2009年10月22日木曜日

フットボールというファンタジー


東京国際映画祭、2本目は『麦の穂をゆらす風』で前々回のカンヌ映画祭パルムドールを受賞したケン・ローチ監督の新作『エリックを探して』(2009)。昨日の『カティンの森』とうって変わってハートウォームコメディである。
『麦の穂をゆらす風』ではアイルランド独立闘争の悲劇を描きワイダに劣らぬ硬派な作品を撮ってきたローチではあるが、前作の『この自由の世界で』に見られるように実はユーモアあふれる作品にも手腕を発揮しているのだ。しかしそこは左翼を自認する巨匠ゆえ、どの作品にも共通して社会風刺のエッセンスをピリリと利かせている。描くのは労働者階級だったり移民だったり、つねに社会的弱者に立ち位置を合わせているのがローチの真骨頂といえる。

『エリックを探して』のエリックとは90年代のマンチェスター・ユナイテッドでキングと称されたフランス代表選手エリック・カントナのことであり、カントナ自ら準主演をつとめている。
ケン・ローチの作品としては他にもグラスゴー・セルチックのサポーターたちを主人公としたやはりハートウォームなロード―ムービーの『明日へのチケット』があるので、ローチ本人も相当なフットボールファンなのだろう。現役当時のカントナの華麗な映像も随所に登場したり、パブでのサポーター同士の会話の中にも巨額な資本が流入する昨今のプレミアリーグの問題にも批判的な台詞が飛び交ったり、監督のフットボールマニアぶりがいかんなく発揮されていて、とくにサッカーファンは楽しめること請け合いである。

とはいっても話はサッカーのことだけではない。うまくいかない夫婦関係、子どもたちとの断絶とそこに浸み込んでくる犯罪の罠、英国の工業地帯マンチェスターを舞台にした今日的な問題も巧みに取り入れられている。何につけても冴えない自信を喪失している中年の主人公にとってカントナは憧れのヒーローだが、ある日突如妄想の中に本人が現れる。主人公が直面する様々な悩みや難題にカントナは“パスを通すように”アドバイスを与えていくのだ。
ウッディ・アレンの『ボギー!俺も男だ』にちょっぴり似たシチュエーションだが、このエリック・カントナは実に人間的なのである。アドバイスを与えている端からマリファナをちゃっかり拝借したり、ともに腹を突き出しトレーニングに出たりする。アドバイスが裏目に出ることもあるが“戦術を変えろ”と心もとないことも言う。カントナ本人は引退後すでに俳優として数本のキャリアを積んでいて、なかなかどうして堂々たる演技者ぶりである。ちなみに好きな映画監督はパゾリーニだそうで、けっこう映画オタクでもあるようだ。

結局カントナのアドバイスによって主人公は一番大事なものが何かに気づいていく。
犯罪に巻き込まれそうになる子どもたちの危機に対し、奇想天外なアイデアで敢然と立ち向かうラストに笑いとともに勇気と感動を与えられ、思わず拍手したくなった。
また、主人公の職場の仲間たち、パブにたむろするユナイテッド親父たちが実に良い。本当に彼らとビールを酌み交わしながら中継を一緒に楽しみたいと思ってしまう。

なんといってもこの作品の出資構成をみると英国はじめ、フランス、スペイン、イタリア、ベルギーの合作ということだからフットボールこそわが人生と心得る各国の観客には、大人のファンタジーとして支持されるのもうなずける。いまだにこの作品の日本での公開予定はないそうだが、この辺でフットボールの文化尺度がわかろうというものだ。ワールドカップベスト4を目指すなら、この映画をチーム全員で観るべしと岡ちゃんには言っておきたい。

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