2019年2月3日日曜日

週間呑みアルキスト1.1~1.31



●1月1日
平成最後の年が明ける。普段は朝から天皇杯サッカー観戦なのだが、今年はアジアカップ開催のため年末に既に開催されたため、久々に家でゆっくりの元旦と相成る。ニューイヤー駅伝なぞをテレビ観戦しながら朝からだらだらと呑む。これもまた良し。年頭の所感もこの年になれば特に思い立つことも無し。まあ平穏な1年が遅れれば。




●1月2日
恒例のラグビー大学選手権の準決勝で秩父宮詣で。早明対決は明治に軍配が上がり、常勝帝京が天理に敗れるという波乱。終了後会社に立ち寄り、三崎神社に初詣。




●1月9日
代替わりした行きつけの『明治屋2nd』改め『明治屋3rd』へ顔を出す。この日はアジアカップ日本代表の初戦対トルクメニスタン線の中継があるので、店のテレビでワイワイと観戦。格下に苦戦、大丈夫か?




●1月10日
引退した『明治屋2nd』のマスターご夫婦とデザイン事務所RK氏と台湾へのお疲れ様旅行。成田発午前便のスクートに搭乗。LCCで台湾に行くのは初めてだが、意外と席の間隔もあり全然苦にならず。ホテルチェックイン後夕食は永康街の江浙料理『秀蘭小吃』。白菜獅子頭に舌鼓。永康街、青田街を散策しながら茶芸館『紫藤盧』で一服。タクシーで饒河街夜市へ。




●1月11日
朝はホテル近くの雙城街の屋台で軽くすまし、故宮博物院へ。有名な東披肉石や白菜の玉はオーストラリアの美術館へ貸し出し中で残念。昼食は圓山大飯店の『金龍餐廰』で飲茶。午後は最近観光化が進んだ老街の迪花街散策、夕食は『欣葉台菜創始店』。蟹おこわ、蜆の醤油漬け、割包など台湾料理の定番。南京東路のBAR『異塵』、華國大飯店のBARとハシゴ酒。




●1月12日
ホテル近所の農安街『洪記豆醤大王』で鹹豆漿の軽い朝食を済ませチャーター車で北部海岸の富基漁港へ海鮮料理を食しに遠征。石班魚や伊勢海老など豪勢に野趣あふれる料理を満喫。午後は帰りがてら淡水に回ってもらい200年近く前のレンガの館を改造した『淡水紅楼珈琲館』でまったり。『人和園雲南菜』で雲南料理の夕食。満腹、沈没。『夏威夷養生館』でマッサージ。




●1月13日
雙連朝市をひやかし地元民が行く乾麺屋でまぜソバの朝食。昼食は希望があって『鼎泰豊本店』で2時間待って遅い昼食。誠品書店のある東区を巡り、お茶屋さん『和昌茶荘』や鳳梨酥で人気急上昇のホテルオークラ『Nine』、西門町のスーパー『家来福』などを周り午後を過ごす。夕食は『驥園川菜餐廰』の砂鍋土鶏。満腹、沈没。 ご婦人たちはエステに向かいその間にマスターを誘って林森北路のスナック『JUNO』で女の子に囲まれて一杯。ホテルに戻り衛星放送でアジアカップのオマーン戦テレビ観戦。




●1月14日
台湾最終日。『丸林魯肉飯』の自助餐で遅い朝食。台北駅から在来線で瑞芳、平渓線で猴硐の猫村。十份、九份などを巡る小旅行。帰りは混雑していたのでタクシーで一気に帰還。遅く帰ってきたので夕食は瑞安街のお粥横丁『小李子清粥店』の自助餐。よせばいいのにおばちゃんに進められるがまま円卓いっぱいに料理が広がる。絶対に食べきれないと思ったがなんと全員完食!翌朝早い帰国便なので早めにホテルに戻るが、しかしよく食べつくし呑みアルキの旅だった。


●1月17日
かつて衛星ラジオ放送を立ち上げた仲間たちと自由が丘の肉料理屋『牛タンいろ葉』にて新年会。懐かしの面々で思い出話で盛り上がる。帰宅後アジアカップのウズベキスタン戦観戦。


●1月19日
『明治屋3rd』で『明治屋2nd』のマスター夫婦のお疲れ様会。常連の皆さんでささやかに感謝の宴。
バイトで入っているノルウェーからの留学生L嬢が花を添える新『明治屋』への引継ぎはこれが最後。


