2010年12月13日月曜日

週間呑みアルキスト11.22~12.31


●11月23日
FK誌の取材で編集長兼カメラマンのYD氏とイベント旅行企画会社のKT氏とともに車に同乗し、晩秋の菅平高原へ1泊の取材旅行へ。KT氏が主宰する少年サッカー大会イベントの来春の受け入れ準備のための事前取材だったが、真っ赤に色づいた信越路は折からの雨で霧がかかり、ひっそりと静寂に包まれていた。12月も中盤になるとスキー場がオープンになり、スキー客でにぎわうのだろうが、この時期はラグビーや陸上の人影もなくまったくのシーズンオフ。こんな時期だけに街の皆さんも凄くフレンドリーに迎えてくれ、宿泊した菅平サンホテルは、まさに映画「シャイニング」のホテルがごとく宿泊客も我々のみだった。取材終了後皆で車で30分ほど離れた公営の温泉施設『十福の湯』に出向きすっかり温まった後、菅平に戻ってなぜか山の中なのにサーファーだというマスターがバリ風の料理を供してくれる超ミスマッチな無国籍居酒屋『ワルンジュン』にて夜遅くまで盛り上がる。久々の国内旅行で心身ともにリラックスできたと思いきや夜はKT氏のいびきの大轟音で朝までなかなか寝付けず、翌日の帰路はすっかり憔悴する羽目に。

●11月25日
スポーツフォトグラファーのKG氏と元SY誌のKJ氏とともに会食。四谷の街なか中華の名店『こうや』が新しく近所に開いた新店『徒歩徒歩亭』へ。『こうや』のオーナーが愛娘のために出店したとのことでオーナー自ら厨房に立ち美人の娘さんがフロアを担当している。出す料理はいわゆる中華の屋台料理だが本店より美味いのではと思わせる力の入り方。すっかり満腹になった後、KG氏いきつけの『3Circle』に立ち寄るが、以前紹介されたことがあるSG社のライターHM氏とバッタリ。数年ぶりの再会にビックリ。

●11月27日
土曜出勤で原稿入稿の準備で忙しかったが、Twitterで新宿『T’s Bar』のマスターが厚岸の牡蠣に加えて「白州」のHEAVILY PEATEDを入荷しましたというので、これは見過ごせない。さっそく駆けつけ国産ウイスキー最高峰の「白州」がアイラ島同様のピートで燻したスモ―キ―な逸品に北海道から空輸された生牡蠣という絶妙な組み合わせで実に幸福な時間を過ごす。その後、大先輩のスポーツ記者のST氏がべろんべろんになって乱入、海老蔵ほどではなかったが強引に話し相手にされて、夢見心地の気分からすっかり現実に引き戻されてしまった。

●12月4日
突然無茶振りされたUJ誌6Pの入稿に追われた1週間だったが、やっと下版にこぎつける。ということでKM社の女性編集者NKさんとかねてから約束していた飲み会が実現。神保町の沖縄風フレンチ『東京アチコーコー』へ。NMさんは彼女が20代前半からの付き合いだが成人した息子さんがいるとはちょっと想像できないくらいに若いままだ。時間の経過に驚きながらも懐かしく昔を振り返り楽しいひと時を過ごす。

●12月8日
いつものごとくKJ氏が呑みの誘いで顔を出したところに共通の知人である女性漫画家のOKさんがたまたま近所で打ち合わせがあったそうで来社。事務所の近所のイタリアン居酒屋『ピアンタ』へ。ここはワインが量り売りで飲めるのでついつい飲みすぎてしまう。KJ氏と『明治屋2nd』にハシゴした頃はすっかり酔っ払ってしまった。早々に切り上げて仕事に戻るつもりだったが断念。ハイデッガーは学生に呑みに誘われると相手をつぶして自らは勉強にもどったというが、そんな芸当は凡人には不可能である。

●12月9日
昔の仕事仲間の編集者やデザイナーたちと新宿で忘年会。会場は昔よくこのメンバーたちと呑みかつ食べた懐かしの『池林房』。太田トクヤ氏が経営するマルビ編集者のたまり場と謳われた店だが、マルビを流行らせた渡辺和博さんももう故人となってしまった。みんなそれぞれに歳をとったが昔話に花が咲くと時間はあっというまに過去にさかのぼって行く。全員朝まで呑むなんてせずに終電を気にするようになったのが唯一の進歩か?と思いきや有志のメンバーで2次会のカラオケ行きの提案が。冗談じゃないと思ったがジョンの命日にちなんでレノンしばり、ということなら話は別。終電までほぼ1時間、20曲はいけるぜと靖国通りの『シダックス』に直行。

●12月12日
隣のスタンディングバー『明治屋2nd』の常連ER嬢がめでたくも結婚式を迎えたということで、その2次会をこれまた近所のレストランバー『エスぺリア』にて仲間内のパーティーを執り行う。この歳になると葬式ばっかりで結婚でのお呼ばれは超久しぶり。新潟出身であぶさん並みの大の酒豪、酔ったうえで巻き起こした数々の伝説を持つER嬢だったが、この日はいたってしおらしい。どうかこのままほどほどに旦那相手の晩酌に専念し幸せになっていただきたいもの。まずはおめでとうございます。

●12月15日
新宿三丁目の居酒屋『かり屋』でライターのSKさんと打ち合わせ兼忘年会。SKさんは以前居た会社の先輩で長年編集プロダクションをやってこられた。アウトドアに造詣が深く一時フライフィッシングの手ほどきを受けたこともある。当然自然関係の著作も多く最近では歴史、史跡ものに新境地を開かれている。現在2冊同時に単行本の企画をお願いしていてその慰労をかねて一席設けたような次第。SKさんと話しているとまた山奥の渓流でフライをやってみたくなる。三日坊主に終わってしまった不肖の弟子だが仕事が一段落した暁にはまた修行させていただくことに。

●12月16日
KM社VD誌の女性編集者NMさんと、深夜打ち合わせの後神保町の『天鴻餃子房』で食事。前回呑んだときに仕事発注の打診があって、今回は具体的な企画概要の説明を受ける。結構手間がかかりそうな仕事だったが、現在の状況では断れるわけも無く、年末は結構忙しくなりそうな感じである。二人でにんにくの臭いぷんぷんさせて終電車に飛び乗る。

●12月21日
サッカー雑誌FK誌の取材で中目黒のイタリアン『ポルトフィーノ』でJリーグ鹿島アントラーズのSMスカウト部長にインタビュー。プロリーグの新人獲得でスカウトはどういう眼で選手を選ぶのかということを中心に話を聞いてなかなか興味深い内容だった。『ポルトフィーノ』はFK誌のYD編集長の友人FMさんがオーナーシェフで、実はSM氏の高校時代の先輩と独立前に同じ職場だったという縁もあり、取材後は昔話で盛り上がる。SM氏は現役時代は日本リーグの実業団でプレーしたディフェンダー。冷静で落ち着いた話しぶりはいかにも守りの要という感じで人間的にも信頼が置ける雰囲気をかもし出している。定評ある鹿島の新人スカウトの成功の要員はSM氏の個人キャラに負うところも大きいはず。

●12月22日
お取り寄せサイトを運営するFO社の忘年打ち上げということで若松河田の中華料理『梅香園』で会食。夜はそれぞれ忙しいということで遅めのランチで個室を貸しきってもらい会を催してもらったが、出席したメンバーの中であまり飲める人がいないという珍しい会でもっぱら用意されたアルコールはこちらが担当。昼に飲む酒は後になって効く定石どおり夕方からしばらく仕事机につっぷして熟睡。起きても頭がボーっとしたままほとんど仕事にならずに帰宅。

●12月28日
忙しい入稿作業が一段落してスポーツフォトグラファーKG氏と元スポーツ誌編集長だったKJ氏と飲み会。KG氏が落ち合う前に勝どきにいるということだったので、足場がいい門前仲町で合流することに。お目当ての有名下町居酒屋の『だるま』が超満員だったので、飛び込みで『雷電』という居酒屋に。ここもこの日が仕事納めらしい会社の宴席でにぎやかだったが、いわゆる下町の風情たっぷりの居酒屋でゆっくりとくつろぐ。二件目は初老の女性が一人でひっそりとやっている『クワイエットウーマン』でお店こだわりのアイラウイスキーを賞味。KG氏はアイラ島に取材旅行をしたことがあるのでお連れしたのだが、アイラ島話であっというまに終電の時間に。

●12月29日
会社の隣のスタンディングバー『明治屋2nd』の忘年パーティー。狭い店内に常連さんたちが30名弱つめかけ大盛況。事前に皆さんの子供時代の写真を提出させられていてそのプロジェクター上映などの余興もあり楽しいひと時をすごす。

●12月30日
ひばりヶ丘在住の元KL誌編集長のKN氏と、KN氏の友人で広告代理店勤務のKS氏と3人で、ひばりヶ丘の焼き肉屋『焼肉千里』で忘年焼肉パーティー。ここの福島産の『虎マッコリ』は絶品。あっという間に2本空けてしまう。すっかり腹を満たした後はカラオケBOX『PLAZA』で発散することに。酔っ払い親父三人組でさんざん懐メロを放歌高吟、さらにBar『Blowny Stone』に流れておだをあげる。

●12月31日
所沢に墓参した後、つい何時間前まで騒いでいたひばりヶ丘で下車し、昔からこの地でやっている蕎麦屋『柳屋』で年越し蕎麦。民家風の渋い店構えにそぐわない可愛らしい女子高校生のバイトがてんてこまいでフロアをこなしている。たまに注文を間違えたりするのだが、ほろ酔いの地元のおじさんたちもニコニコ顔。店構えの風格の割りに蕎麦もごく普通の出来だったが値段を考えるとこんなものか。気がつけば大晦日。あっという間の2010年だった。さて、来年は少しは景気が上向いて欲しいと思うが、それ以前に健康で美味い酒が飲めることが肝要。来年も一年元気で日記を綴れれば良しとするか。

2010年12月8日水曜日

国際ジャーナリストの“証言”


現在手伝っている競馬専門誌の仕事で国際ジャーナリストの手嶋龍一さんのインタビューに立ち会ってきた。
手嶋氏はNHKワシントン総局長として9.11テロを現地から長時間にわたって伝えてきたことで一気に有名になったのだが、NHK退局後はご自身の経験も生かし『ウルトラダラー』『インテリジェンス―武器なき戦争』と多くの話題作を書き、近著『スギハラダラー』も好評である。
その気鋭のジャーナリストがなぜ競馬?というと、実は知る人ぞ知る競馬ファンというかフリークなのである。

出身も北海道岩見沢で子供のころから生産者とのつながりが深く社台ファームの吉田一家とは家族ぐるみの付き合いだという。
この極東情勢が緊迫したなかで競馬の話でもないのではと思っていたが、快く応じていただけたのも逆にこちらが競馬の雑誌であったからこそのようだ。

実際のっけから“競馬ファンと言われるのが嫌というわけではないけど、ファンというよりはもっと内側の人間、英語で言うとWittness=証言者とでもいうような立場ですから”とたしなめられてしまったほどである。
インタビューも現在の競馬会の抱える問題を中心に社台ファームとのかかわり、駐在員時代の競馬遍歴と競馬の奥深さまで実に幅広くまた熱が入ったお話しで、取材時間の1時間圧倒されっぱなしだった。

一見ソフトな容貌だが、なかなかどうしてさすがに修羅場をくぐってきた気鋭のジャーナリストだけに、その一つ一つの言葉に迫力と説得力があり、また現在は大学で教べんもとられていることもあるからか取材側が教えられる学生のごときで、すっかり勉強になりました。

しかし国際ジャーナリストへの取材で、まったく国際情勢が話題に出ないというインタビューも珍しいというかなんというか…。

2010年11月21日日曜日

週間呑みアルキスト11.1~11.21


●11月1日
かつての職場の後輩で現在はK社のデジタルコンテンツ部門を担当しているHR氏が、仕事先でたまたま小生の話になったとかで突然連絡があった。当時やはり同じ職場に居た大先輩のMK氏と一緒に会食することになり何年かぶりで大手町の居酒屋『素材屋』に集合し旧交を暖めることに。この人たちとは一時期シンガポールのビジネス含めて色々な新規事業に取り組み、出版の世界だけでなく様々な分野の人たちとアライアンスを組んだりしていた。新規事業の開発ということで失敗する案件も多く(というかほとんど開発できなかった)、日々面白くもあったが報われぬ苦労も多かった。HR氏もそんな日々を思い出したのか、現在の鬱積をぶつけたかったのか、まあ声をかけてくれたのはうれしい事である。現在はそれぞれ会社も変わってしまったがやはり話は古巣K社の話題となる。電子出版の流れの中でさらに新しい活路を拓かねばならない出版社のありように、わが身も含めて考えさせられる。

●11月2日
いつものようにKJ氏が来社。KJ氏は週に1回都心の病院で薬を処方してもらうために、そのついでで顔を出すことにしているそうだ。それがもうすっかり週の行事のようになってしまったようだ。偏食家のKJ氏からはいつも彼の得意範疇の蕎麦屋に誘われるのだが、こちらとしてもたまには趣向も変えたいので今回は沖縄風(?)創作フレンチの『東京アチコーコー』に強引に連れ込んだ。女性スタッフだけのこじんまりした店で居心地が良いし料理も美味しい。女店主もわざわざ笑顔で挨拶してくれ恐縮してしまう。軽くワインを1本あけた後いつものコースである『明治屋2nd』にハシゴ。KJ氏はここのマスターとボクシング談義をするのも神保町まで出向いてくる楽しみのひとつなのだろう。

●11月4日
サッカー少年の親のためのFK誌の企画打ち合わせで新宿富久町の和風ダイニング『然』へ。この日はYD編集長と女性サッカーライターのMKさんが同席。MKさんは日本代表やユースチームの記事を色々なメディアで発表し著書も何冊か出す活躍ぶりだが、デビューしたての頃はYD氏とともに現場取材でしごいたものである。当時は大学出たてだったが、もうすっかりアラフォーの姉御風に成長(?)している。サッカー業界の知人の話等ですっかり盛り上がってしまい終電にてあわてて帰宅。

●11月5日
急にめっきり寒くなり、いよいよ冬らしくなってきた。新宿三丁目で途中下車し『博多天神』のラーメンで腹ごなしし暖まった後、『T's Bar』で一杯引っ掛ける。この日もカウンターで隣り合わせた常連のEB社ST氏が1日に久々会ったHR氏に小生の話を振ったらしいのでその結果報告など。

●11月6日
『明治屋2nd』で知り合った神保町に働くオーバー40のオジさんたちとの会合で、大久保の『莫莫』に集合し早めの忘年会。この店は大阪を本店とする純関西風の串かつ屋で何十種類もの串揚げをコースで次々と出してくれる。つけダレのソースは一度づけが鉄則、みんなで四角いソース入れを囲むのもなんとなく楽しい。一串が小さいので楽勝と思っていたが酒も入り場も盛り上がるとなかなかヘビーになってくるものの何とか完食。普通だったら胃にもたれるところだが腹は一杯になったが油がいいのか不思議と平気。以前までは2次会で放歌高吟だったが景気も冷え込んでいることもあってこの日は静かに解散。店のテレビでちらちら見ていた日本シリーズが帰宅しても延長戦が続いていたのにびっくり。今年は中日×ロッテと地味なカードだがまれにみる熱戦で勝負の行方ふくめ面白いシリーズになってきた。

●11月9日
KJ氏の来社日。この日はKJ氏の好みに合わせて日本蕎麦で一杯やることにして、すずらん通り裏の高層ビルの1階にある『柳屋』へ。ここのカツ煮はなかなかに美味いが、KJ氏は色々なものを注文し自分はちょっと箸をつけるだけですべて残すのにまったく悪びれない。よって出されたものは残さず食べろと躾けられた当方がすべてたいらげさせられる羽目になる。春先にメタボ健診の食事指導のかいあって幾分か体重腹囲とも減らしたのだが、最近は再び以前の水準に逆行気味だ。特にカツ煮などは栄養士の先生が目を三角にして禁じる食品の最たるもの。今月末の健診がちょっと恐怖であるが、残すことの罪悪感には勝てる由もない。

●11月10日
K社の後輩のSB氏がひょっこり顔を出す。この週は何年かぶりに顔を合わす人が不思議と多い。SB氏も長く編集の現場に居たがこのたびの異動で書店営業に移ることになったそうである。その挨拶かたがた訪ねてくれたということで、せっかくなのでかつての職場仲間でもあったデザイナーのTK氏を呼び出し事務所の隣にある焼き鳥屋『ぼんちゃん』でこれまた急遽同窓会と相成った。

●11月11日
不思議な再会週はこの日も続き、大学時代の友人で現在は長野の別荘に引っ込んでいるED氏が突然来訪し、事務所の近所の和風ダイニングの『福の木』で会食。ED氏は先刻中国大連でビジネス話が持ち上がり、その可能性の話し含めて色々と話を聞かされまた協力を依頼される。尖閣問題で揺れる日中関係だが大連、旅順あたりの東北部では反日ムードは皆無で政冷経熱を地で行っているという。ED氏のビジネスも中国の富裕層に向けたものだ。かの国の勢いはどこまで拡大するのだろうか。
この日はさらにまだ20代の頃ともに仕事したことのある編集者のKJ氏と25年ぶりに会うにいたって偶然の再会の連続にちょっと怖くなる。

●11月12日
お世話になっているデザイン会社MM社が毎月定期的にやっているガレージを利用したバーベキュー大会に、今年最後の開催ということでT出版のO社長と連れ立ってお招きに預かる。曙橋の都心の一角でもうもうと煙を出してバーベキューというのも豪快というかなんというか。遠くでサイレンが聞こえると火事と間違えたんじゃないかとちと心配になる。台湾の駐在時代の中秋節で慣例となっているバーベキューで街中が煙に包まれる光景を思い出した。まあ都心でこういうイベントが出来る環境がちょっぴりうらやましくもある。

