2013年5月17日金曜日

弦楽四重奏で奏でる人生の機微


本日の業務試写は『25年目の弦楽四重奏』(ヤーロン・ジルバーマン監督)。 
結成25周年を迎えた世界的に有名な弦楽四重奏団<フーガ>のチェリストが、不治の病を宣告され引退を決意することから、それまで完璧なハーモニーが保たれていたメンバーの間に亀裂が入りだす・・・。芸術と個人生活、愛情と裏切り、人生の輝きと翳り。ベートーヴェン弦楽四重奏曲第14番にのせて奏でるちょっとほろ苦い人間ドラマである。主役の4人はクリストファー・ウォーケンをはじめフィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナー、マーク・イヴァニールと実力派ぞろい。それぞれが直面する人生の不協和音と再生への試みを緊張感あふれる演技で見事なアンサンブルを奏でてくれる。
最近見たトランティニャンやテレンス・スタンプ同様にウォーケンの<老い>の演技がなかなか良かった。クラシック音楽ファンもクラシックに疎い人も、おそらく見終わった後に生きる喜びと哀しみに思いを巡らし、しみじみしてしまうはず。

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6日より角川シネマ有楽町他ロードショー。

2013年5月15日水曜日

フットボールと共にした20年





本日5月15日Jリーグがスタートして20周年を迎えた。
開幕戦の国立競技場の芝生の美しさに涙が出そうになったことを今でも鮮明に覚えている。
マイヤーのロングシュート、ディアスの劇的決勝ゴール。つい昨日のような感覚だ。60年代、日本リーグ時代からのフットボールファンとしてはもう20年たったの?と、あっというまに過ぎたような気もするが、思えばその間、日本のフットボールの右肩上がりの歴史とともに自分の人生でも、素晴らしい出会いや悲しい別れ、いろいろなことがあった。

ドーハ、ジョホールバルをはじめイングランド、イタリア、フランス、ドイツ、ポルトガル等々世界中を飛び回ったこと、日本代表やJリーグの試合で地方のスタジアムを巡礼した日々、その間に出会った忘れ難い多くの人々、みんな笑顔のイメージが残像として残っている。

Life is Football.

残りの人生がいつまで続くのか判らないが、これからもフットボールと共に人生は進むのだろう。
今日一日、20年の日々を振り返りながら、幸せだったFootball Lifeに思いをはせたいと思う。



2013年5月13日月曜日

週間呑みアルキスト4.22~5.12




●4月24日
神保町シアターに映画を観に来た兄夫婦と妹で珍しく会食。場所は神保町交差点近くのビル地下にある老舗寿司店の『いろは』。ランチでは入ったことがあるが夜は初めて。格式は極めて大衆的というかアボガド巻きみたいなものもあるお店だ。寿司は久しぶりだったので本音ではもっといい店あるのにと思っていたが相手の指定なので仕方がない。ところがいわゆる銘店ではないがそう思って注文すればまあ悪くない。つまみで頼んだ煮あなごは身とつめの加減がよくなかなか美味かった。隣のテーブル席が団体の会合があるとのことで、お店の人は恐縮していたが、あとからやってきたのはどこかの大学の関係者ご一行で全然騒がしくないので良かった。さすが神保町は客のレベルもいいね。

●4月26日
夕刻、事務所のコピー交換でバタバタしていたときに、シンガポール駐在時代に現地のフリーペーパーで働いていた元K社のIM嬢がひょっこり顔を出す。彼女は現在結婚して沖縄に在住だがたまに仕事で上京してくる。ちょっと手が離せなかったので事務所にキープしてあった缶ビールを飲んでもらい、一段落した後、隣の『明治屋2nd』へ。旦那さんが今度マレーシアかシンガポールで就職が決まりそうなのでまたアジアの生活が始まるかもということだが、ちょっとうらやましい。

●4月28日
事務所を新たにIG社のNG氏とシェアするため、NG氏とカメラマンのAT氏とで一日引っこし作業に明け暮れる。今までは一人でぜいたくに使っていたがさすがに3人のスペースだとちょっと窮屈な半面、メリットも多いはず。

●5月1日
大学時代の友人ED氏から呼び出し。彼のホームの三軒茶屋で落ち合う。まずは食事ということで茶沢通りからちょっと入ったところの『茶番』という店に。食工房と店名の頭についているだけに魚を中心とした料理はどれも手が込んでいて美味い。日本酒、焼酎と飲んでいるうちにすっかりいい気分に。その後お約束の女の子のいるスナック周りで、店名は失念したが2件ほどハシゴした後のとどめはいつものスナック『洒落人』。声をからしてうたっているうちに夜は更け、結局タクシーで帰還。すっかりゴチになってしまう。

●5月5日
例年、連休中は仕事だったが最近つとにヒマで、事務所の整理が終わると久々にゆっくりと時間がとれた。とはいえ計画性も資金もないのでレジャーといえばせいぜい都内で映画館めぐり。こういう時にこそと気合を入れて一部二部合わせて4時間半を超える長編「セデック・バレ」を観ることに。都内2館だけの上映なので自宅の眼の前からバスで行ける吉祥寺へ。日本統治下の台湾で起こった霧社事件を題材にした殺戮シーン満載の映画だったが内容の重さもあって観終わったときすっかりぐったりしてしまう。帰り際最終バスの時間まで『BOGA』という雰囲気のいいバーで喉をうるおす。

●5月8日
近所のローソンでブログなどで話題の「いなばのタイカレー」缶詰がワゴンセールで置いてあったので、帰り際立ち寄った『明治屋2nd』で話題にすると早速マスターがその足で買占めに走る。ちょこちょこっと暖めてもらいご飯にかけていただくと、これがバカにできない。タイの香辛料たっぷりの本格的な味にびっくり。きけばどこでも品薄だそうで確かに人気の秘密はうなずける。週末ちょっと地元で探してみることに。

●5月9日
3月決算の数字を整理しにK会計士が来社。早いもので今度9期目に入る。よくここまで持ちこたえたものと思うが、10年をめどに次のことを考えなくてはとも思う。これまたともに8年やってきたお隣の『明治屋2nd』に立ち寄った後、新宿3丁目の『T’s Bar』へ。こちらはもう30年の付き合いになる。たまたま隣り合わせたカップルのお客さんがご自身の娘さんとの大学入学祝いということだったが、彼女が生まれるはるか前から呑んでいることを考えるとちょっと複雑な気分に。

●5月10日
上階のT出版OK社長が顔を出したので食事に誘う。近場の店が週末でどこも満員ですずらん通り裏のタワービルにテナント入りしているこじゃれたイタリアン『ラ・コモディタ』に入ることにする。周囲が込んでいるのになぜか空いていたのでちょっと不安だったが、料理はそこそこ悪くないし、ワインもリーズナブル。神保町ではイタリア料理が成功しないといわれてきたが、最近は結構いい店が増えだした様な気がする。






2013年5月8日水曜日

久々の韓国映画






本日の業務試写はパク・シフ主演の韓国映画『殺人の告白』(チョン・ビョンギル監督)。
韓国映画は詳しくないが最終試写とはいえいつになく混んでいたので、期待度が高い作品なのだろうか?はたまた韓流ドラマで人気上昇中というパク・シフ主演ということだからだろうか?


15年前の連続女性殺人事件が時効を迎え、自分が犯人だと名乗り出た美貌の青年。彼は事件の真相を描いた告白本を出版しベストセラーとなるが、主任捜査官だった刑事は彼が犯人であるということに確信が持てない。事件の遺族たちは恨みを晴らすためこの青年の誘拐を図る。そんな折、テレビの公開番組を通してJという真犯人が名乗りでた。いったいどちらが本当の犯人なのか?

話が二転三転とスピーディーに展開する手が込んだ脚本に加え派手なカーチェイスなどアクションもダイナミック。主演のパク・シフも好演だが、はみ出し刑事役のチョン・ジョエン、真犯人Jを演じるチョン・ヘギュンという無名の役者がなかなかいい味を出し光っていた。でも、アジアの映画によくあるのだが、この作品でもせっかくシリアスに面白く描けているのにサービス過剰の映像の遊びを入れ込むことで、緊張感を削いでしまうのはいただけない。遺族たちもキャラが立ちすぎて逆に存在感が中途半端になってしまう。監督はこれが2作目という新鋭だけに今後に期待かな。

6月1日よりシネマート新宿、シネマート六本木ほか公開。

2013年5月7日火曜日

40~50年代初頭のLAは魅惑的だが

GW最終日は地元のシネコンに『LAギャングストーリー』(ルーベン・フライシャー監督)を観にいく。40~50年代のロスの闇社会を仕切っていたミッキー・コーエンに対して、ロス市警が秘密裏に組織した超法規的な手段を辞さない特別チームが死闘を繰り広げるクライムムービーである。

ミッキー・コーエンはハリウッドのおひざもとのヤクザもんだっただけに、よく映画や小説に登場する。実際にラスベガスの顔役だったベンジャミン“バグジー”シーゲルの弟分だったし、手下のジョニー・ストンパナートが人気女優のラナ・ターナーの愛人で、ジョニーはラナの娘に殺されるという大スキャンダルを起こしたりで、ド派手でセレブのコーエンはこの時代の裏社会を代表する存在として、実際の評価以上に悪のスーパーキャラとして取り上げられることが多いのである。この映画ではショーン・ペンが悪虐非道のモンスターのようなキレキャラを演じ、『アンタッチャブル』でカポネを演じたデ・ニーロ並みのアプローチで熱演している。

さまざまな組織犯罪で集めた金で、判事や警察官まで買収してしまうミッキー・コーエンの組織をつぶすには、半端なことでは勤まらない。ということで腕っこきの捜査官が選ばれ秘密裏にチームを組んで、時にはギャングのお株を奪う違法な手段で彼らを追い詰めていく。
実話を元にとしているものの、そこは娯楽作品だけにアクションまたアクションのどんぱちシーンが展開する。

それはそれで、黒澤の『七人の侍』やスタージェスの『荒野の七人』的な正義のために、組織からはみ出したものたちが、巨悪と対決するというプロットは面白く見れるし、ライアン・ゴスリングのばっちりソフト帽やスーツで決めたファッションは格好良いし、なによりも40年代、50年代というノスタルジックな時代の雰囲気の再現はたまらない魅力を感じる。
ただ、あまりにも単純明快な善悪の激突で、時代のバックグラウンドにひそむ社会問題や、登場人物たちのひきずっているものがまったく見えてこないのだ。よってドラマの深みの無さはいかんともしがたい。せっかく捜査官たちは戦争帰りという設定なのに、その体験を自らに内包する苦悩のようなものをもっと盛り込めばよかったのにと思う。

久々に大掛かりで大物スターも起用していて期待度が高かっただけに、ちょっとがっかり。あらためて『仁義なき戦い』など故笠原和夫氏の手がけた人間ドラマとしてのアウトロー映画のレベルの高さを再認識したような次第。

まあ、映画は楽しけりゃそれはそれでいいんだけどね。





2013年5月5日日曜日

セデック・バレを観て文明とは何かを考える




連休の時間を利用して、1930年(昭和5年)、日本植民地下の台湾霧社で起こった原住民の抗日武装闘争を描いた映画『セデック・バレ』を鑑賞。日本人警官の積み重なる横暴に霧社セデック族マへボ社の頭目モーナ・ルダオ率いる抗日原住民300名が蜂起、公学校(小学校)の運動会に集まった日本人住民を襲撃134人が惨殺される霧社事件発生までを描いた第1部「太陽旗」。その後この反乱を平定するために近代兵器を大量投入し反攻する日本軍にゲリラ戦を展開し、悲惨な結末を迎えるまでを描く第2部「虹の橋」。あわせて4時間36分という超大作である。
とにかく全編スプラッター映画並の出草(首狩)シーンの連続で壮絶な戦いがこれでもかと描かれていて、見終わった後はぐったり脱力してしまった。
監督脚本は『海角七号』のヒットメーカー魏徳聖。一昨年の台湾公開では、衝撃的な内容が話題を呼び大ヒット。その年の金馬奨でグランプリ含め6部門受賞した。


まあ、“悪虐非道”な日本人が次から次に殺される映画であるゆえ仕方ないのだが、日本人としてはなかなか気分は複雑ではある。『海角七号』で親日的なノスタルジーを描いた監督の作品だけにショックを受ける人も多かったのではないだろうか。日本統治下の抗日武装蜂起ということで、なにかと政治的な色眼鏡で見られがちではあるが、監督自身は「文明と野生の闘争」として描きたかったと語っていたようだ。台湾の中部山岳地帯の美しい自然と、太古よりそこに暮らしてきた人々の素朴な伝統。そこに轟然と入り込んでくる近代。文明の恩恵とは何なのか、それが魏徳聖の問いかけの本質なのかもしれない。
しかしながらこの事件以降皇民化教育を進め、太平洋戦争時には原住民たちを高砂義勇挺身隊として南方の激戦地に送り込み、多くの犠牲を強いた歴史を考えるならば、その端緒となった理蕃政策へ抗議する原住民の立場と、戦後補償もあいまいなままほったらかしにしてきた日本人の道義的な責任は免れない。その意味を深く考えさせられてしまった。


霧社には台湾駐在時代に訪問し、モーナ・ルーダオと顕彰碑を観て来たが、国民党政府の抗日義士化へのプロパガンダ的な作為を感じ嫌な感じを受けた。それに比べると映画の中でわが同胞が大量に惨殺されるシーンが満載のこの映画表現のほうが、歴史を冷静に検証しようという若い台湾の世代の姿勢が感じられ好感が持てた。歴史を学ぶということは韓国や中国が言うところの日本に対する戦争責任への「恨」にもとづく感情的な論陣ではなく、事実をいかに判断していくかという姿勢にこそ反省も,将来への道筋も見えてくるということに他ならないのだと思う。




霧社事件の記念碑

2013年5月3日金曜日

スヌーピーと日本の匠たち



仕事で雑誌のパブリシティを頼まれた「スヌーピー×日本の匠展」(松屋銀座イベントスクエア‐5.6まで)。いい歳こいて別に特にスヌーピーに思い入れがあるわけではないのだが、一応仕事でかかわった以上覗いておかなければと、連休後半の初日に出向いてきた。
作者のシュルツ氏の友人でもある日本のアーティスト大谷芳照氏が呼び掛け、日本の伝統工芸作家たちに声をかけて実現したスヌーピーをモチーフとした作品展である。
書画、焼き物、漆器、染め物などなかなかの力作ぞろいで、純和風のスヌーピーたちがユーモラスでもあり、アーティスティックであり、なおかつ可愛い、ということで、自分で宣伝をしておきながら結構感心してしまった。
グッズコーナーもなかなか充実していて思わず手が伸びそうになったが、いかんいかんと言い聞かせ我慢。
ミッキーマウスもそうなのだが50年代に誕生したころの初期のスヌーピーの、もっとビーグルビーグルした姿が個人的には興味深かった。
会場は幅広い層の人たちでいっぱい。あらためてスヌーピーの人気を思い知らされた。