●1月20日
シネマハウス大塚で原政孝あらため原將人監督の特集上映会へ。『双子暦記』『初国知所之天皇』『おかしさに彩られた悲しみのバラード』の代表作3本を一気見。都合10時間、疲れたが特に後2本は高校時代に熱狂した作品。懐かしくもあり新発見もありで良かった。


●1月21日
明治屋3rd』にてアジアカップ対サウジアラビア戦を観戦。薄氷の勝利。杯が進む。


●1月23日
市ヶ谷の焼き鳥屋『鳥元』にてK社のTN氏、カメラマンKT氏と打ち合わせ後の新年会。KT氏は準決勝からアジアカップ開催のUAEへ赴くとのことで、壮行会も兼ねることに。


●1月24日
早めに帰宅しアジアカップの準々決勝ベトナム戦観戦。ここでも1点差で辛うじて退ける。辛勝につぐ辛勝。強いのか弱いのかわからない。


●1月25日
デザイン会社MM社と一緒に制作したフリーペーパーの完成を祝し、 四谷荒木町の焼き鳥屋『一蕃鶏』 でライターのSM氏、カメラマンのHS氏を交えて打ち上げの宴。
●1月28日
K社のTN氏、WS氏にライターのTM嬢を交えて飯田橋の『琥珀ブルワリー』で新年会。この日もアジアカップ準決勝イラン戦のため早めに切り上げる。アジア最強のイランに3-1で快勝。森保ジャパン本当に強いのか弱いのかわからなくなってきた。


























2019年1月21日月曜日

週間呑みアルキスト12.1~12.31


●12月2日
朝から住んでいるマンションの理事会。大規模修繕計画にいよいよ着手するということで、もともと自分が理事長をした際に大規模修繕のための管理費引き揚げを可決したいきさつもあり参加してみた。当時は反対派住民から怪文書が飛んだり反対集会が起こったりしたが、結局追加金額の徴収する必要もなかった。現理事からも当時の理事たちの先見の明に言及していただき、報われた思いとなった。午後からはWBC世界ヘビー級戦ワイルダー×フューリー戦観ながら昼から家呑み。


●12月8日
『明治屋2nd』好事家のODさんの主宰による秘蔵日本酒の会。12月いっぱいで店から離れるマスターからの秘蔵ウイスキーなどの提供もあり盛り上がる。思えばこの店で開催されたイベントもあとひと月を残すのみ。できる限り立ち寄ることにしたい。


●12月9日
天皇杯サッカー決勝戦「浦和×仙台」観戦で浦和スタジアムへ。いつもなら元旦に行われるこの試合もアジアカップ開催のためこの日に繰り上がったが、やはりいまひとつムードが出ずに調子が狂う。寒いので早々に家路につく。


●12月15日
青山のイメージフォーラムで『クリストファー・ドイル監督『宵闇真珠』鑑賞。この小屋はかつての通学路だったロケーションにあるため、映画鑑賞後付近をしばらく歩き回り感慨にふける。映画鑑賞より感傷的な夜に。


●12月16日
『明治屋2ndの常連さん同士で入籍したKG夫妻のお祝い会で大塚『小閣楼』に10名ほど集結し本格中華の晩さん会。超満腹で帰宅後すぐリビングでテレビ見ながら寝落ち。すっかり風邪をひいてしまう。


●12月19日
クラブワールドカップで鹿島がレアル・マドリッドと対決するということで早めに帰宅。試合はやはり格の差を見せつけられ1-3の完敗。こんなもんだろう。


●12月21日
『明治屋2nd』もいよいよ秒読み。来月からは『明治屋3rd』になる。この日はやはり今年神保町の老舗を店じまいしたYK嬢のお誕生会。あとは千秋楽となる29日のイベントを残すのみ。


●12月23日
渋谷の『ユーロスペース』で台湾映画『台北暮色』を観賞した後、代々木公園まで歩いてポルトガルレストラン『ナタ・デ・クリスチアノ』のエッグタルトをクリスマスケーキ替わりに買い込む。


●12月27日
ライターのHZ嬢が年末の挨拶かたがた忘年会ということで来社。近所にオープンしたばかりの沖縄ダイニングの『力也商店』で軽く呑んだ後、デザイナーのNM嬢が合流するということで場所を移動し渋谷の『グランドファーザーズ』でクラシックロック三昧の忘年会に。


