2015年3月17日火曜日

Kへ


1984年晩夏。

新宿のネオンのきらびやかな大通りを

君と急いで歩いていたね。

もうすぐ映画の最後の回が。始まってしまう。

勇壮な、勇壮なビル・コンティの調べ

サム・シェパードの孤独

あの時盗み見たスクリーンを見つめる君の横顔に

なぜか深い安堵をおぼえた

そんなフィルムのひと駒が鮮明に

まだ若かった君とその後過ごした何千時間の中でも

妙に鮮明に、思い出されてならないのだ。

 

1994年春。

愛していたひとを失った日

心が空洞になった夜

四谷の店の地下の止まり木で、

覚えているだろうか。

その空洞にそっと蓋をしてくれたことを。

それがどんなにささやかな気持ちであっても

あのときの赦しの気持ちを

あのときの情けない気持ちを

あのときの後悔を

いまだに、いまだに忘れることが出来ないでいる。

 

2007年冬

冬枯れの神宮の並木道を

国立競技場の人の流れとともに歩き

暖かいカフェの窓際に座り、

君が手をかけて育てた幼子の巣立ちを

深い嘆息とともに見送った。

過去の時間への愛惜と

これからやってくるだろう時間への不安と

あの時のはかなげな君の横顔も

遠くから聞こえるスタジアムの歓声とともに

これからも繰り返し思い出すに違いない。

 

2013年晩秋

黄色く色づいた公園の中にある

静かなレストランで

懐かしい仲間たちとの再会の時

君が思い出とともに悲しいストーリーの結末を語り

なすべきこともなく

君の決意に応えられない

無力さに言葉さえかけてあげることが出来なかった

あの日の吉祥寺の茜色の空が

涙で滲んでいたのを

君は気が付いていただろうか。

 

ああもう君はもういないんだね。

ああもうちぎれたフィルムは回ることが無いのか

物語の終焉が

いつかは来るのは判ってはいても

エンドロールが

多くの人の名前とともに

スクリーンに現れ消えても

再びカタカタと映写機が回らないのかと

いまは

まだ まだ 諦められずにいる。
 

 

2015年3月3日火曜日

週間呑みアルキスト2.1~2.28


●2月1日
久々に朝方まで事務所で作業。テレビの朝一番のニュースでISIS(イスラム国)に捕えられていた日本人ジャーナリストが殺害されたとの一報があり、何とも嫌な気分で家路に就く。彼が拘束されているのを承知で、イスラエルくんだりで西側十字軍への支援を脳天気に宣言していたどこかの国の首相の国際感覚のなさにあらためて嘆息する。日が高くなってもなかなか寝付けずもらいもんのウイスキーの力を借りる。

●2月2日
ノンフィクションライターFJ氏と会食。最近出版された書籍はどれも好調ということで忙しそうだが、神保町の居酒屋『福兆』で飲み食いし、渋谷の『グランドファーザーズ』とハシゴするころには完全にいい気分に。こっちは終電時刻が迫ったので先に辞したが、あとから聞くとFJ氏は店にいた外国人団体さんと意気投合、朝方近くまでどんちゃんやっていたとのこと。先に辞して大正解。

●2月3日
早稲田の穴八幡神社の御守り「陽来福」を深夜零時に事務所の恵方に貼る。終電近い時間だったのであわてて外に出るが、隣の『明治屋2nd』も『ラーメン二郎』も、みんな同様に貼っていたので可笑しくなる。みなさん商売繁盛でありますように。

●2月4日
台湾の金門行き復興航空機が松山空港を飛び立って間もなく基隆河に墜落したニュース。かつて何度か同機に乗ったことがあるのでびっくり。偶然高速道路を走っていて記録された墜落寸前の映像に見入ってしまった。なんだか嫌なニュースが続く。

