2011年6月20日月曜日

ロンドンも良いけどメヒコもね


ロンドン五輪を目指すU-22日本代表は、ホームでクウェートを3-1で破り、幸先の良いスタートを切った。
ケガのエース永井は大事を取ってベンチに温存したが、トップに入った大迫はじめ清武、山村、原口、東ら皆、レベルの高いサッカーで引き気味の相手を翻弄した。後半の1失点はアウェイゴールを考えると不満も残るが、まずは危なげない勝利だったのではないだろうか。
よくFIFAランキングを元に格下扱いするが、クウェートはフル代表でも意外と苦手にする難敵であり、対戦成績もほぼ互角だったりする。決してメディアが言うほど簡単な相手ではないのだが、昨夜のゲームでは完璧にポゼッションを支配でき、彼らの武器のカウンターやセットプレーも完ぺきに抑え切っていた。中3日のアウェイ戦は苦しい条件ではあると思うが、この相手だと確かにサッカーの質も格も上である。必ずや実力でこの関門はクリアしてくれると確信する。

一方でFIFAのU-17W杯メキシコ大会で、さらに若い年代で世界のひのき舞台に立っている事が意外と報道されていない。NHKの「サンデースポーツ」枠でも無視されていたのはどういうことだろう。ましてはフランス、アルゼンチン、ジャマイカという難しい組の緒戦で、ジャマイカに1-0で完封したのは称えられる。フランスW杯の借りを返してもらったみたいでBSフジで観戦していて非常に胸がすく思いだった。しかもジャマイカ人とのハーフの鈴木武蔵選手(桐生一高)にとっては父親の母国との対戦ということもあって話題性も満点。日本人離れした身体能力でみせるダイナミックなプレーは観ていて楽しかった。
明日22日ではアルゼンチンに圧勝したフランスが相手、U-22以上に注目したい1戦だ。今後の代表を担う若きサムライブルーには本家ル・ブルーに是非とも一泡吹かせてもらいたい。

女子のワールドカップも併せて各日本代表の見逃せない戦いが続いている。

2011年6月8日水曜日

今年初めての代表生観戦


3月の地震の影響もあって、関東圏では今年初めての代表の試合。
長友はじめ欧州組の現地での活躍、アジアカップの優勝の影響もあって横浜日産スタジアムは65000の大入りだった。
ここのところFIFAランキングも日本より下に評価され、しかも若手中心とはいえ相手のチェコは欧州のトップクラス、成長著しいザックジャパンがどれだけやれるのか期待は大きかった。

今回のキリンカップはザックの信条である3バックを試す大会であったようだが、結果は前のペルー戦も昨夜の試合もスコアレスドロー。見ている側にはいまひとつ気分的にスカッとはならなかったが、チーム状態はそれほど悪くなかったと思うし、特にスタートからフルメンバーで揃えたチェコ戦でのパフォーマンスは、チェコ相手でも遜色ないし現段階で世界一ともいえるGKのチェフに決定機を何度か阻止されたことを割り引けば、スピードもキープ力も展開能力もアジアでは一歩抜きんでた完成度ではないだろうか。ワールドカップ予選まで残すところ8月の韓国戦のみだが、ここに香川、闘莉王あたりが復帰すればなお戦力も厚くなるはずだ。

久々のスタジアムはやはり気分は良かったが、しかし観客も妙に若返ったというかアイドルのコンサート並みに若い女性が多いのには隔世の感がある。内田や長友がボールを持つたびに上がる黄色い歓声にはいささか鼻白むが、これも代表を支える一つの現象と思うべきなのだろうか。

2011年6月5日日曜日

週刊呑みアルキスト5.16~6.5


●5月16日
5月末にかけてM出版の単行本、S出版の単行本、Fテレビの調査誌A誌の仕事が立て込みだし、連休前からの休みは無いままてんてこ舞いの日々。忙しいのはいいことと周囲は言うが、単価は安いわ支払いサイトは長いわで会社は火の車。6期目となる決算書類がKD会計士から上がってきたが真っ赤赤な上、法人税や消費税の支払いが乗ってくる。福島原発の収拾もつかない中、こんなことであたら無駄な時間を費やしているような気もしていい加減うんざりする。寄稿しているFK誌のYD編集長が休刊と復刊の際の雑誌コード変更の件で相談にやってくる。厳しいのはなにもうちだけでなく、仲間内の出版に従事する人間はすべて同じ状況になっているのかもしれない。YD編集長にせめて美味いモンでもと食事に誘い『東京アチコーコー』でつかの間の一杯。食事後は再び速攻で帰社し気分の乗らない直近仕事に戻る。

