用につけられた手すりを消した)ひとつひとつのシーンに金と情熱をつぎ込んだ映画バカの快心の笑顔がそこにあった。
映画『落下の王国』は9月6日、シネスイッチ銀座ほかで公開。
2008年7月31日木曜日
本屋がなくなるなんて
出版不況が身にしみる今日この頃、辛いのは何も作り手の側だけのことではない。売り手のほうも大変なのである。
青山ブックセンターがピンチらしい。一度、親会社の不動産部門の失敗で窮地に陥ったが、取次ぎの洋販の支援で何とか破産を免れていた。今回はその洋販が負債額65億円で破産宣告したそうである。青山ブックセンター自体の業績が悪いわけではないので何ともツイていない。洋販は流水書房も傘下にしているのでこちらもヤバイのだろうか。
やはりネットで書籍を注文する時代になって、リアルショップはどこでも辛くなっているのだろう。
青山ブックセンターはデザイン系の書籍の宝庫だし、朝までやっているし、店員さんのPOPは凄く参考になるし、無くなったら困るなあとは思うものの、神保町にいると六本木に行くことだって(飲みは別だけど)そうそう頻繁にあるわけではないので、お前が売り上げに貢献したかというと何も言えない。
確かにネットは便利だし、レイ・ブラッドベリの『華氏451』みたいに活字がなくなってしまうわけではないので、流通形態が時代とともに変わっていくのはある程度やむをえないのかもしれないが、ビブリオマニアとしては書店という居心地の良い空間が失われてしまうのは耐え難いものがある。『シネマと書店とスタジアム』という沢木耕太郎の書籍が出版されたとき、“まさに自分のフィールド”と共感したものだ。
大型書店でも倒産の憂き目に会う時代に、ましてや個人経営の街の本屋さんが店を畳んでしまうのはもう止められないことなのかもしれない。そんなことを思いながらたまたま所用で出かけた新井薬師駅の商店街を歩いていたら、典型的な小さな街の本屋さんを見かけた。しかも2軒。何かとっても懐かしい気分で引き戸を開けておじさんがレジにぽつんと座る店内に入ってみた。長居をするとハタキをかけられるかもしれないので、いつもはあまり買わない週刊誌を選んで買って出た。果たしていつまでこの店も頑張れるのだろうか。
よし!明日は、六本木まで足を伸ばしてみるか。神保町にも当然というか書店には困らないのだが、やはり気持ちだけでも連帯を示したい。あ、それと八王子の啓文堂にも行ってあげなければね。交通費かかるなあ。
2008年7月21日月曜日
あるプロカメラマンを偲ぶ
以前在籍していた会社の写真部のNカメラマンが心筋梗塞で急逝されてしまった。
休日に長らく会っていない昔の会社の人から自宅に電話がかかってくると、往々にしてあまりいい話ではないが、今回も嫌な予感は的中してしまった。
Nカメラマンは数歳年上の先輩で、「明星」「平凡」華やかし頃から芸能畑専門で活躍されて来たベテランである。仕事ではあまりシャッターをバシャバシャ切らず、こちらがちょっと心配になるくらいだったが出来上がりは確かな職人肌の人だった。仕事以外でも麻雀やゴルフで業界の人と親しく付き合い顔も広く、それ以上にいつも笑顔を絶やさない人柄で若い記者からも慕われる人だったように思う。以前大病をしてしまったが、好きだった酒もタバコもやめて最近はすっかり元気になったと人づてに聞いていただけに、突然の悲報に声も出なかった。
とりもなおさず昨夜お通夜に駆けつけた。会場が自宅から歩いていける近くのお寺の会館だったので時間通りに行くと、すでに大勢の人が焼香の列に並んでいて故人の人柄が偲ばれた。祭壇の遺影はいつもの笑顔でわざわざありがとうと語りかけてくるようで泣けてしまった。撮る側のプロは撮られる写真の顔も素敵だった。
30年以上にわたる雑誌の仕事で、作品で名を成すことも無く個展や個人の写真集を出すことも無かったが、最近、子供番組の戦隊もののスターたちのムック本を出したのが唯一の著作物となった。しかしながら彼は、ファインダーを通し1970年代からの芸能やスポーツの現場にいつも立会い、その時代の一端を切り取り続けてきたのだ。彼が撮った無数の写真は幾多の雑誌を通し、それこそ膨大な数の人の目に触れ続けてきたのである。そのプロフェッショナルな仕事の評価は決して貶められることは無い。