●2月9日
静岡の放送局勤務の先輩ON氏のお誘いで有楽町へ。ガード下にあるサラリーマンでにぎわう居酒屋『ヒノマル食堂』でもつ鍋、2軒目は交通会館の地下にあるこじんまりとした日本酒バー『后バー有楽』へ。壁一面にジュリー・ロンドンのレコードジャケットがありつつ食い物飲み物はすべて和一色。「獺祭」「開運」と銘酒がズラリ。

●2月13日
午前中から仕事の打ち合わせで大崎へ、終了後デザイン会社のMM社OG社長とKR嬢で次の打ち合わせ移動の間を利用して新宿で昼食。小田急ミロードのモザイク通りのスペイン料理屋『パラドリーナ』でランチ。ワインを飲みたかったがぐっと我慢。といいながら珈琲マシーンの故障とかで珈琲もお預け。

●2月16日
午前中は銀座で座談会取材、午後は有明の病院取材ということで、朝から銀座界隈へ。まだお店も空いていないというのに銀座通りはアジアの買い物客がそぞろ歩いている。昼食はスタッフ陣と銀座は土橋のG10ビル内にあるオシャレな中華料理店『A・DINING』へ。ランチコースはどれもコスパよし、味はまあまあ。銀座グランドホテルのカフェ『ノーザンテラスダイナー』で時間つぶし。しかし昼間の銀座はあまり来ないのだが、すっかり変わってしまった感がある。

●2月19日
旧K社の後輩たちTN君、SM嬢、TM嬢、デザイナーNM嬢と吞み会で、新宿の燻製料理『ab!(アブ―)』へ。なんだかこそこそとおかしいと思っていたら、お店からケーキのプレゼントで「祝還暦」のデコレーションというサプライズ。赤いちゃんちゃんこは絶対拒否と思っていたがリバプールFCのネクタイとタイピンとあっては怒れない。ありがとうございました。

●2月21日
A誌の入稿で土曜出勤。遅くに戸締りした後、『明治屋2nd』へ立ち寄り。普段はスタンディングなのだが、この日は常連さんが2~3人ということで、イスを出してくれてまったりと過ごす。

●2月24日
曙橋MM社で打ち合わせの後、編集のOK氏とK社時代の先輩TMさんの経営する画廊カフェ『ゑいじう』へ。その足で新宿二丁目『t’s bar』。EB社のST氏、K社のグループ会社営業のDM氏と合流。

●2月25日
新橋第一ホテルで90歳の現役サッカー記者としてFIFA会長賞を受賞した賀川浩翁の祝賀パーティーにスポーツカメラマンのKG氏と出席。昨年ご自宅に取材に伺ったこともありサッカー界のお歴々をかきわけちょこんと貴賓席に座る賀川さんにご挨拶。KG氏と新橋烏森口の焼き鳥屋『きたがわ』で軽呑みしたあと、仕事の流れででざ淫会社MM社OG社長から呼び出しを受けて四谷三丁目のスペイン料理屋『タぺリア』に向かい、終電まで荒木町のスペインバル『カリーニョ』でワイン攻め。

●2月28日
『明治屋2nd』の常連さんたちとTV番組「孤独のグルメ」でも紹介された小岩の四川料理『珍々(ぜんぜん)』まで遠征。テレビで紹介されて以来予約の取れない人気店となったそうで、この日かお店に顔が利くOGさんに予約を取っていただいた。重慶出身の女将さんの家庭料理は山椒はたっぷり利いているものの思ったより辛くもなくなかなか美味。特に「じゃがとろ」は秀逸でした。



 

2015年2月26日木曜日

時空を超えて祖父との対面を果たす

以前、当ブログで祖父・秋山光清の著書を紹介したのだが(2009年9月4日)、祖父の地元・福岡県遠賀郡芦屋町のYさんという方から、芦屋町で開催されている山鹿素行展の情報とともに、生前の祖父・光清が写っている写真を送っていただいた。昭和の二宮尊徳と称された篤農家・安高團兵衛氏のご遺族の手元に保管されていたものだとか。

