2008年10月9日木曜日

偉大なテレビマンの思い出

緒形拳の訃報に先立つ5日前の9月30日、元NHKディレクターだった吉田直哉さんがひっそりと亡くなられた。
吉田さんは日本のテレビドキュメンタリーの草分けとなった『日本の素顔』を制作し、65年、66年に大河ドラマ『太閤記』、『源義経』で緒形拳を起用した人でもある。
時をほぼ同じくして鬼籍に入られたお二人のことを考えると何とも不思議な縁を感じてしまう。吉田氏死すのニュースもおそらくは緒形の耳にも届いていたとは思うが、その時緒形も自らの余命いくばくか感じていたのだろうか…。

吉田さんとは1983年、「ザテレビジョン」誌のテレビ放送開始35周年記念企画でテレビマンユニオンの今野勉氏と対談していただいた時に初めてお目にかかった。草創期のテレビ製作の思い出話がメインだったが、温厚ではあるが内に秘めた製作者魂というか、時間がたつのを忘れ熱くテレビの現場を語っておられたのをつい昨日の様に覚えている。

その後もNHKの番組取材では大変お世話になって、広報を通さない現場取材でも嫌な顔ひとつされず丁寧に応対していただき当時まだ実験段階だったコンピュータグラフィックスで描く『銀河鉄道の夜』や84年の大型ドキュメンタリー企画『21世紀は警告する』の特集記事も書かせていただいた。そのときのCGスタッフに吉成真由美さんという若い気鋭の女性ディレクターが加わっていて、実の娘さんのように目を細めて見守られていた(吉成さんはその後科学ライターへ転ぜられ『21世紀は警告する』で知り合ったノーベル賞を受賞した利根川進博士と結婚する)。当時30代になりたてだった自分自身にとっても大変に勉強になったし、今なお当時の取材の経験があってこそ今の自分があるのだと思っている。

NHK退職後武蔵野美術大学で教鞭をとられ多くの著書も表しているが、NHKというか日本のテレビ製作の先達だった吉田さんの足跡は、映像史のみならず現代史的に見ても非常に大きい功績を遺したのではないかと思う。
映画と違ってあまりテレビ製作者個人の偉業にスポットが当たることは少ないが、そのたかがテレビに賭けた吉田さんの遺したものの大きさを、緒形拳の死を伝えるニュースとともに改めて考えさせられている。

謹んで御冥福をお祈りいたしたい。

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