●5月18日
またまた休刊の話。UJ誌のNK編集長がじきじきに8月売りから3ヶ月間の休刊のお知らせで夜中に登場。終電ぎりぎりの時間で近所の居酒屋『卯佐』で時間を気にしながら報告を聞く。聞けばそれほど危機的に赤字が膨らんでいるわけではないので復刊は予定通りにいくらしい。ただし秋に復刊したからといって担当しているコラムも復活するかどうかは微妙なようだ。たとえ安くても月刊で収入があったのがなくなるとそれはそれで痛い。

●5月19日
Fテレビの調査誌の仕事を一緒にやっているKJ氏が取材先から立ち寄る。こちとら軽く済ませていた夕食だったが本人はまだだということで。喫茶店で食事も出来る『Rogumi』へ付き合う。KJ氏は自分がぜんぜん食べないのに、テーブルを埋めなければ気がすまない性質でやたら注文をするのが常だ。普段ならこちらが罪悪感に駆られながら残しては申し訳ないと人間ディスポーザーとして後処理をするのだが、この日はすでに軽く食事を済ませていたので、あらかじめ俺は食べられないからと断ったにもかかわらず、やはりKJ氏は3品ほどオーダーする(これでも控えめ)。あげくメインディッシュを半分、残りの2品はほとんど箸もつけずに残すに及んでさすがに腹が立ってきつく注意すると、本人はまったく何を怒られているか理解できずにきょとんとしている。生まれた時代が違うし育った環境も違うのかもしれないが、生産者や料理人の仕事に対する配慮の無さにほとほと呆れる。結構長い付き合いなのだがこの男と飯を食うのは本当にいい気持ちがしないし当然食に対する話題もないのでつまらない。

●5月20日
連日編集作業が続く日々でKJ氏も毎日のように作業にやってくる。この男と飯を食うのは面白くはないのだが毎日のように顔を突き合わせるといた仕方がない。この日は神保町の路地裏にある街なか中華料理の『大興』へ。ここは比較的小皿で何品も選べしかもレベルが高いので、KJ氏には注文させずに自分でさっさと食べきれる範囲でオーダーを選ぶ。隣の卓でいかにも出版業界のおじさんおばさんのグループが居たが、その中の一人がどこかで会った記憶がある。向こうは気づいていないようだが、かつて20年ほど前にTC誌で仕事を発注した編集の女性MTさんであるのを思い出した。名乗れば「あの時の!」ということになっただろうが、相手は盛り上がっているし近況を説明したりするのが面倒なのでほうっておいたが、神保町に居るとこういう出会いも結構多い。なんだかこの店の常連のような感じだったのでまた会う機会もあるだろう。

●5月21日
Fテレビの仕事でSM嬢と打ち合わせ。この日はKJ氏が不在だったので二人で近所のイタリア居酒屋『ピアンタ』で食事。この土日は入稿のピークなので、飲みたいところをこらえてサングリアをちびちびやりながらパスタとピッツアを食す。お店の女性から「今日はワインはいいんですか?」などと聞かれるもぐっと我慢。

●5月23日
入稿作業の合間三崎町方面の大衆的な日本蕎麦屋『侘助』で夕食。最近は練馬区保健センターのメタボ指導もあって夕食のカロリーには気を使う。その点、蕎麦は低カロリーなので安心できるのだが、その分満腹感にかけるため夜中の編集作業でついつい間食の衝動に駆られるから要注意だ。事務所に設置されているオフィスグリコのBOXも撤収してもらったほうが良いのかもしれない。すべては自分の意思次第ではあるのだが。

●5月25日
入稿作業と打ち合わせでKJ氏、SM嬢と夜遅くに食事。営業時間も考え24時間営業の『デニーズ九段下店』
へ。ファミレスはめったにいかないのだがメタボの身としてはメニューのカロリー表示は便利。同行の二人は当たり前のように生ビールを注文するが、すでに慢性的な寝不足状態を強いられているため一滴でもアルコールが入ると寝落ちは必至なのでなんとか踏みとどまる。