時は皇紀2600年(昭和15年)に神武天皇社に地元の名士たちと瑞兆旗を奉納した際に撮影された集合写真で、白い大島を着た人の3人右に顔をのぞかせているのが祖父の姿である。祖父は私が生まれた翌年の昭和31年に84歳で没したので、もちろんほとんど記憶にない。昭和15年というと68歳の頃で、実際自分にも何となく似ているようにも見え何とも感慨深いものがあるし、時を超えて対面することができて何とも不思議な気分でもある。

歌人として歌碑まで残した祖父の名に恥じないように、わが人生の晩節を汚さないように心がけなければと気分も引き締まる思いだ。

写真を提供していただいた、安高團兵衛氏のご子孫の方、送っていただいたYさんにあらためて感謝したいと思う。





2015年2月23日月曜日

アカデミー賞雑感

今年のアカデミー賞は、結局作品賞、監督賞は『バードマン』に決定。主演男優のエディ・レッドメイン、主演女優のジュリアン・ムーアもさることながら、確かに獲るだろうなあと納得だったのが『6才のボクが、大人になるまで』のママ役を演じたパトリシア・アークウェットの助演女優賞だ。
 先日、ゴールデングローブを受賞しアカデミー賞の下馬評も高かったので観に行ってきたのだが、何年にもわたって撮影を続けた話題性や、家族の絆への感動というよりも、パトリシアの存在感に度肝を抜かれたw 若くしてデキ婚して、大学にいき直し、2度の離婚を経ながら2人の子どもを育て、大学の研究者の道を突き進む!という役柄をリアルに感じさせるたくましい肝っ玉母さんぶりにほとほと感心したものだ。テレビドラマシリーズで三人の子持ち役ということで体重を増やしたということのようだが、あのぴちぴちしていた『トゥルー・ロマンス』の頃が、いまとなっては懐かしく感じてしまう。
 個人的にはお姉さんのロザンナひいきではあるが、かつて彼女自身が感じていた妹からのプレッシャーを自身が監督した『デブラ・ウィンガーを探して』で語っていたが、完全にぶっちぎられてしまったな。
オスカー受賞スピーチでは女性の賃金格差に関して訴えるくらいの貫録、今後もこのオバさんパワーは要注目だ。

しかし公開時にオスカー最有力という宣伝文句に飾られていた『アメリカン・スナイパー』『ゴ―ン・ガール』や『フューリー』の無冠ぶりはかわいそうなくらいだった。まあ煽りのキャッチもちょっと考えなきゃね。

 

2015年2月2日月曜日

週間呑みアルキスト1.1~1.31


●1月1日
ここ何年か元旦は天皇杯と相場が決まっていたが、今年は国立の移転で1日中家呑みを決め込む。さて、今月中にはもう還暦を迎えるわけだが、全く自覚がないし59歳から60歳になったところで何かが劇的に変わるわけではない。ただ、思えば母親も60で他界したわけなので、まあ厄年ということでせいぜい節制に気を配らねばということか。

●1月2日
箱根駅伝観ながら家呑み。母校の往路優勝はやはり嬉しい。午後からはラグビーの大学選手権の準決勝。早明不在、慶応じゃ帝京の敵じゃない。面白くも無し。

●1月3日
箱根駅伝復路も驚異的な記録で総合優勝で気分良し。何本か祝電も。午後から兄の家へお呼ばれ、竹鶴17年を拝領。帰宅後早速封を切ってニュースを見ながら祝勝呑み。

●1月5日
本日より出社。早速大学時代の友人ED氏より、駅伝祝勝会のお誘いが入る。銀座八丁目の小料理屋『えざわ』で援団OBまじえ大盛り上がり。空手部OBが経営する八丁目のバー『alica』でまた乾杯。さらに七丁目のクラブ『ウィル』にハシゴ。エールを切ってカレソンを歌い他の客のひんしゅく買う。来年は大手町読売前集合を約す。