●11月13日
野球好きのT出版O社長とデザイナーTK氏とともに日本シリーズ第7戦までもつれて王者となった千葉ロッテがアジアの盟主の座をかけて、韓国シリーズの覇者SKワイバーンズと戦う日韓クラブチャンピオンズシップを観に東京ドームへ。昨年の長崎での開催以外、この大会は第一回目から皆勤賞である。昨年からスポンサーが降りたこともあって台湾、中国の参加が見送られるようになったのは寂しい限りである。ガラガラのスタンドで遠来のサポーターたちの一風変わった応援風景を見ながらビールを飲むのがオツだったのだが。
試合後所要のあるお二方と別れ、国立競技場でナイターで行われるサッカーのアジアクラブ選手権決勝に観戦のハシゴを決め込む。こちらは日本勢がすべて敗退し韓国の城南一和とイランのゾブ・アハンというシブ~イ対戦である。どうせガラガラだと思っていたら韓国側の動員で約3万の入りにビックリ。この時期のナイターは寒さでビールがちょっとつらい。

●11月16日
TN社NK氏と打ち合わせ後、引き続きパワーランチ。どうせ相手もちなので老舗の鰻屋『竹葉亭木挽町本店』を所望。昭和初期からの日本家屋の座敷で会席コースと思ったが相手の懐具合もあってテーブル席の鰻丼で妥協する。若干やわらか目に焼きあがった鰻とごはんの合わせ具合はちょっと上品すぎるきらいはあるがなかなかに美味しい。同じ老舗の『大和田』もすぐ近くに在るのでまたアウェイで打ち合わせの折には食べ比べを所望するとしたい。

●11月18日
T出版のO社長の事務所を訪問し、折からの広州アジア大会の野球準決勝日本対台湾戦のテレビ観戦を決め込む。いつもはビールを手土産にわが社を訪ねてくれるお返しに、今日解禁となったボジョレーヌーヴォーを1本買っていく。コンビニで買ったチキンナゲットをつまみにワインをちびちび飲みながら、アジア野球通のO社長の解説で試合を楽しむが、全員プロの台湾に社会人+学生代表の日本は善戦するも延長で惜敗。阪神のドラフト1位の榎田投手が見たかったがこの日は出番が無かった。来年はアジアシリーズが台湾で開催されるというらしいので是非とも現地観戦と行きたいところだ。

2010年11月14日日曜日

スポーツの秋満喫


毎年のことだが、11月中盤の週末はスポーツ観戦に出ることが多い。
今週末も大きなイベントが目白押しで、どの競技を観に行こうかと思案した。

13日は一昨年都立三鷹を選手権初出場に導き“三鷹旋風”を巻き起こした山下監督が新たに率いる都立駒場が、決勝に進出している高校サッカーの都予選の決勝、ドラフト組みの大学生が勢ぞろいする神宮大学野球選手権も捨てがたかったのだが、ここ何年か(昨年は長崎開催でさすがに行けなかったが)野球のアジアシリーズは欠かさず皆勤しているのでまずは恒例ということで千葉ロッテ対SKワイバーンズの日韓王者対決を勇躍観にいくことに。

自分の興味と巷の人気は必ずしも比例しないことも多いが、このアジアシリーズは最たるものでここ2年間は観客動員や経費の観点から採算が取れないことから冠スポンサーがつかず日韓チャンピオンチームだけの1戦勝負になってしまった。レギュラーシーズンの激闘の上、チャンピオンステージ、日本シリーズと続けば選手たちもいい加減休ませて欲しいというのが本音だろうが、野球という競技の国際的な位置づけをあげるためには国内リーグだけにとどまらず国際的カップ戦が重要なのは他の競技を見ても明らかである。こういう国際大会が花試合的に軽く扱われてしまうこと自体野球がドメスティックなローカル競技の域をなかなか出れない要因になっているだろうに。
今年もなかば客足はたいしたことがないと思って高をくくっていたが、先週地味なカードながら日本シリーズが7戦までもつれ込む激戦となった余韻が残っているためか、13日の東京ドームはシリーズを制した千葉ロッテのファンが続々とつめかけ一塁側内や指定席や外野席は売り切れで3万人を超す大盛況、いつにない盛り上がりにいささか驚いた。
ロッテもキャプテンの西岡、守護神小林宏がメジャー行きを希望しこれが日本での最後の姿になるのでロッテファンにとって観れば見逃せない一戦ではあるが、肝心のSK側はエースの金廣鉉を怪我で欠き、アジア大会の代表にも主力を持っていかれているので、いくら第2エースの門倉(中日→巨人)が凱旋先発を努めようともちょっと迫力不測は否めない。試合は清田のタイムリー、今江のホームランで案の定ロッテが危なげなく3-0で完封勝ちしてしまい、特にロッテファンでもないだけにいまひとつ面白みにかける観戦となってしまった。
ただし来年は台湾職棒球連盟主催で台湾での3カ国対戦が予定されているらしいので、そうなりゃ台湾での観戦ということになるのでこれはちょっと楽しみである。

試合終了後、同行の仲間たちが所要のため現地解散となってしまったので、時間がちょうど塩梅が良いのでその足で国立競技場で行われるサッカーのAFCアジアチャンピオンズリーグ決勝にハシゴすることにした。こちらの対戦はクラブワールドカップ出場権もかかっているのだが、今年は日本勢がすべて敗退していて韓国の城南一和天馬とイランのゾブアハンの対戦という日本人にはあまり意味のない対戦となってしまっていた。
こんなカードではよほど物好きか、団体で招待されている子供たちとかしか入らんだろうと思ってガラガラのスタジアムを想定していたが、あにはからんや城南サポーター中心にこちらも3万近い入り。城南は統一教会系企業がスポンサーなので動員にかけてはお手の物なのだろうが、数は少ないが在日イラン人・イスハファンから遠来のサポーターでイラン勢もにぎやかに気勢を上げていて意外な盛り上がりを見せている。
試合はスピードのある城南とテクニックのゾブアハンの真剣勝負で面白かったが、ポゼッション的に上回るも精度を欠いたゾブアハンの拙攻にも助けられカウンターから3得点した城南が3-1でアジアチャンピオンの座を獲得した。日本で観る外国のチーム同士の戦いもなかなか楽しめるものであるが、来年再来年はクラブワールドカップの開催地もUAEから日本に戻るので、是非日本のクラブがアジア代表となって欧州南米のナンバーワンチームに挑戦してもらいたいものである。


明けて14日の日曜日は、高校ラグビーの都予選の決勝。母校が2部落ちしてしまったので秩父宮通いもここのところめっきり回数が減ったが、昨年に引き続き高校生たちの熱き戦いぶりを応援しに午前中から駆けつけた。今年の第一代表の決勝は本郷と目黒学院の対戦。ここ何年か低迷していた目黒が久々に決勝にコマを進めてきた。伝統のエンジのユニフォームを見るのも本当に久しぶりだ。外国人留学生も交えて伝統の大型FWも健在だったが、試合運びに一日の長がある本郷にのっけから立て続けにトライを重ねられてしまう。後半は持ち直し五分以上の戦いぶりを発揮したが終わってみれば37-5で本郷が快勝した。
第二代表は国学院久我山対東京。こちらはいずれも昨年の予選優勝チーム同士。実力校のガチ対決に場内も盛り上がる。しかしながら常に先手を取った久我山が追いすがる東京に苦しみながらなんとか31-14で振り切った。しかし優勝した本郷も久我山も以前ほど絶対的な強さを感じない。確かに上手いしセンスも感じさせるがいまひとつ荒々しさに欠ける気がする。果たして正月の花園で東福岡や京都成章といった強豪にどこまで伍して戦えるのか気になるところではある。

秩父宮の隣の神宮球場では斉藤祐樹の早稲田が愛知学院と対戦していた、惹かれるものはあったがこの2日間のスポーツ漬けでさすがに生観戦はパス。帰ったら帰ったで女子バレー世界大会、ボクシングのマニー・パッキャオのタイトル戦と今度はテレビで気になる中継が待っている。Jリーグの結果も気になるし、あ、アジア大会もだし、そういやF1もあるんだよな。いや~忙しい!

2010年11月4日木曜日

東京国際映画祭後半戦

東京国際映画祭、今年のさくらグランプリ作品はニル・ベルグマン監督のイスラエル映画『僕の心の奥の文法』に決まった。映画ジャーナリストの人たちの下馬評ではルーマニア=セルビア=オーストリア制作の『一粒の麦』を本命視する向きも多かったようだ。自分が観たコンペティション作品の評価も気になっていたが、いずれにしろイスラエルやコソボといったある意味社会的に注目が集まる地域からの出品作に評価の目が向けられるのは仕方がないのかもしれない。『ブライトン・ロック』のようなサスペンス、しかもリメイクものはやはり選考的には不利なんだろうなと思ったりもする。もちろん自分が受賞作品自体を観ていないので論ずるにあたわないし、多くの映画人の共感をかち得ているということでそのレベルの高さを疑うものではないのだが。

確かに国際映画祭としては、カンヌやベネチア、ベルリン等に比べれば歴史的にも権威的にもメジャー感に欠けるが、今年のラインアップを観ているとなかなかユニークかつ意欲的な作品が多かったように思う。一般的には特別招待作品の目玉がいまいちで派手さに欠けたという不満もあるのだろうが、こういう世界の新しい映画の潮流に対して真摯に向かう姿勢が23年を経過して徐々に世界に浸透していけば、映画祭自体の存在意義もおのずと価値あるものへ向かってくるはずだ。