●5月28日
何とかM出版とFテレビの調査誌の入稿が完了。入稿後もミスや直しが発生しドタバタしたが、あとは出来上がるまでの突発事故への待機だけというところまで落ち着く。油断は出来ないが峠は越えたので久しぶりに映画でも見るかと思い、池袋ルミネの『小松庵』で蕎麦で(心置きなく)一杯引っ掛けてからシネマりーブルで『マイ・バック・ページ』を観賞。久々映画館の座席に埋まって開放感を味わう。映画は主演の配役に異議を感じつつも若い山下淳弘監督のディテールへのこだわりも感じ、同時代を生きた世代としてなかなか楽しめた。

●5月30日
印刷所から無事納品の連絡あり。この日も外部にまかせっきりにしているS出版の作業のケアをしなければいけないところだったが、早々に会社を引き上げ久々に新宿2丁目の『T’sBar』に顔を出す。

●6月1日
キリンカップ、ペルー戦を会社でビールを飲みながらテレビ観戦。代表戦はアジアカップ以来だが、この日は前半は国内組みの新戦力やシステムを試すザック采配。後半からは本田や長友の欧州組みが加わり面白くなった。ペルーの好調さもあって日本は押されながらもなんとかスコアレスドローに持ち込む。本来なら7月には南米選手権参加ということで、今年は久々に海外観戦ツアーをもくろんでいたのが震災でパーになってしまった。試合終了後『明治屋2nd』に立ち寄って飲んでいるうちになんだかんだ終電タイム。入稿が終わったら終わったで午前様は変わらない。

●6月2日
会社の近所の量が売り物の中華料理『文華』で、急にたまらなく食べたくなったソース焼きそばをパクつく。その後、『明治屋2nd』に立ち寄ると常連さんが築地から手に入れたという赤穂産の生牡蠣のおすそ分けにありつく。ラフロイグをたらして食する至福に忘我の境地。シーズンからだいぶ外れているのでどうかと思ったが、瀬戸内産はこの時期が排卵前で太っていて逆に美味しいそうである。通常当たっても週末休めばいいと思い金曜日以外生牡蠣は食べないのだが、入稿が終わった安心感からままよとぺロリ。西日本ものとはいえ日本の海産物もいったいいつまでこんなに無警戒に食べられるのだろう。この日福島沖の海底の汚染は大手メディアに報道されないものの相当やばいという内部情報を受けたばかりだ。


●6月3日
神保町駅の岩波ホール側の出口を通るたびに気になっていたイタ飯屋『Papa Milano』に、FテレビA誌校了の反省会でSM嬢、KJ氏と初めて入店してみる。いくつかのタパスとピッツア、パスタ。そしてデザートのケーキ三種盛りでここしばらく減少状態にあった体重のリバウンドは必至の状況に。まあ、外食産業のチェーン展開の店なのでそれほどの期待感も無かったのだが、そこそこイケル。こんどはきちんと美味しいお店に口直しに行かねば。

2011年6月2日木曜日

辛苦了!


昔取った杵柄ということで、今回から仕事を受けていたフジテレビ編成マーケティング部発行の季刊誌『AURA』が苦労の末、出来上がった。

連休以来、不眠不休で作業していたが本当に納期ぎりぎりで何とか形にしたのだが、さすがに若いころのようなわけにいかずこういう綱渡りのスケジュールを力技でこなすのには、もう自分的には限界が見えた気がする。
ただ、今号は3.11の東日本震災とメディアがテーマだったので、ハード(製作)的にはそれこそハードだったがソフト(内容)的には興味深い取材が多かった。巷間ではあまりよく言われることのないテレビ局の報道だが(特にフジは)当事者たちの使命感なり職業意識なりはなかなか熱いものがあり、ニュース映像の裏側の人間ドラマがあったことを改めて認識できたのも良かったと思う。

まあどうでもいいことだが、フジの報道現場の人間たちが局長クラスに至るまでほとんど全員が自分より年下だったというのもちょっとショックだった。今を去ること20数年前にT誌創刊で河田町時代のフジの報道局に24時間貼りついたことがあったが、あの頃は取材した人はみな自分よりはるかに大人だったのに。

