2009年9月7日月曜日

週間呑みアルキスト8.24~9.6


●8月27日
M企画のMT社長よりお誘いがあって、彼の友人である米国人J氏と一緒に四谷の高級焼き鳥屋の『ただ野』へ。ここはMT社長の奥様の同級生だった人が経営しているのでMT社長は公私でよく使う店だ、以前一度連れてきてもらった事があるが、焼き鳥のコースの〆に出された鶏スープが絶品なのである。この日のゲストJ氏はアジアへの欧米企業の進出をサポートするコンサル業務をメインにしているが、日本人の奥さんの実家の近所のつくば市を拠点にセミプロのバンドをやっている。リチャード・ブランソン似の風貌だが日本語はほぼネイティブ。かつて台湾にもいたことがあるとかで“中国語は?”とたずねると“一點,可以説中文”と返ってきて、すっかり意気投合。

●8月28日
大手代理店D社出身で現在は富裕層に向けたマーケティングの会社を経営するMB氏と会食。場所は銀座・松坂屋近くの和風ダイニングの『黒磯』。以前は『黒吉』という名だったが経営者が変わったのだろうか。内装もメニューもそれほど変わってはいないし、値段の割りに料理もそこそこ手が込んでいる。MB氏も昨今の景気の現状を憂えていたが、いままでの紙媒体を中心にした事業からITに主軸を移すとのこと。色々とアイデアはあるらしいのだが軌道に乗せるまでには苦労しそうだと言うものの、可能性と勝算はあると意気軒昂。協力を要請されるが、こちらも紙の限界は感じるもののITをどれだけ理解できているかと問われると自信がない。そんなことも言っていられないのだが。

●8月29日
土曜日、まるまる休日にし一日家でだらだらすることに決め込む。夕方、ひさびさに地元の石神井で外食しに出かけ、地元の古い定食屋『ほかり』に20年ぶりくらいに入ってみた。この店はごく普通の街中の定食屋なのだが実は大変な歴史を持っている。かつて昭和28年ころ、無頼派作家・坂口安吾が伊東競輪事件(不正の言いがかりでスキャンダルになった)で壇一雄宅に身を寄せていた際、睡眠薬で狂気に駆られ三千代夫人にライスカレー100杯の出前を言いつけ、その注文を受けた店がここなのである。
“私が百人まえ注文に行ったらおやじさんがビックリしていたがうれしそうにひき受けた。としをとったおかみさんをトクレイしながら、いそいそとあとからあとから御飯を炊いて、ライスカレーを作っては運んでくる姿が思い浮かぶようだ。それをまた、私達はニコリともせずに一生懸命食べた。十人足らずの人で、ムロン、百人まえは食べ切れなかった”(坂口三千代著「クラクラ日記」より)
実際はこの店だけでは間に合わず、隣接する食堂『辰巳軒』にも応援を頼んだそうで、この店も現存している。ということで昔の物書きたちの面影を偲ぼうとビールを飲みながら数ある品書きの中からカレーをチョイス。もちろん代替わりしているので同じ味ではないと思うが、安吾や壇さんも食した伝説の一品を味わう。まあフツーの味としか言いようはないのだが…。

●9月1日
勤めていた会社を辞めてしばらく音沙汰がなかったKJ氏がひょっこり現れる。バンデージで右肩を固定していたので驚いて聞くと、何週間か前に、実家で荷物を運ぶ際に転倒して肩のつけねを骨折したそうな。どうりで連絡が来なかったはずだ。久々に蕎麦が食べたいと所望するので九段の名店『一茶庵』へ。左手で箸を使い器用に蕎麦をすすっているのに感心する。その後、『明治屋2nd』に立ち寄るがいつも酒が入ると必ずとぐろを巻いてしまうKJ氏もいつになく早めに切り上げる。怪我の功名と言うべきか。

●9月2日
友人のHT氏と銀座で呑む約束。ネットで検索して気になっていた7丁目にある台湾屋台料理の『來來』という店に行ってみることに。こじんまりした店だが台南の担仔麺のチェーン店『渡小月』の系列らしい。ということでメニューはすべて台湾オリジナルの小吃ばかりで、本場の味が楽しめる。客もひっきりなしで予約なしでたまたまカウンターに座れたわれわれの後はすべて満席で入れない盛況ぶりだ。紹興酒を1本あけた後は、4丁目のすずらん通りにあるアイリッシュパブ『Daffys』でキルケニーを引っ掛け、さらにもう一軒、数寄屋橋の隠れ家的ジャズBar『季立』へハシゴ。マスターにお願いして先日逝去されたクリス・コナーをかけてもらい在りし日の姿を偲ぶ。

0 件のコメント: