2008年12月31日水曜日

週間呑みアルキスト12.15~12.31


●12月15日
新潟佐渡の酒蔵の入り婿社長H氏が上京、彼と仲の良い印刷会社A氏とともに神保町の中華料理『鐘楼』で食事会。H氏もA氏もかつては雑誌編集者だったが、現在は違った道を歩んでいるもののやはり会えば昔話から始まり雑誌の世界の話題になってしまう。2次会は『明治屋2nd』、新潟出身の常連さんがたまたま来ていてH氏の地元の“酒”の話で盛り上がる。

●12月17日
編集者かつ詩人のO氏が来社。以前O氏が主宰するオヤジロックの雑誌「40/60」の出版にちょっと協力したことのお礼ということで、お言葉に甘えて神保町の比内鶏の料理がおいしい『蘭奢待』でご馳走になる。創刊号の特集はニール・ヤング。なかなか渋い大人のロック雑誌だが2号目の発刊は創刊号の売れ行きしだいなのだとか。雑誌が元気のない時代だけに何とかがんばって次の雑誌を出して欲しいものである。

●12月18日
クラブワールドカップ準決勝の「マンU×ガンバ」戦を観戦しに横浜日産スタジアムへ。同行のaskさんと試合終了後に混雑を避けるべく早足で新横浜まで戻り、焼き鳥屋『もへじ』に陣取って試合評。ここの店はすっかり日産スタジアムに来たときの定番となってしまった。

●12月19日
K書店のハウスエージェンシーであるKM社のKB社長と編集プロダクションF社のY社長と神保町で忘年会。界隈はすでに忘年会シーズンでどこも混んでいたがすずらん通りの蕎麦屋『静邨』になんとか空席を見つける。KB社長とY氏とはかつての衛星ラジオ放送立ち上げ時の同志。厳しい時代だがかつてのような「熱」でもう一度面白い仕事を一緒やろうと盛り上がる。超満員の『明治屋2nd』で場所を空けてもらいハシゴ。

●12月21日
クラブワールドカップ決勝を、熱狂的CロナウドファンのS嬢とともに再び横浜日産スタジアムへ。気温はそれほどでもなかったが風が強く結構身体は冷えてきってしまったので、試合終了後やはり表彰式をパスして大急ぎでお約束の新横浜『もへじ』へ直行し暖を取る。毎年恒例だったこの大会だが来年から2年間はUAEへ開催が移管するのでこの試合後のパターンもしばし中断かもしれない。

●12月22日
スポーツカメラマンK氏と四谷の中華料理『こうや』で会食。スポーツの世界も不況の影響をもろにくらって仕事が激減したそうだ。そうはいうもののスポーツが金まみれのビジネス優先イベント化していたわけだから本来の姿に立ち戻るチャンスかもしれない。真剣勝負のスポーツ報道は廃れはしないと思うのだが。四谷でK氏のいきつけのBar『スリーサークル』にハシゴ。

●12月23日
わがサッカーチームの草創期のメンバーで早逝してしまったH君の没後10年ということでかつての仲間たちと西多磨霊園に墓参。帰りに昔試合のあとによくやったように車を連ねて立川駅近くの『ロイヤルホスト』に立ち寄って法事の会食。電車組の4名はさらに立川駅南口の『ジョン万次郎』へ移動して故人へ献杯することに。

●12月24日
某旅行会社のパンフレットデザインのプレゼンがあって、終了後デザイン会社M社のOG社長とデザイナーのN嬢とお疲れ様会を日比谷国際ビル地下のスペインバル『BAR ESPANOL LA BODEGA』へ。さすがにクリスマスイブということで店内はカップルや女性客でいっぱい。タパスをつまみながら仕事の成功を祈念してサルー!

●12月25日
お世話になっている漫画家のOKさんの紹介で仕事の相談をしているIT制作会社のSC社と忘年会。先方の会社に近い自由が丘の居酒屋『和旬』へ。若いスタッフの会社なので皆さんの食いっぷりが気持ちよい。この日は急な忘年会がダブルブッキングとなってしまいSC社の方々に途中抜けをあやまりつつ神保町へとんぼ返り。かつての同僚で退社後農業をやっていたSS氏が特別ゲストということでT出版O社長、デザイナーAkiさんのと合流しBar『クラインブルー』へ。

●12月26日
いつも立ち寄る『明治屋2nd』の常連さんによる忘年会が27日に行われるということだったが、27日は仕事がらみのライブ観賞の予定が入ったので個人的に1日早く忘年会ということにしてもらう。この日もけっこう常連の人たちが来ていたので結構店の忘年会っぽい気分であった。新宿の『T's Bar』にも年末の挨拶かたがた覗いてみるとaskさん、DONJUANさんが合流。終電ぎりぎりで帰宅。

●12月27日
広告会社D社のSM氏と恵比寿の『アート・カフェ・フレンズ』にフュージョンユニット和泉宏隆+鳥山雄司のライブに行く。お店はアートを名乗るだけに洋画のエッチングとかが多数掲げられたレストランだが、音響やライティングも装備されていて毎日のようにJAZZのライブが行われているとか。ライブ終了後帰り道が同方向なのでSM氏の地元の落合南長崎のBar『Eurasian』で遅い夕食をかねて飲むことに。

●12月28日
雑誌「40/60」を制作するO氏のZ社の忘年会に参加。場所は原宿キャットストリートのこじんまりしたBar『LoiteR』。大学生の頃はよく来ていたがとんとご無沙汰の原宿で飲むのはいったい何年ぶりだろうか。初めて会う人ばかりだったがそこは業界人の集まりだけに知り合いの知り合いみたいな人も多く、思わぬ人の名前が出てきたりで驚く。ゲストで関係者の友人の台湾青年がいたりしたので最後は英語、中国語が乱れ飛んでわけがわからない状態に。

●12月29日
今年レギュラーで仕事していたものの突然休刊になってしまったK誌のKN編集長と飲み会。世の中はもうすっかり休みモードなのでKN編集長の地元・東久留米の居酒屋『おちゃのこ菜々』でおでんをつつきながら来年の再出発のプランやアイデアを話し合う。お互いお先真っ暗な状況だが来年がいい年であるように頑張りましょう。

●12月30日
S新聞社のH嬢、デザイナーのF嬢と今年最後の仕事の打ち合わせをやった後食事へ。神保町界隈の店もすっかり休みに入っていて閑散としていたがたまたま開いていた中華料理屋の『酔仙飯店』へ。F嬢はこの日が初対面だったが、よく知っている出版社の仕事をしているので共通の知人も多いので驚く。暮れの暮れまで仕事の打ち合わせだったのでなんだか年末という感覚がしないが、この日でやっと仕事納めとなった。

●12月31日
妹と両親の墓参りをした後、石神井公園の蕎麦屋『稲田屋』で年越しそばを賞味。一年の呑みアルキの締めくくりは地元だったが振り返れば今年もよく呑んだ。100年に一度の不況で仕事的には暗くなる話ばかりだったが、こんな時期だからこそかえって憂さ晴らしも必要と割り切ることにしている。新しい年も懐はさびしくとも挫けず元気に笑って杯を重ねるべし。今年一年お付き合いいただいた皆様来年もよろしくお願いいたします。

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