ただ今回何度かフジに出入りしたことと、新規のコラムの依頼等で、長らくあっていなかったメディア周りの知人と再開できたのは楽しかった。ちょっとつらい仕事だったがこういう人脈が上手くいかせたりできるところに仕事のひそかな喜びが見いだせたりする。季刊とはいえ次号はすぐ動きださねばならないようだが、しばらく休養を取って台湾にでも遊びに行きたい心境ではある(探さないでくださいの留守電入れとくかw)。

ともあれ今回制作にあたってご協力いただいた方に感謝するとともに、ご迷惑をかけた倍する方々にあらためてお詫びいたします。

2011年5月16日月曜日

週間呑みアルキスト4.25~5.15


●4月25日
BS社のY社長来社。BS社で発行している季刊雑誌FK誌の販売にかんする相談。小さい出版社が小部数ながら発行し続ける大変さが痛いほどわかってくる。仕事の打ち合わせの後、神保町の沖縄風ダイニング『東京アチコーコー』に場所を変えて飲みながら苦労話に耳を傾ける。

●4月27日
編集者のKJ氏と夕方、神保町『そば切り源四郎』で打ち合わせ。さらに2軒目を誘われるが仕事が山ほど溜まっているので固辞。終電間際に隣の『明治屋2nd』を覗くとKJ氏がまだとぐろを巻いている。くわばらくわばら。

●4月28日
フジテレビで長い会議。同席したSZ嬢と疲れ果てて新橋へたどりつき、駅ビルの『ビーフン東』で腹ごしらえした後、銀座のバ―『FAL』で一杯。今年もなんだかんだ仕事が重複しGWはまったく休めない感じでため息が出るばかり。

●5月1日
GWは会社に出っぱなしでプレゼン用の企画書の仕上げや、休み明け入稿の単行本のチェックに追われる。この日は夕方にKJ氏が打ち合わせで来社するが、この人と呑みだすと仕事にならない。幸い周辺のお店は休みのところが多く、山の上ホテルのパーラー『ヒルトップ』で軽くすませることができた。山の上ホテルは最近『山の上ホテルの流儀』という本を読んだばかり。こんじまりしたレトロ調のいいホテルだが、本に書かれている通りホスピタリティは素晴らしい。機会あればぜひ泊ってみたいホテルではある。

●5月4日
GW後半休み中だが締め切りが近いのでライターのMS氏に神保町までご足労いただき打ち合わせ。終了後は年中無休で営業する『上海美食 酔仙酒店』で食事。休み中にもかかわらず宴席で結構にぎわっている。

●5月6日
かつて連載を担当していたこともある木村太郎氏に原稿依頼したところ“そんなことより飯でも食おうよ”と呼び出され事務所のある元麻布に出向く。相変わらずヨット焼けで真っ黒な顔に笑みをたたえながら出迎えてくれ恐縮する。麻布の日本蕎麦の老舗『永坂更科 布屋太兵衛』で昔話で一杯。もう70を過ぎたというのに元気いっぱい、こちらも仕事がたまって精神的にへろへろだったが少し元気を分けてもらった気分になる。

●5月12日
フジテレビで局内取材、終了後ライターのKR氏と遅い昼飯でアクアシティーの「ご当地麺祭りコーナー」へ。色々悩んだ挙句、長崎は『江山楼』のちゃんぽんを注文。内臓脂肪を考えながら美味なるスープを飲むのはあきらめる。その後、市ヶ谷に移動し駅ビルの『TO THE HERBS』でNE誌のSN編集委員と連載コラムの打ち合わせ。SN氏とも会うのは20年ぶりくらいで、かつて衛星放送の雑誌をやっていたころによくお世話になった。最近の忙しさには閉口するものの木村さんにしろSN氏にしろ久しぶりに昔の知り合いと再会できるのはこの仕事を受けたからともいえる。

●5月13日
KJ氏、SZ嬢とフジテレビA誌の編集会議。終了後、時間はかなり遅くなってしまっていたが遅くまで営業している神保町の中華料理『東方園』へ。あっというまに終電時間となって会社に戻る間もなく駅に走る。あ~早くこの状況から抜け出したい!