さて、今回鑑賞した作品の後半4本だが、再び「アジアの風」から3本、「日本映画・ある視点」から1本である。


まずはここ何年か「アジアの風」で大人気の香港の彭浩翔(パン・ホーチョン)監督の『恋の紫煙』。毎回趣向が変わった内容で楽しみな監督なのだが今回はライトコメディときた。
世界的な潮流の例にもれなく香港でも禁煙法で愛煙家が肩身の狭い思いをするのは同様だ。限られた喫煙場所に集まり一服することで新しい人間関係ができていくのは日本の職場でもよく聞くことだが、この映画でも色々な職場の愛煙家が一服つけに来る喫煙場所が主要な舞台である。同好の士が集まれば新しい人間関係ができ、男女がいればロマンスも生まれることだってある。そんなひと組の男女の出会いから紆余曲折をへて新しい恋が成就するまでを描いているのだが、テンポのよい(といってもたいしたドラマ性があるわけではないが)展開と、なんといっても他愛なくもおかしい会話の妙で観客を飽きさせない。“タバコは動くアクセサリー“というコピーがあったが、タバコというアクセサリーを基にしてこんな洒落た映画を1本作ってしまうあたりは、彭浩翔監督のセンスと手腕を感じざるを得ない。
香港に旅行するたびに現地の会社で働いている知人のところに立ち寄るのだが、あの会社の従業員もこんな会話しながら働いているんだろうかと思いを巡らしたり、主演の余文樂(ショーン・ユー)そっくりの台湾人と同じ職場で働いていたのでどうも映画の登場人物とダブって困ったりしたが、とても楽しく作品に没頭できた。


続いてはシンガポールの25歳の若手・廖捷凱(リャオ・ジェカイ)監督の作品『赤とんぼ』。海外で成功しシンガポールで個展を開くことになった女性画家が自分の高校時代の思い出を振り返りつつ自分を見つめ直すという設定で、2人の男の子とともに郊外の廃線をたどってオリエンテーリングしたときの昔の記憶が現在と交差しつつ物語は進行していく。今回の映画祭では最年少の監督ということだが、やはりインデペンデントというかアマチュア感がぬぐいきれない気がする。まあ、映画の実験的なトライアルで「やりたいことはわかるんだけど」というような大学映研の作品でよく見られるような独りよがりな空気感みたいなものがスクリーンから漂ってしまうんだよな。もっとも監督自体もシカゴの大学で映画を学んでいた留学生ということなのだが。
シンガポールの映画環境は確かに作家を輩出するようなメカニズムにはないことは、2003~2004年で現地で映像の仕事に就いたことがあるので身にしみて判っている。政府も金儲けだけではなく文化的な側面からも人材育成に力を入れ出しファンドを作ったりしてみてはいたがなにせ土壌が無い。自国作品を発表しそれをどこでどれだけの集客が得られるかと考えれば産業として根付くにはまだまだ時間がかかるのだろう。そんな中でもエリック・クーやロイストン・タンといった才能も台頭し、ここ何年かは商業作品としても評価されだしてはいる。このリャオ・ジェカイ監督がその一角に加われるのかどうかは、自分のやりたい映像表現の域で自分の自己資金だけで作品を「つくってみました」という世界から、もう一歩踏み出す必要があるのだろう。
映画の環境的な部分で、作品を生み出していくことの苦労を考えれば彼のような挑戦は、その心意気や良しではある。今後の作品に期待、ということか。


「日本映画・ある視点」に出品された作品から今回選んだ1本が、すずきじゅんいち監督のドキュメンタリー『442日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』。第2次大戦で合衆国に忠誠を誓い戦場に送られた日系兵士たちの足跡とその知られざる戦功と悲劇を、当時のフィルムと80半ばを超えた現在の老兵のインタビューからたどって行くもの。442部隊の兵士たちには今から20年ほど前に雑誌の企画で取材したことがあって、その時の強烈な印象は今でも忘れ難い。米国民としての自負と父祖の世代の出自=アイデンティティ、家族を収容所に残し、根強いレーシズムとそれを払拭するために血であがなった戦い。そんな宿命を背負って戦中、戦後を生きてきた人たちの苦難の歴史は、当時まだ若かった自分には大きな衝撃だったことを昨日のように覚えている。今回の作品に登場する老人たちを観るにつけ、あの時取材した人たちの消息を思い起こさせられる。取材時よりさらに高齢の域に達したあのときの人たちはまだ元気にしておられるのだろうか。
当時の取材のきっかけはNHKの大河ドラマ「山河燃ゆ」(原作・山崎豊子「二つの祖国」)であったが、せっかく日系米国人の歴史にスポットを当てながら、まったくしょっぱい日本人視点の娯楽作にとどまってひどく残念な思いがしたものだ(実際アメリカの日系社会からは抗議が殺到した)。そういう意味で映画的にどうこうでなく、彼らの真実の姿をドキュメンタリーで正面から向かい合った試みにまずは敬意を表したいと思う。
多くの犠牲を払ったボージュの森でのテキサス大隊救出やブリエア、ダハウの解放という歴史的事実も日本の若い世代にぜひ知ってもらいたいと思う。
すずき監督の次回作はMIS(陸軍情報部)の語学兵として太平洋戦線に赴いた二世兵士たちがテーマだという。これで一昨年の『東洋宮武が覗いた世界』と併せて日系米国人三部作となるそうだが、語学兵に関しても個人的に442同様にインタビューしたことがあり、彼らが日本兵の遺体から収集した手紙類の実物に接し涙したこともある。日系人を通して日本人を見つめ直す意味でも大きな意義があると思う。こちらも是非期待したい。


映画祭最後の作品となったのは黒澤明生誕100年記念の「KUROSAWA魂inアジア中東」という、黒澤に影響を受けたと思われるアジア作品のアーカイブからの公開で、台湾の巨匠・王童監督の84年の作品『逃亡』(原題名「策馬入林」)。時は中国の戦国時代、野武士が跋扈し村人たちから糧食を簒奪するという背景は確かに『七人の侍』に似ているが、黒澤と違うのは野武士サイドから物語が描かれていること。襲われる村が官兵を雇い、反撃された主人公たちは散々な目にあう。主人公は村から人質に取った娘を手籠めにするがいつしか心通わせる仲になったかと思えば手痛い裏切りにあう。野武士であるのもなかなかつらいのである。映画のラストでただただ無表情に主人公の野武士を追う殺し屋のような男の存在が、時代そのものの圧力のようで不気味だ。王童監督と言えば『稲草人』『無言的丘』『香蕉天堂』『紅柿』といった台湾近現代史を描いたものしか観たことがなかったが、今回の『逃亡』は見応えある一大武侠劇で凄く楽しめた。映画祭でのこういう特集上映はありがたい。

というわけでしょっぱなに不快な政治的アクシデントがあったり、期間中通じて悪天候に見舞われた第23回の東京国際映画祭ではあったが、仕事の合間を縫ってスケジュール調整に苦心したかいあって例年以上に手ごたえのある映画に出会え、楽しい時間を過ごせた1週間であった。

2010年11月2日火曜日

週間呑みアルキスト10.11~10.31


●10月12日
ザックジャパンの第2戦となる日韓戦を会社でビールを飲みながらのテレビ観戦。なかなか見ごたえのある戦いぶりで日本代表の今後が楽しみになってくる。試合終了後『明治屋2nd』に場を移して延長戦。

●10月13日
元KS社KJ氏来社。神保町、白山通り裏の『満留賀』で蕎麦で一杯。『満留賀』の屋号は神保町でも3件ほどあるがこの店が一番小じんまりしている。店の人に屋号の由来を訊くもののあまりよくわかっていなかった。各店同士がそれほど横の連絡があるわけではないらしい。まあ、蕎麦自体はそれほどの特長もないがまずいわけでもない。肴は充実している。麦焼酎のボトルを軽く開けて『明治屋2nd』にハシゴ。

●10月14日
FO社SM氏がやっている産直お取り寄せサイトのアドバイスにと、旧知の通販評論家MR嬢を招いてのパワーランチ。MRさんはK社時代にハリウッドメジャーとの提携プロジェクトで知り合ったのだが、当時在籍していた大手家電メーカーを退社されてその後ネットビジネスで活躍されている。趣味と実益を兼ねての通販評論ブログが話題を呼んで今やその道ではちょっとしたその道の達人として知られている。場所は神楽坂の『桃仙郷』という和食屋、昔の料亭を改造したお店だが、その門構えにもかかわらず意外とリーズナブルな値段のランチが食べられる。この日のランチはそば会席、いくらを乗せたご飯がなかなかうまかった。MRさんの話はさすがに通販評論家と言うだけのことはあってなかなか参考になったが、昔のプロジェクトの思い出話がはずんでしまってSMさんの知りたいことから逸脱してしまったかもしれない。まあ、いつでもセッティングしますのでご容赦のほど。

●10月19日
元KS社のKJ氏先週に引き続き登場。九段下の蕎麦の名店『一茶庵』で軽く呑むことに。KJ氏は昨年右肩を骨折してその時のリハビリを兼ねて都心に出てきて食事したのがこのお店。そして今年再び右腕を骨折したので(本当にお払いしてもらった方がいいかもしれない)そのリハビリでゲンをかついだわけではないがはからずも同じ店に行くことになった。『一茶庵』はかつてはもう少し水道橋駅寄りにあって渋い一軒家の日本家屋だったがバブル期の再開発で現在地に移転した。現在もそこそこ美味い蕎麦屋と言ってもいいかもしれないが、昔の五色蕎麦のほうが風情もあったし蕎麦自体も今よりはレベルが高かった気がするが、単なる郷愁感がそう感じさせるのだろうか。

●10月22日
TN社KI嬢、IG社NG氏と取材打ち合わせで九段下ホテルグランドパレスの『カトレア』でランチブッフェ。ブッフェとはいえシェフがステーキを切り分けてくれるコーナーがあったり、もともと料理には定評のあるホテルだけに2400円の料金はお値ごろ。周辺の会社の人たちにも人気があるのだろう予約を入れてくる人がひきも切らず、ちょっと待たされるほどの盛況ぶりだった。とはいえランチに2400円もかけるのも滅多にない(経費で落としてもらったのだが)ので意地汚いほど料理を詰め込む。

●10月23日~30日
この日からまる1週間、東京国際映画祭。今年は結構な本数を観に行く予定を組んだのでほぼ毎日六本木に通うことに。しかも夜の上映が多いのでティ―チ・インなどを聴いているとへたすりゃ終電近くになってしまうので、なかなか飲みに行ったりができない。26日は21.00からの上映だったので『明治屋2nd』で時間をつぶしてから出かけたが、アルコールで眠気に襲われ苦労した。まあ映画祭は、気力、体調整えて観るに越したことはなし。

●10月31日
この日で映画祭も終了。最後の映画を観終わってから神保町の古本まつりを覗く。ところが人が多すぎてゆっくり本を選んでいられる状態ではない。一本裏のすずらん通りで各出版社の新刊バーゲンイベントが同時開催されていてこちらもとても混雑しているが、出版社のテントと並んで飲食店も青空販売で焼きそばやバーベキューの出店でさかんにいい匂いをさせている。たまらず串焼きにビールでちょっとしたお祭り気分にひたってしまった。さて、気がつけばはや11月、季節もいよいよ寒さを増してくる。この不景気で懐具合もお寒いがせめて身体と心は温まって帰りたいものという訳で、今年もラストスパートかけて呑みアルキとするか。

2010年10月28日木曜日

神の存在と不在、対照的な問題作を観る

東京国際映画祭4本目と5本目の作品は、「アジアの風」から離れて欧州のコンペティション作品2本。


まずは英国のノワール作品『ブライトン・ロック』(ローワン・ジョフィ監督)。グレアム・グリーンの原作の2度目の映画化で、前作は主人公のヤクザ者ピンキーをリチャード・アッテンボローが演じた。小説が発表されたのが1938年だったが、今回のリメイクでは舞台設定を時計の針を25年ほど進めて1960年代に変えている。ただしストーリー自体は原作を忠実に追っていて、単なるノワール物ではなくグリーンのバックボーンとなっているカトリシズムに一歩踏み込んだ内容でなかなか重厚感のあるものに仕上がっている。
60年代のブライトンを舞台にというとザ・フーの「Quadrophenia」をベースにした『さらば青春の光』(1979)を思い出すが、まさにこの映画で描かれていたモッズ族とロッカー族の抗争が、『ブライトン・ロック』本編のストーリーとは別個に時代性を浮かび上がらせる背景として再現された。あたかも『さらば青春の光』のジミーやステフ、スティングが演じたエースの青春群像と時間進行が交差しているようで、ドラマのモブシーンのどこかに彼らが跋扈しているかのような感覚にとらわれてしまう。上映後のティーチインで当然のようにこの作品からのインスパイアに関して質問が飛んだが、監督自身はそれほど思い入れて60年代に設定を動かしたわけではなく、単に<怒れる若者>の象徴として時代を選んだと淡々と語っていたのだが、観る側のイメージ効果を相当意識したのは確かだと思う。
主演のピンキー役のサム・ライリーはディカプリオを強面にした感じでなかなかとんがった感じがよく出ていたし、事件に巻き込まれピンキーを愛してしまう野暮ったいウェイトレス、ローズ役のアンドレア・ライズボローがまた素晴らしい。おどおどしたイケてない少女が<女>へと変貌していく様を実によく表現していた。わきを固めているヘレン・ミレンの存在感も特筆すべきだろう。
ストーリー展開も前半のヤクザの縄張り争いを巡る犯罪と、後半の目撃者の口をふさぐためのサスペンスがスリリングに迫ってきて、ラストのカトリック的な奇蹟による「救済」に思わずため息をつかされてしまった。また60年代のブライトンの再現はなかなか苦労したようだが、現在は1本焼け落ちてしまっているブライトンの象徴である桟橋をCGで生き返らせた手の込んだ美術も良かった。英国映画史ベスト100に選ばれている前作に負けず劣らない力作と言ってもいいだろう。


2本目はイタリアの作品で『そして、地に平和を』(マッテオ・ポトルーニョ、ダニエレ・コルッチーニ共同監督)。タイトルはヴィヴァルディの重厚な宗教音楽からそのまま命名されたものだが映画でも全編で効果的に使用されている。
舞台となっているのはローマ郊外の不況を絵にかいたようなさびれた町で、映画の象徴となっている廃墟のような巨大な団地の建物がその寒々しさを強調する。登場人物の男たちはカフェのオヤジを除けば見事に全員職についていない。少年たちはすることもなく真昼間からぶらつき、もう少し大人たちもヤクの売人くらいしか仕事が無いのだ。これがある面、観光地ではないイタリア社会が現実的に直面する病理的な姿なのだろう。主人公はムショ帰りだが女房に見捨てられ、仕事もなくただただ、ベンチに座ってコカインの受け渡しをする生きながらも死んでいるような孤独な男である。一方で見せかけの友情でつながる3人組のチンピラ。貧しいながらバイトしながら大学に通う女子学生。彼らのドラマ性のない日常が延々と映し出されながら、徐々に最悪の運命にむかって話が集約されていく。そしてラストの逃げ場のない救い難い悲劇。後味の悪さを引きずる意味で同じ殺人犯罪を描いた『ブライトン・ロック』と対極にあるようなラストであった。作品自体の評価に関しては意見が分かれるところだが、一見陽気なイタリア人の持つ裏の顔というか、根の暗い情念というものを感じさせるに充分な重い作品であった。

他にも各国の意欲的な力作が多いコンペ部門でこの2本がどう評価されるか気になるが、対照的ながらも制作サイドの意欲や熱意がひしひしと伝わってくるという意味で、なかなか収穫多き作品と出会えた気がする。

2010年10月25日月曜日

台湾電影とともに始まった今年の東京国際映画祭


東京国際映画祭が開幕となって、今年も「アジアの風」を中心に仕事とのスケジュール調整しながらのせわしない映画鑑賞の1週間が始まった。
とはいえ、とても観たい映画がすべて見られる時間の余裕もなく、作品によってはチケットが入手困難(昔は楽勝だったのに)なものも多いので、まあテーマ的に興味のありそうな作品を選んであまり負担のないようにスケジュール立てしている。昨年は会期前半に台湾に行っており観れた本数も少なかったのでことしは少し頑張って合計で9本観る予定である。

特に今年は「台湾電影ルネッサンス2010美麗新世代」と題して、台湾の若き才能の話題作6本が特集上映されるので気合が入ったが、『熱帯魚』の陳玉勲監督が久々メガホンとって参加しているオムニバス映画『ジュリエット』と『藍色夏恋』の桂綸鎂主演の『台北カフェストーリー』はチケットが取れず、台湾映画の名匠を追ったドキュメンタリー作品の『風に吹かれて』はスケジュールが合わなくて断念した。特に『風に吹かれて』は観たかったがあらためてどこかで観る機会があればと切に思っている。

24日の映画祭2日目から六本木に通う日々が始まったが、チケットが確保できた上記の台湾映画特集から立て続けに3作品を観ることになり、いきなり台湾色の強いスタートとなった。
オープニングの23日、グリーンカーペットイベントの際に中国代表団から国名表示に関してお定まりの横やりが入り、ビビアン・スーをはじめ台湾の明星たちが晴れの舞台に立てなかった。聞けば中国政府サイドは知らなかったようで中国側の団長である江金監督のスタンドプレーだったらしいが、この国際センスに欠ける大陸映画人の強圧的かつ愚かな振る舞いからせっかくの国際映画祭のお祭りムードに水をさされたのは本当に腹立たしい。
というわけで、個人的にはのっけから台湾映画に圧倒的な贔屓感情を持って作品に接することになったわけだが、まあ今回の映画祭での大陸作品は関連イベントの東京・中国映画週間の方に集中しているので(今回はスルーした)、先入観と色眼鏡で作品を観ずに済んだのでかえって良かったのかも。


しょっぱなは今年度の台湾内での動員記録を作り、ジョン・ウーらの巨匠も絶賛したというふれ込みの『モンガに散る』(鈕承澤監督)。モンガとは漢字で“艋舺”と表記する。言葉の意味は“小舟”ということらしいが日本統治前の台北の淡水河船着き場周辺で現在の萬華周辺の場所を指す。
萬華は最近では華西街観光夜市で賑わう観光客おなじみの場所だが、かつては公娼街を擁するやばい地区だった。『モンガに散る』はその萬華を舞台に、1986年、町の地回りの黒道になった若者たちの義兄弟としての友情と裏切りという青春群像を描いたもの。阮經天、趙又廷、鳳小岳といったイケメン華流明星の出演はもとより、戒厳令解除前の時代を描くというノスタルジックな感情を刺激したのだろう、なんとなく台湾でヒットする要素が揃ったのはよくわかる。
映画的には『グッドフェローズ』、もしくは『チング』といったアウトローを描いた作品と同系色だが、特に地縁に根差した台湾独特の黒道世界がホーロー語といういわゆる台湾語(閩南語に近い)の世界観で展開する極めて“台湾的”な設定である。よって外省系、もしくは大陸から新たに進出してきたかと思われる北京語しか話さない新しい黒道の流れとの対立構造が派生していく必然があって、古き良き庶民の守護者たる侠客もんが跋扈する時代が過去のものとなって行く過程をよく表現していたと思う。
時代の背景と言えば、兵役前は国外に出られなかった哈日族以前の80年代の若者たちの風俗(黒道少年たちのヤクザスタイルはともかく)、ディスコに集まる若者たちがどんな曲で踊っていたかとか、女の子たちのファッションとかにも興味があったのだが、以前この世代の友人の台湾女性から“松田聖子が大好きで聖子ちゃんカット真似すると不良呼ばわりされた”と聞いていたので、このあたりのディテールも鳳小岳の彼女役の少女などのハマり具合に笑ってしまった。
また阮經天はじめ、出演者たちのキャラも際立っていてそれぞれの役どころについ思い入れてしまう熱演ぶりであった。
ただし、鈕承澤監督が役者出身(映画の中でも対立するヤクザ役を好演)ということもあるのだろうか、観客への笑わせたり、泣かせたりのサービス過剰の演出表現で、せっかく面白いストーリーの興をかえってそぐ結果になってしまったのがちょっと残念。


2本目は女性監督の卓立監督の『ズーム・ハンティング』。テレビドラマ「ザ・ホスピタル」に出演していた張鈞甯の映画初主演作品で、女流カメラマンと女流小説家の姉妹が対面のマンションの一室の男女の情事を偶然撮ったことからミステリー仕掛けのサスペンスドラマが始まって行くという展開。スタイリッシュかつセクシャルな作品ということなのだろうが、まあ話の仕掛け自体はさして新しい感じもしないしビックリするような展開があるわけでもない。個人的には自分がかつて住んでいたあたりの光景に非常によく似ている住宅街の様子や、テイクアウトのカフェなどの街かどの情景、台湾のマンションの無粋なたたずまいが懐かしくて話に集中するより、ロケ地の推量とかに気を取られてしまった。主演の張鈞甯はあまり好みのタイプではなかったのだが、映画終了後のティーチインで本人に接すると、そのチャーミングなたち振る舞いに一気にファンになってしまった。まあ収穫もあったということで。




3本目は薄幸の少年を主人公にした『4枚目の似顔絵』(鍾孟宏監督)。父と二人暮らしだった10歳の少年が父親の死とともに、今は再婚している実母のもとに引き取られたが、新しい父からは余計者扱いされる。そんな孤独な少年に半端ものの青年と不思議な友人関係ができていくというストーリー。子供の虐待という日本と共通した社会問題を扱いながらも、抒情的な台湾南部の田舎の風景や色々なタイプの大人たちとのエピソードを交えてペーソスあふれる映像に引き込まさせられてしまった。子供と動物を主人公にしたものはカタい、とよく言うが、この作品の主役を張った畢暁海(ピー・シャオハイ)君の発掘と起用が大きいのは確かで、目力のある彼の素の演技は今年の台北映画祭の主演男優賞に輝いたのもうなずける存在感だ。ネタばれになってしまうが、彼が描く絵がドラマの進行のチャプタ―になるととともに大きな意味を持つわけなのだが、4枚目の似顔絵は書き始めるところで映画は終了する。それが彼の将来がどうなっていくのかを観客に思い描かせるという4枚目となる仕掛けになっている。トリュフォーの『大人は判ってくれない』のストップモーションあたりにインスパイアされたのかと思っていたが上映後の監督のティーチインでは、“本当は書かせた絵が気に入らなかった”とかでちょっと肩透かしを食らってしまった。とはいえ、なかなか静かな映像表現も見事で、台湾社会の今日的な問題性もしっかりと訴えているあたりにも共感を持てる作品であった。

というわけで、今年の映画祭は頭から台湾映画に付き合わされたが、なんといってもどの作品からも作り手のモチベーションを感じさせられるのが嬉しい。いろいろ問題のある映画祭ではあるがこういう新しい才能と出会える機会があるのはなんとも得難いものがある。

2010年10月11日月曜日

映画俳優の死を悼む


8日、映画俳優・池部良死す。享年92歳。
1941年、島津保次郎監督『闘魚』でデビュー以来、戦後から現在に至るまで常に日本映画の“顔”だった。

『青い山脈』『暁の脱走』『現代人』『足にさわった女』『早春』『乾いた花』『昭和残侠伝』…。
記憶に刻まれた数々の映画を宝石のように心の中にしまっておきたいと思う。

こころからご冥福をお祈りいたします。

週間呑みアルキスト9.20~10.10


●9月22日
しばらくおとなしかった元KS社のKJ氏が来社。昨年転倒して右肩の骨を折ったKJ氏は今度は酔っ払って転んだ挙句同じ右のひじを骨折し2年連続で負傷ということで、少しはシュンとなっているかと思っていたが全然反省の色なし。日本蕎麦で一杯というリクエストだったので久しぶりに会社のそばの『そば切り源四郎』へ。この店は山形のそば街道に本店を置き、石臼で挽いて天然水で打った玄そばの“板そば”がウリ。かなり太い麺なのでつまみで呑んで板そばで〆るともう満腹。昼は喫茶店夜はダイニングバーに変わる『Rogumi』で延長戦。

●9月25日
所沢に墓参り、ちょうど終わった頃タイミングよく同じ沿線のひばりが丘在住の編集者KN氏より地元呑みのお誘い。前回二人とも気に入った日本酒の品揃えが豊富かつ料理が素晴らしい『吉兵衛』で待ち合わせ。めっきり秋らしい気候で酒も進み、ほろ酔いではや2軒目の店を物色に。ひばりが丘北口商店街を歩いていると縄のれんが立派な居酒屋『島津』を発見しカウンターに陣取る。店のテレビで折から亀田×坂田のフライ級タイトルマッチの中継で常連のおじさんたちとああだこうだと素人評を戦わせながらの酒がまた美味し。カウンターの中は熟女の姉妹、つまみの内容と店の名前から鹿児島出身かと問えば“そうよ、篤姫ね”とのたまう。酔眼通しても宮崎あおいにはちと無理があるが、この際篤姫と思い込んで郊外のアットホームな雰囲気に浸る。
終電まではまだ間があるということでいつも最後に立ち寄るバー『Blowny Stone』にたどりつくともう眠気に襲われ舟をこぎつつ秋の夜長は更けていく。

●9月26日
そぼ降る秋雨の中、われらがJ2北九州ギラヴァンツの東上の応援にて味の素スタジアムにはせ参じる。あらかじめつまみの「笹かまぼこ」やつまみを取り出しながらビール片手のナイター観戦としゃれ込んだが、さすがに東京都下の雨の夜は肌寒く、試合内容もさらにお寒い状況とあって熱燗が欲しくなる展開。帰り際、調布のやきとん屋に寄ろうかと思ったが雨も強くなったので早々に帰宅。

●9月27日
前週まる1週間、お店の常連さんIS嬢の結婚式でハワイに行っていたため店を閉めていた『明治屋2nd』が再開。休みの間を利用してちょっとした店内改装で若干雰囲気が変わったようだ。なんといっても新しくアイスビールとヒューガルデンの生サーバーがラインアップに加わったのがうれしい。選択肢が増えることで出費が増えるのはちと痛いが。

●9月29日
右ひじを骨折中のKJ氏が薬の処方を受けに出たついでに神保町に立ち寄る。寧波料理で個人的には神保町では一番美味い中華料理屋だと思う『源來軒』で食事。ここの料理もあっさり味でいいのだがなんといっても甕だし紹興酒が絶品。口うるさいけど愛想のいい店の老板もなくてはならない隠し味のひとつ。尖閣列島をめぐる日中の緊張関係で話題もついつい中国の悪口へとなりがちだが、ここでは休戦にしてやろう。

●10月7日
女性漫画家のKH嬢が来社、水道橋の『台南坦仔麺』で台湾菜の食事。最近オーナーがシンガポール料理の『海南鶏飯』も展開しているのでメニューにちょっと東南アジアものが増えていて無国籍化しつつあるが、ここは純粋に台湾オリジナルの料理を点菜し、花枝丸や菜甫蛋、大根もちなど台湾らしい料理に台湾ビールと紹興酒とこだわってみた。そうとう満腹になったが最期の坦仔麺での〆は別腹。台湾の本場の屋台にはかなわないものの昨年10月以来まる1年ご無沙汰の台湾にめちゃくちゃ行きたくなる。

●10月8日
うっかりチケットの発売日を失念していたため、ザッケローニ新監督の初陣となるアルゼンチン戦はテレビ観戦に甘んじる。仕事の締め切りもあって会社のテレビで観ることにしたのであらかじめコンビニでビールを仕入れておく。試合はなんと歴史的な日本代表の勝利!居てもたっても居られなくなって帰り際『明治屋2nd』で祝杯を挙げようと思ったが、三連休前の金曜日で立ち飲み屋が文字通り立錐の余地もなし。終電も迫っていたので24時間開店の西友でワインを仕入れて帰宅、再度ビデオをみながら感動を新たにする。長友、内田、香川とW杯後に欧州にわたった若手もめきめき力をつけてきたようだ、あのメッシをはじめとする世界最強のアルゼンチンに勝利した事実はなんとも素晴らしい。2014年のブラジル大会に向けてザックジャパンはますます楽しみになってくる。

●10月9日
1994年のアメリカW杯の観戦者仲間とオフ会。サッカー好きの親父たちらしく集合は国立競技場で行われているU-18ユース選手権のスタジアムというのが笑える。高校年代のトップクラスの試合はそうは言ってもなかなかレベルが高く、思わずわが北九州に何人か呼びたくなるほどだ。観戦後、国立競技場のそばの信濃町の路地裏にあるペルー料理『TIA SUSANA』で飲み会に突入。お店の装飾は南米のサッカーバーもかくやというマニアックなファン垂涎の店だが、場にそぐわない理科系老人たちの同窓会が先客で盛り上がっている。話を聞いているとどうも理科大のオールドプレイヤーたちらしい。こちらはこちらでいづれも劣らぬサッカー親父ばかり、昨夜のアルゼンチン戦で隔世の感に思いをめぐらしつつ、どうしても弱い時代の昔話に花が咲くのはいたし方がない。ペルーのビールにチリのワインですっかりいい気分に、楽しい時間が過ぎていく。

2010年10月8日金曜日

歴史的勝利でザックジャパン発進!


ザッケロ―ニ新体制の初陣はなんとアルゼンチンを1―0で下す大金星。日本サッカー史に輝かしい歴史を刻む戦いとなった。

アルゼンチンはワールドカップ後、王者スペインに4-1で勝利するなどここまで絶好調。日本に対しては過去Aマッチ6戦全勝、今回の来日メンバーもコンディションはともかくとしてほぼフル代表、戦前の予想ではどこまで善戦できるかという興味はあったが、まさか勝利するとはだれも考えていなかったはずだ。
試合は序盤から圧倒的にポゼッションを取られ、メッシのスピードにDF陣はついていけず何度か決定機を作られたが、この日の日本のディフェンスは、ワールドカップ本大会時にましてうまく機能し、落ち着いた連携でフィニッシュをことごとく阻止する。またFWも良く前線からディフェンスに戻り、ボールを奪ってからの攻守の切り替えが素晴らしかった。

なんといっても香川、本田のキープ力は攻撃の時間をうまく組み立てられるし、多分にラッキーな面もあったが岡崎のゴールに向かう積極的な意識が値千金のゴールを生んだ。長友、内田の両サイドバックも欧州で自信をつけたのか堂々と世界のトップクラスを相手に渡り合っていた。
長旅や欧州リーグの激戦の疲れもあるのだろうがいまいち動きが思いアルゼンチンに対して、日本は本当にはつらつとプレーしていたように思う。

ザッケロ―ニ新監督としては最高の滑り出し、日本の若き才能が次のブラジルワールドカップへの道のりでどこまで成長するのか本当に楽しみになってきた。次の宿敵韓国戦も、相手は欧州組総動員のベストメンバーで臨んでくる。アルゼンチンを屠った勢いで敵地で2連勝と行きたいところだ。

思えば東京オリンピック以来、日本サッカーの転換点ともいえる相手がアルゼンチンであった歴史のあやを感じながら、最高の試合を見せてくれた選手たちを心から祝福したい。

2010年10月6日水曜日

レクイエムに歴史の意義はあるのか?


一昨年の東京国際映画祭で見逃して、ずっと観たかったが観る機会がなかった馮小剛監督の『戦場のレクイエム』(2007年原題「集結蹏」)が先日WOWOWで放送されていたので録画でやっと観る機会を持てた。
何故観たかったかと言えば、テーマが国共内戦を中共軍の立場から描いたものが珍しかったのと、中国共産党の国策宣伝映画ではなく、実話に基づいた楊金遠の短編小説の映画化であるということから、1948年の淮海戦役の実相がうかがい知れるのかもしれないというちょっとした現代史の興味からであった。

映画のあらすじは、中原野戦軍(劉伯承や鄧小平が指揮した)に所属する中隊が国共内戦の三大激戦として知られる淮海戦役で、陣地を張ったある廃坑の死守を命じられ圧倒的な敵軍の攻撃で奮戦するも全滅してしまう。唯一生きのこった中隊長は国共内戦、朝鮮戦争とつづく軍の再編の混乱の中で部隊の戦死者が革命烈士ではなく失踪者扱いになったことに義憤を感じなんとか部下たちの名誉を回復するために、その後の人生をかけて彼らの戦いの記録を証明しようと孤独な戦いを続けていくという話。

映画自体はなかなか良くできた人間ドラマに描かれていて、戦闘シーンも韓国の『ブラザーフッド』の撮影スタッフが協力したとあって、確かに真に迫った映像で見ごたえがある。いわば中国版『プライベート・ライアン』といったところか。
主演の谷子地隊長を演じた無名の俳優から抜擢された張涵予も、部下を死地にやった責任感に押しつぶされそうになる指揮官の苦悩をリアルに演じていた。
ただし若い馮監督がどこまで時代考証に迫れたか、昔の記録フィルムの映像と比して中共軍側の装備とかが妙に近代化されているのはどうなんだろうか?

映画は結果的に人民解放軍は晴れて主人公の中隊の名誉回復を認め、顕彰するラストで大団円を迎えるのだが、その途中で共産党指導部の硬直化した縦の命令系統を巡る官僚的体質や、人海戦術の消耗戦で多くの名も無き兵士たちが報われること無く使い捨てにされていくむなしさ、革命烈士の遺族と失踪者の遺族に対する不公平(プーゴンピン)でいい加減な認証制度もうかがえ、単なる英雄讃美となっていない描き方は、中国映画界の若い世代の気骨のようなものも感じる。

しかし、政治的プロパガンダ色があまり感じられないとはいえ、民主派の学生たちに天安門で血の弾圧を繰り広げたり、軍備拡張した揚句、尖閣諸島や南沙諸島に領土的野心をあからさまにする現在の軍を考えれば、多少の政治的な不満はあろうが過去の輝かしき(人民のものは針一本、糸一筋盗らない)伝統を取り上げただけでも、当局としては充分満足なのだろうな。
逆に言わせてもらえば、折からの、軍の膨張主義と領土的野心をあからさまにする中国の共産党指導部や軍幹部に、この時代の清廉だった原点に立ち戻れ、と言いたいくらいだ。

今回は中国をめぐる現在の情勢下、中国の若い世代が描き再現を試みた中国現代史の一ページともいうべき作品を、いろいろな思いとともに興味深く観ることができたが、今度は国民党サイドからこの時代を描いたものが観たい気がする。従来国民党軍側から見た台湾の戦争映画といえば主に抗日がテーマのものが多かったし、あったとしてもエピソード的に取り上げられるか、勝利的に終わった金門戦役ものに限られていたが(屈辱的な敗北の歴史はタブーなのはよく理解できるのだが)、国際情勢の大転換にともない党プロパガンダ的手法が意味をなさなくなった現在、この辺でぜひ台湾映画の総力を挙げて国共内戦を描くのも大きな意義があると思うのだが。

2010年9月27日月曜日

北九州、このままじゃいけん


昨日はJ2北九州ギラヴァンツが対東京ヴェルディ戦で初めて東京に登場するとあって、味の素スタジアムで生観戦した。
アウェイのサポ席の近くに陣取ったが、チームソングである岡林信康の「友よ」の合唱でいきなりちょっと脱力w
50人も満たないサポのリーダーも「せっかくこんないいスタジアムでやらせてもらえるやけん、もっとみんな頑張って声出して」と初々しい。
J2でしかも断トツ最下位チームとの対戦、観衆は4000ほど。日曜日で気候も絶好のサッカー日和だが3万5千は入る味スタではガラガラの入りと言ってよいだろうし、ましてやアウェイサイドは指折って数えるほど、若いころよく観に行った日本リーグ時代を思い出してしまう。

今季27試合終わってまだ1勝しかできない北九州だが、ヴェルディはその1勝をもぎ取った相手。待望の2勝目に向けて期待は高まるが、ただでさえ薄い選手層で大黒柱の佐野裕哉が負傷で戦線離脱中とあっては苦戦は必至、一方のヴェルディは若手を中心にリーグ5位まで順位を上げ、入れ替え戦も眼中に入れて勢いをつけている。

試合は立ち上がりの開始3分高木善朗にFKを叩き込まれ、早々にビハインドを食らう展開。ヴェルディは元プロ野球選手の高木豊のジュニアである善朗、俊幸兄弟がいい。この二人にかきまわされ、速いパス回しで終始ボールを追わされる。中盤をコンパクトにするのはいいが、バックラインの裏を簡単に取られ、たまにみせる関、大島の突破も単発に終わりボールを奪って後の連携がほとんどできない。
ヴェルディもパスミスとかも多く決していい出来ではないのだが、セットプレーから着実に得点を重ねられ結局終わってみれば、0-4の完敗。何もやらせてもらえなかった。

