2009年10月21日水曜日

森で何が起こったのか?


開幕中の東京国際映画祭。今年は観たい映画と観れる時間のやりくりの中、チケット入手がなかなかうまくいかずに4作品のみの予定。昨日はその1本目、といっても提携企画の東京国際女性映画際のエントリーなのだがアンジェイ・ワイダ監督の問題作『カティンの森』(2007ポーランド作品)を観てきた。

『カティンの森』に関しては一昨年、NHKスペシャルでもワイダ監督のドキュメンタリーが放送され、彼がポーランド最大の政治的タブーだったカティンの森虐殺事件に挑んでいることはすでに話題となっていたし、完成当初からポーランド大使館に縁ある友人からポーランド国内用プレスリリースとかも入手していて、作品の持つテーマとかアウトラインはずっと把握していた。しかしそれから日本公開はずいぶん待たされ、やっと今年の年末、アルバトロス配給で岩波ホールでの公開が決まった。昨日が一般向けには本邦初上映となるとのことで、勇んで東京写真美術館ホールに出向いたのである。

上映前に駐日ポーランド大使の挨拶の後、戦後『地下水道』『灰とダイヤモンド』でポーランド派を形成した巨匠から、自らそのポーランド派を止揚する作品としたいというメッセージを主宰の高野悦子さんによって代読された。

カティンの森虐殺事件とは第2次大戦下、ソ連によって引き起こされた2万5千人にも上るポーランド国内軍将校、警備隊員、警察官、民間人捕虜の虐殺事件である。1939年ナチス・ドイツのポーランド侵攻と同時に、ナチと不可侵条約を締結したソ連が東から同様に侵略を開始し、ポーランドは瞬く間に両国によって蹂躙されてしまう。降伏後大量の捕虜となったポーランド軍人はソ連軍によって強制収容所に連行され、1940年、スモレンスク郊外のカティンの森林でスターリンの命により裁判もなしに片っ端から銃殺されてしまう。独ソ戦開始後の41年になってドイツ軍はこの凄惨な現場を発見、共産主義者の非道さを世界にプロパガンダ展開する絶好の題材にとりあげるのだが、ドイツ敗戦後、ポーランドを支配するソ連はこの事件をナチの陰謀にすり替え逆にプロパガンダ戦を展開するのである。1980年代にソ連の政治支配が終了するまでポーランド国内では誰の仕業なのか明らかだったのにもかかわらず、その真相を語ることは固く禁じられ、そのタブーを犯すものには過酷な弾圧が強いられてきたのであった。ワイダ監督の実父もこの虐殺の犠牲となっていて、彼自身が事件の当事者でもある。

映画上映中、息をのむような衝撃を何度も与えられた。老境を迎えた巨匠の映像表現やテクニックという以前にそのテーマ性だけで圧倒されてしまう。そこには『灰とダイヤモンド』で観られるような悲劇的なヒロイズムやロマンチシズムは微塵も感じられない。虐殺の犠牲者たち、そして生き残ったもの、家族たちの呻吟と祈りが聴こえて来るのみである。特に印象に残ったのは、家族たちに待ち受けていたその後の運命。単に嘘を嘘ということ、真実を語ることこそ最大の敵対行為として、二重に加えられた弾圧であった。留守を預かっていた母たち、妻たち、兄妹たちの視線から語られる悲劇、それゆえにこの映画が女性映画祭にエントリーされた理由もよく理解できる。

スターリニズムの残虐さや犯罪性を告発するといってしまえば簡単なのかもしれないが、冒頭の象徴的なシーンで、負傷者が収容された教会に愛する夫を探しにきた妻が、夫のと思しきコートをめくるとそこには祭壇からはぎ落とされたキリスト像が現れる。あたかも人間の持つ業の深さ、人類が犯した救いようのないおろかさを告発しているかのようである。『灰とダイヤモンド』で瓦礫の教会に残された逆さに磔になってしまったキリスト像のシーンを思わず想起させられる。その意味で監督自ら最後というポーランド派の作品の連続性がここまで変わらず表現されてきていることにも深い感銘を受ける。

ラストは目を覆いたくなるような真相が淡々と映され続けていく。続いていた銃声が消え、頭部を打ち抜かれた後意識が消えるかのように突然場面は暗転して、ドラマは終わる。観終わった後、本当に重い気分で会場を後にした。

感想を語りだしたらきりがないし、語るべき言葉も出てこない。ただただアンジェイ・ワイダの生涯をかけた執念と民族の矜持に対して無条件に敬意を表したい。

12月5日より、岩波ホールにて公開。

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