Nさん、長い間お疲れ様でした。これからも笑顔のイメージを胸に抱き続けていきます。
どうかやすらかに、ご冥福をお祈りいたします。
合掌。
休日に長らく会っていない昔の会社の人から自宅に電話がかかってくると、往々にしてあまりいい話ではないが、今回も嫌な予感は的中してしまった。
Nカメラマンは数歳年上の先輩で、「明星」「平凡」華やかし頃から芸能畑専門で活躍されて来たベテランである。仕事ではあまりシャッターをバシャバシャ切らず、こちらがちょっと心配になるくらいだったが出来上がりは確かな職人肌の人だった。仕事以外でも麻雀やゴルフで業界の人と親しく付き合い顔も広く、それ以上にいつも笑顔を絶やさない人柄で若い記者からも慕われる人だったように思う。以前大病をしてしまったが、好きだった酒もタバコもやめて最近はすっかり元気になったと人づてに聞いていただけに、突然の悲報に声も出なかった。
とりもなおさず昨夜お通夜に駆けつけた。会場が自宅から歩いていける近くのお寺の会館だったので時間通りに行くと、すでに大勢の人が焼香の列に並んでいて故人の人柄が偲ばれた。祭壇の遺影はいつもの笑顔でわざわざありがとうと語りかけてくるようで泣けてしまった。撮る側のプロは撮られる写真の顔も素敵だった。
30年以上にわたる雑誌の仕事で、作品で名を成すことも無く個展や個人の写真集を出すことも無かったが、最近、子供番組の戦隊もののスターたちのムック本を出したのが唯一の著作物となった。しかしながら彼は、ファインダーを通し1970年代からの芸能やスポーツの現場にいつも立会い、その時代の一端を切り取り続けてきたのだ。彼が撮った無数の写真は幾多の雑誌を通し、それこそ膨大な数の人の目に触れ続けてきたのである。そのプロフェッショナルな仕事の評価は決して貶められることは無い。
Nさん、長い間お疲れ様でした。これからも笑顔のイメージを胸に抱き続けていきます。
どうかやすらかに、ご冥福をお祈りいたします。
合掌。
2008年7月18日金曜日
いきなり鬱
ブログ開設にあたって日記のネタ探しているまさにその最中に、仕事のクレームが発生。
刷り上ったばっかりのH紙の広告タイアップページで痛恨の表記ミス発見。クライアントは激怒りで平身低頭するも久々に語気荒く怒られまくってしまったorz
本当に単純な表記ミスだが、それだけに申し開きも出来ない。前号もミスがあったので気をつけてはいたのだが、こんどは大丈夫だろうと思っていた部分で魔が差したように誤表記を見過ごしてしまった。
来週早々、朝一番で先方にスタッフ一同雁首揃えて土下座しに行かねばならなくなった。
当然謝罪と賠償ということになるかもしれない。
謝罪と賠償=実に嫌な言葉だ。
戦後延々と言われ続けて政府関係者に少しシンパシーを感じてしまった。
でもまあ、何とかならなかった例はないぜ、をモットーにここ何日かは忍の一字である。
刷り上ったばっかりのH紙の広告タイアップページで痛恨の表記ミス発見。クライアントは激怒りで平身低頭するも久々に語気荒く怒られまくってしまったorz
本当に単純な表記ミスだが、それだけに申し開きも出来ない。前号もミスがあったので気をつけてはいたのだが、こんどは大丈夫だろうと思っていた部分で魔が差したように誤表記を見過ごしてしまった。
来週早々、朝一番で先方にスタッフ一同雁首揃えて土下座しに行かねばならなくなった。
当然謝罪と賠償ということになるかもしれない。
謝罪と賠償=実に嫌な言葉だ。
戦後延々と言われ続けて政府関係者に少しシンパシーを感じてしまった。
でもまあ、何とかならなかった例はないぜ、をモットーにここ何日かは忍の一字である。
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