●12月29日
13年間お世話になった『明治屋2nd』オーラスの最終日で貸し切りパーティー。神保町に事務所を作った際同時にすぐ隣で開店したという縁もあって、色々お世話になった。亡くなった後輩KJ君も大好きだった。わが社に顔を出すたびに私が行かかなくても必ず立ち寄って帰っていたのを思い出す。色々ありがとうございました。これからもよろしく。


●12月30日
恒例となった高校の仲間たちとの忘年会。今年はわが家から歩いて2分という石神井公園『極ダイニング清水』が会場ということでありがたい限り。みんな年を取ったのか1次会にて早々と散会。平成最後の年が暮れていく。




2018年12月5日水曜日

三上真一郎さんのこと


俳優の三上真一郎氏が7月に77歳の人生を終えていたという訃報が発表されたのは先月のこと。たまたま積読の山の中に2001年に出版された生前の小津安二郎監督との交流を描いた『巨匠とチンピラ 小津安二郎との日々』(文藝春秋社刊)があることを思い出し、すぐ手に取って読み始めたら、これが実に面白かった。
晩年期の松竹小津組の様子が生き生きと描かれていて、最後の弟子として息子のようにかわいがられた三上氏ならではの日本映画界の巨匠の知られざる素顔、粋を絵にかいたような楽しいエピソード、周りを取り巻く映画の黄金時代を支えたキラ星のような男優、女優たちとの交遊が綴られている。そこに登場する映画人たちの大半がもう既に鬼籍に入り、チンピラ役者を自称していた最年少に近かった著者もついに亡くなられたわけなので、よく言われる「昭和は遠くになりにけり」が改めて実感させられてしまう。
三上真一郎と言えば『秋日和』『秋刀魚の味』という端役ながらも、ご本人にとっても宝物のような作品への出演が当然この本の骨格ともなっているのだが、個人的にはその後フリーになられた後の『仁義なき戦い』の新開宇吉役。『仁義なき戦い頂上作戦』の川田英光役の存在感のある演技が記憶に残る。「こんなもここらで男にならんと、舞台はもう回ってこんで」と若い小倉一郎を焚きつける狡猾な川田組組長のセリフは忘れがたい。晩年も貴重なバイプレーヤーとして活躍されていただけに、先日のあまりにもひっそりと報じられた訃報がちょっと寂しい。そう言えば『仁義なき戦い』の深作組ももう何人も生きている人たちが残っていない。
三上氏は日本酒は苦手だったそうだが、巨匠に進められるがままよく飲まされたという小津監督の愛した諏訪の銘酒「ダイヤ菊」も、昔はよく見かけたものだが、最近でも手に入るのだろうか?この年末は巨匠の愛した「ダイヤ菊」の熱燗をちびりちびり飲りながら、所蔵するこれらの作品のビデオを引っ張り出して、三上真一郎氏の若き日の姿を偲びつつ改めて見直してみようかなどと思っている。





週間呑みアルキスト11.1~11.30



●11月3日
ラグビー日本代表が、世界最強のオールブラックスと相まみえるということで、味の素スタジアムへ。来年の自国開催のW杯のシミュレーションとしても見逃せない一戦。オールブラックスは英国遠征を控えていて、今回の来日メンバーは初キャップも多い若手が中心だが、それでもW杯メンバー選出も絡みベストではないが世界最高峰のレベルのチームであることに変わりない。この日は天候にも恵まれ、W杯ヴァージョンということで場内のビール販売も記念コップ付き。コップ欲しさに試合前からビールの杯を重ねる。試合は31-69。ジャパンも攻撃の形はできているし、タックルも低く入り健闘してはいるものの、やはり一瞬のプレースキルの高さ、スピードの差はいかんともしがたい。ジャパンが獲った5トライは過去最高だがこの点差、よろこぶべきかどうか評価はしがたい。ベスト8入りを掲げてはいるが、このままでは厳しいという現実を見せつけられた感じだ。


●11月10日
『明治屋2nd』の年末に向けたイベントのチーズフォンデュの会に参加。いつもは人の多さであまり食べる方はおろそかになりがちだが、今回はワインもほどほどに比較的食に比重が置くことができた。途中仕事の宿題があるので事務所に戻ったが、睡魔に襲われうたたね、危うく終電を逃すところだった。


●11月11日
封切られたばかりの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を地元のT・JOY大泉に朝一で観に行く。クイーンのライブエイドでの伝説の演奏が正確に再現されておりいたく感激し、さっそく呑みながら1985年に収録して保存していたVHSを引っ張り出して、荒れた画質で当時のことを思い出しつつビデオ鑑賞。しかし今見てもフジのひどい中継は噴飯ものだったw


●11月13日
仕事で元F1ドライバーの中嶋悟氏を取材。レジェンドのオーラは感じながらもやはり普通のオジサンと言っても良い経年ぶりではあった。ブッキングが結構大変でけっこう締め切りギリギリでの中嶋氏の快諾に救われた感じ。新宿三丁目『Rusty's bar』にてホッと一息。


●11月16日
鶯谷のイベントホール『東京キネマ倶楽部』で、元後輩のSM氏のオヤジボーカルグループのコンサート。オヤジボーカルと言ってもなかなか本格的で、チケットはすぐにソールドアウトするというから大したもの。『東京キネマ倶楽部』はそれこそ昭和の”鶯谷ミュージックホール”を改造したものだが雰囲気もあって300は入るなかなか素晴らしい小屋。前期、後期高齢者ばかりの観客と一体になったなかなか楽しい一夜だった。


●11月17日
早世してしまった昔の後輩KJ氏の恒例の墓参りで用賀へ、ゆかりの人たちと慈眼寺の墓前に、故人が好きだったウーロン杯缶をお供えし、手を合わせる。墓参後は故人をしのんでの食事会。用賀のイタ飯屋『サザン』で献杯したあと、『ビーンズ・デポ』というおしゃれなカフェで午後のひと時を過ごす。この店のドアを開けた時にかかっていたのが映画で見たばかりのクイーン。「みましたか?」「良かったですね」と同年配のご主人と奥様と盛り上がってしまう。コーヒーもロースターで炒ってひくこだわりで、手作りのケーキも素晴らしい。BGMも合わせ居心地よし。


●11月19日
日産のカリスマ経営者カルロス・ゴーンの逮捕というビッグニュース。ただしどこがどういう具合に犯罪と認定されたのかいまいちわかりずらい。またぞろ問題含みの入管法改定を国民の目からそらすための政権サイドの陰謀かと疑わせるようなタイミング。『明治屋2nd』にて会計事務所に勤めるHK君の解説を聞くが釈然としない。


●11月26日
元広告代理店MC社勤務のUC氏、SM氏が神保町に来ているということで『新橋やきとん神保町店』に合流。まさしくセンベロ店で前回もここだった、わざわざ超庶民的な店を選ぶのもいかがなものかと思うが、やはり安いのが一番。センベロとはいかなかったが、サンゼンベロくらいですっかりいい気持に。


●11月30日
新宿三丁目『Rusty's bar』にてK社系のEB社の編集者ST氏と連れの若い衆相手にバブル時代の昔話で盛り上がる。先に帰ったST氏のあとしばらくしてお勘定を頼むと、すでに頂いているとのこと。バブルの話が影響したのかなとと思ったがなかなか良くできた後輩ではある。


2018年10月31日水曜日

週間呑みアルキスト10.1~10.31



●10月2日
かつての同僚で最近仕事を共にしているSM氏と市ヶ谷の広告代理店で打ち合わせ後、麹町まで歩き居酒屋『リンダ』へ。都会の一等地にありながらまさにセンベロの格安ぶりは特筆に値する。センベロの2乗くらいで良い気分になったので赤坂のピアノバー『m-bar』にハシゴ。


●10月4日
先月の台風で延び延びになった元K社のHY氏とリスケ呑み。四谷三丁目の豚しゃぶ『三櫂屋』で久しぶりに日本酒なぞを。HY氏は自身でやっているビジネスへの話だったのだが、結局は戦史研究の話で盛り上がる。


●10月5日
マイレージ消化の台北旅。夕方に松山空港着。ホテルにチェックイン後、さっそく『黄記魯肉飯』に飛び込んで台湾の小吃を満喫。腹ごなしをした後は林森北路のスナック『JUNO』へ繰り出し、昔なじみのママさんKO嬢から大歓待を受ける。これだからやめられん。


●10月6日
ゆっくり目覚めた後、ホテル近くの晴光市場周辺の屋台にて朝昼兼用の食事。いちいち小吃が美味い。東区の誠品書店や新しい散歩スポットとして脚光を浴びる富錦街を散策して午後を過ごした後、KO嬢と同伴出勤の約束で、四維路のイタリア料理『SWOIESO』で落ち合う。この店は駐在時代にもよく通った店。マダムも健在だった。KO嬢と『JUNO』へ、売上の協力。


●10月7日
朝は豆漿で軽く済ませ、昼は永康街の『東門餃子館』で水餃子。午後はアートなスポット華山1914文創園、松山文創区や誠品生活館をぶらついて過ごす。、KO嬢はお店がお休みなのでこの日も一緒に食事をしようと誘われたので、夕食は台菜の老舗『儂來会館』へ。カラスミがたっぷり乗った炒飯は絶品。食後は南京東路の『異塵CELLAR』で呑み直し。


●10月8日
朝から雨。この日、平渓線のローカル列車の旅を計画していたが、雨の行楽地へ行くのもめげて、『明月湯包』で小龍包をしこたま賞味した後、青田街の静かなCAFE『515 カフェbookus』で読書をして過ごす。夜は丸林魯肉飯にて自助餐。マッサージでリフレッシュ。 とどめは結局KO嬢に会いに『JUNO』で散財。


●10月14日
3年前に亡くなったK社時代の後輩、故NM嬢を偲んで、彼女の映画監督の旦那様、当時の編集部の仲間たちと新宿西口のビアレストラン『ミュンヘン』で食事会。懐かしい思い出話で午後を過ごす。


●10月17日
高校時代の同級生で、司法書士をやっているHS氏に、会社の法務手続きをお願いしに、埼玉はみずほ台の事務所を訪ねる。昔のよしみで格安にて諸手続きの代行をお願いする。現在は奥さんに先立たれて高校生の娘さんと二人暮らし。朝晩の食事の面倒は父親担当ということで、大変ではあるがまあ楽しくもあるという。お互い、高校時代の見る影もないが、こういう再会もなかなかいいものだ。夜、先日のNM嬢を偲ぶ会で会ったSR氏が事務所に来訪。近所の『YAMITSUKIカレー』で夕飯を共にしカフェ『きっさこ』で昔話。


●10月25日
かつての編集仲間で現在は新潟佐渡の造り酒屋の社長をしているHR氏が上京、映画会社に勤めていた奥様も一緒ということで急遽昔の編集仲間WA嬢、AO嬢が集合して神保町のワインバー『Lepique』で同窓会。終電間際に乗った電車が自宅のある駅まであと二駅というところで、先行する電車が踏切事故を起こしたとかで停車。復旧の見込み無しということで千鳥足で自宅まで約8Kmほど歩く。


●10月26日
東京国際映画祭で六本木へ。EXシアターで香港映画『三人の夫』(フルーツ・チャン監督)を観賞。売春で生計を立てている知的障害の水上生活者の女性が、異常な性欲を満たすためひたすらSEXをするというアイロニカルな作品。個人的にはちょっと、?な出来だと思うが。


●10月27日
午前中六本木の映画祭で台湾映画『海だけが知っている』(ツイ・ヨンフイ監督)を観賞。台湾東部の離島・蘭嶼が舞台の原住民がテーマの作品でなかなか良い映画だった。午後から新横浜に移動、日産スタジアムでニュージーランドとオーストラリアというラグビーの最強国同士が激突するブレディスローカップを観戦。

●10月29日
東京国際映画祭でドキュメンタリー映画『カンボジアの失われたロックンロール』(ジョン・ピロジー監督)観賞。50~60年年代のプノンペンでも当たり前だがミニスカートにGOGO、ロックンロールの文化が繚乱していた。70年代のポルポト政権下でそれら一切が弾圧によって消失、音楽の担い手たちの多くが過酷な運命をたどった。貴重なアーカイブ資料とともにカンボジアロックの黄金期の記憶を再現。なかなかこころ打たれる作品だった。

●10月30日

大病を患ったスポーツカメラマンKT氏の快気祝いで、編集者OK氏とともに四谷の『徒歩徒歩亭』で会食。みんないい歳になったのでお互い気をつけねば。食事後K氏のリクエストでバー『3Circle』に顔を出す。ちょっと痩せてスリムになったものの意気軒高なKT氏の姿にちょっと安心する。