●1月9日
帰宅前に新宿の『t’s bar』へ立ち寄り。EB社のST氏AD氏と合流。

●1月12日
高校サッカー決勝戦、アジアカップ初戦パレスティナ戦で家呑み。アギ―レジャパンの真価を問われる大会だが、まずは快勝。まあ相手が相手なので割り引いて考えなければと思うが、確かに調子はいま一つか。

●1月15日
昨年末ひょんなことから久しぶりにアポイントを取ったA広告社のUD部長と、K社時代の後輩TZ氏交えて新宿二丁目の中華料理『荘園』にて会食。2月に訪台するUDさんに、美味しい店をレクチャー。すぐ近くの『t’s bar』で続き。

●1月16日
会社でアジアカップイラク戦観戦。最少得点差だが内容的には圧倒していた。ライターTM嬢が節分で貼る穴八幡神社の護符を持ってきてくれたので、神保町の中華ダイニング『SANKOEN』にて食事。『KLAIN Bar』で軽呑み。

●1月19日
KGカメラマンとK社の後輩WS氏、TN氏と市ヶ谷に新しくできたレストランビル内の居酒屋『伊達藩いろり屋』にて新年会。K社の状況もなかなか大変そう。出版業界の行く末を案じつつ次なる展開を真剣に考えねばと反省。

●1月20日
三番町のVD社のAO氏、IS嬢と近所のレストラン『タナカヤ』にてランチミーティング。何かうまく仕事につながればいいのだが。京橋で今年初の試写を観る。アイリッシュの気鋭の監督のジョン・カーニーの『はじまりのうた』。前作『ONCEダブリンの街角で』から舞台をニューヨークへ移すが、やはりテーマは音楽もの。主演のキ―ラ・ナイトレイが意外とギターや歌が上手いのに感心。会社で3戦目となるヨルダン戦観戦。なかなか調氏はいい感じだ。

●1月21日
小雪舞う寒い日。天王洲アイルのスポーツ新聞社へ企画の打ち合わせ。広告代理店J社のおごりで品川の『リブラボキッチン』へ。サラリーマンで満員、ボリュームあるリブを喰らう。

●1月22日
ひっそりと還暦を迎える。AS社KR氏より花束をいただき恐縮。さして感慨も無し。夜は大学時代の友人HT氏と新橋『いし井』にて新年会。銀座のBar『FAL』へハシゴ。

●1月23日
アジアカップ準々決勝UAE戦。なんと立ち上がりに先制され、圧倒的にゲームを支配しながらもなかなか1点を返せず、終了間際柴崎のミドルでなんとか同点に追いつく。延長も雨あられとシュートを打つものの詰めが甘くPK戦。本田と香川の両エースが揃って外して敗退。またぞろ決定不足病。こりゃもうつける薬なしか。むしゃくしゃするので隣の『明治屋2nd』へ憂さ晴らし。

●1月26日
世話になった先輩MT氏の訃報。会社勤め引退後故郷の栃木に引きこもっていたが年末に亡くなられたとのこと。連絡をくれたSM氏と落ち合って神楽坂の居酒屋『萬月』で献杯後、音楽好きだった故人をしのんで赤坂見附の『ミュージックラウンジm.』にてとむらいの歌合戦。合掌。

●1月29日
『明治屋2nd』でちょっと遅くなったが誕生日のお祝いをしていただく。あまりめでたく思っていないことを公言していたので、他のお客さんと合同の会だったのだが、色々な頂き物や、ケーキなどもふるまわれまずは感謝。

●1月30日
市ヶ谷のアルカディアにてK社の先輩TN氏の送別会。約30年前の創刊時のメンバーも集まって盛会。冒頭MT氏への黙とうもあったが、30年間を振り返るとすでに先に逝ってしまったメンバーも多い。それを想うとみんな歳をとったし時間の長さを感じる。後輩のTJ氏に誘われ西麻布の『PB』というBARへ。ここも近々店じまいなのだそうだ。TJ氏の歌う拓郎『私は今日まで生きてきました』が沁みる夜。