何が課題かと言って、課題以前の問題だ。元々の選手のスキルがあきらかに見劣りする。川鍋、長野、河端といったバックラインでは正直Jリーグのレベルではない。ブラジル人選手がすべてベンチというのは何かこいつらに問題があるのだろうか?システムの問題かもしれないが少なくとも助っ人が助っ人にならなければ意味がない。ジョージ与那城のことはあまり悪くは言いたくないが、チームの編成からしてこりゃ無理だぜ。スタンド風景だけでなく試合自体もアマチュア時代の日本リーグの試合観ているようだった。

せっかくの出身地のチームがJリーグ昇格を果たし、本当におらがチームというべき存在が見つかり週末の結果がいつも気になっているのだが、これでは応援する気力がわかない。
ホームの本城でも観客動員は伸び悩んでいるのも仕方がないだろう。客が来なけりゃスポンサーもつかず経営が苦しくなり選手も獲れない、あたりまえの構図だ。下部とはいえはたして本当にJリーグというプロフェッショナルな世界に加わる理念なり、準備なりが球団側が認識できているのだろうか?
こりゃ前途は多難どころじゃない。

2010年9月20日月曜日

週間呑みアルキスト8.30~9.19


●8月30日
仕事帰り遅くなったついでに終電までの間に1杯と思い、会社の隣の『明治屋2nd』に立ち寄る。ちょうど店の閉店の片付け掃除のバイトをやっているイタリア人のM青年が出勤。M青年はトリノ出身だけあって熱烈なユベンチーノである。早速元ユベントスの監督でもあったザッケロー二の日本代表監督就任について意見を聞く。“彼の3バックシステムはちょっと古いね、でも育てるのはうまいから悪くはないよ”とのこと。元FC東京の広報営業マンだったNMさんも店で飲んでいたので、にわかにサッカー話で盛り上がり、あっというまに終電タイム。紆余曲折の末の代表監督選考だがザック就任でちょっと今後が楽しみになってきた。

●9月4日
9月になってもなかなか猛暑は止まらない。この日は単行本の企画でお世話になる屋上緑化の事業を展開するT社の“まちなか農園”が、チッタデッラの屋上にオープンするということで炎天下川崎まで取材に。自分で何をするわけではないが日照りの夏の農作業は見ているだけで汗が噴出す。この足で横浜国際競技場で行われるパラグアイ戦との代表戦を観にいくつもりだったがさすがにめげて家に帰ってテレビ観戦することに。ワールドカップ以来お気に入りの南ア産のシュナンブランを買い込み家呑み。ザッケロー二はまだ指揮は取れないものの海外組も含めたわが代表は気合が入ったプレーでパラグアイにリベンジを果たす。今季からドルトムントでプレーする香川も自信をつけたのかちょっと化けつつあるようだ。チェゼーナの長友とともにこちらも楽しみなシーズンとなりそうだ。

●9月7日
会社で大阪・長居で行われているグアテマラとの代表戦をコンビニでビールとつまみを買い込んでテレビ観戦。期待の若手・森本の序盤の2得点で勝利はしたものの、はっきりいってこのレベルのチームのマッチメークは親善試合とはいえあまり意味はない。原監督代行も若手を試していたがせっかくの国際Aマッチデーで欧州組みも呼ぶわけだからもっと強いところとアウェイでやりたいところだ。まあキリンのスポンサードの手前、興行優先になるのは仕方ないのかもしれんが、大阪のファンだってどんなチームが相手でも良いというわけじゃないだろう。

●9月9日
デザイン事務所B社のNM嬢のお誘いで神田小川町の四川料理の店『四川一貫』で陳麻婆豆腐を食べる会に参加。集まったのは主宰者のS出版社勤務のHD氏はじめ総勢6名。HD氏ご推奨のこの店の料理は辛いことは辛いのだがまろやかな辛さとでも言うか汗が噴出したり舌がしびれるようなことは無くどんどんと食が、酒が進む。白切鶏、炒青菜、宮保鶏丁、魚香茄子と平らげ、いよいよ真打の陳麻婆豆腐を大皿で白飯とともにいただく。美味し!挨拶に厨房から顔を出した店主の老板が実に話好きで若いころ台湾の華泰王子大飯店で修行したというから台湾仕込みの四川料理ということだそうだ。かつて駐在していたと話すと台北の思い出話に花が咲き、プロの料理人が美味いと思うガイドブックに載っていない店を色々教えてくれた。食事会終了後、神保町に移動しわが社の近所のダイニングバー『Soup Deli』で2次会。ここはランチではたまに使うのだが夜は来たことが無かった、いかにも老ミュージシャンぽいマスターとの音楽寄りの会話とか、居ごこちはよさげではある。

●9月10日
乃木坂の国立新美術館のマン・レイ展を観た後、館内の『カフェコキ-ユ』で軽メシかたがたクール・ド・モンパルナスというマン・レイ展にちなんだハートをモチーフにしたコーヒーリキュールを試す。新宿へ回り新宿二丁目の『T’s Bar』へ。

●9月12日
所沢のくすのきホールで開催されている古書市へ古本漁り。ここは東京郊外や埼玉の古書店の出品とかがメーンなのでちょっと変わった出物が合ったりする。河口彗海『チベット旅行記』全4巻ほか社会科学系の本を数冊とサン写真新聞復刻版の昭和20年代の欠号が揃い、今回は思わぬ収穫があった。さっそく所沢西武のレストランフロアの日本蕎麦屋『信濃』で一杯飲みながら戦利品をぱらぱらめくる。電子出版じゃこういう蒐集的な喜びは味わえない。

●9月14日
民主党の代表選で菅直人が首相に選出。小沢も菅もどちらも首相にふさわしいとは思わないしなおさら菅内閣なんぞに期待できるものなんぞないのだが、まあこの景気だけは何とかして欲しい。そんなテレビ報道をちらちら見ながら仕事をしていたらすっかり遅くなってしまい、終電まで『明治屋2nd』で一杯飲むことに。常連の女性NZさんから日本酒の銘酒、山形県天童の「出羽桜」をごちそうになってしまいすっかり時間を忘れ、あわてて最終電車に駆け込む。

●9月17日
電子出版のプロジェクト会議で新宿へ。会議終了後食事に誘われるがこの日は今日締め切りの原稿待ちで、あまり遅くなれないのでロング会議後の冷たいビールに後ろ髪を引かれつつ帰社。原稿発注していたライターからは他の仕事が立て混んでいて遅くなりそうだと連絡を受けていたので、ひさびさの深夜朝帰りを覚悟していたのだが、意外と早く22時前に上がってきた。この日も終電までは飲めると連日の『明治屋2nd』へ。明日から3連休ということもあってかお店は深夜にもかかわらず大混雑だ。次週は木曜も休日ということでお店は1週間臨時休業。常連客の一人で現在は週に何回かカウンター内でバイトしているIS嬢がめでたくもハワイで挙式のため、マスターご夫妻も参列するのでハワイ同行なんだとか。ISさんおめでとうございます。夫婦円満のためにお酒のほうはほどほどに。

2010年9月11日土曜日

マン・レイの創作の秘密を垣間見る


会期終了間近の「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」を観に国立新美術館に出向く。今回は、遺族によって著作権管理を行っているマン・レイ財団が所有するマン・レイの制作物のほとんどすべてを公開したもので、2007年以来欧州をはじめ世界で巡回している大型企画である。特にエコール・ド・パリの時代以前のニューヨークで活動していた初期の作品の中には一般公開されたことのないものもあり、また日本だけで公開されるものも何点かあるそうである。400点に及ぶ制作物には絵画、グラフィックはじめオブジェや本人の愛用していた所蔵品まで幅広くなかなか見ごたえがある企画だったように思う。

つい最近、たまたま海野弘氏の著書『映画、20世紀のアリス』(フィルムアート社)を読んだばかりだったのだが、ジャン・コクトーのプライベートフィルムの論評において盛んにマン・レイの作品についても言及されていたので、すごく興味をかきたてられていたところだった。それが降ってわいたようにその作品、特に3本の短編映画「エマク・バキア」「ひとで」「サイコロ城の秘密」が観る機会ができたのは不思議なめぐり合わせを感じたし思わぬ僥倖であったといえる。

マン・レイはダダイズムやシュールレアリストとしての側面もあるが、写真家として実験的な作品だけではなく肖像写真家としてもすぐれた作品を残している。戦後40年代から50年代にハリウッドに戻ってから、また60年代に再びパリにもどってからの多士済々のポートレートは素晴らしい。個人的にはサティやピカソ、ヘミングウェイの肖像以上に、テレサ・ライトやジェニファー・ジョーンズ、エヴァ・ガードナーから始まってイブ・モンタン、ジュリエット・グレコ、カトリーヌ・ドヌーヴといった女優や歌手たちの濃い陰影のついたモノクロームの肖像写真にすごく魅かれた。

なんだかサティやコクトー、マックス・エルンスト、ポール・エリュアールらと親交を結んでいたわけなので、すごく昔の人のような気もしていたが磯崎新氏・宮脇愛子ご夫妻とも親しかったというのが意外な気もする。確かに1976年、86歳まで創作を続けていたその晩年のデザインアートなどは現在でも最先端のPOP感覚にあふれている。展覧会の副題である知られざる創作の秘密に少し触れられたような気がする豊饒な時間であった。

2010年8月30日月曜日

週間呑みアルキスト8.9~8.29


●8月9日
お取り寄せサイトを主宰するSM氏を、会社の隣のBAR『明治屋2nd』に紹介する。SM氏のサイトで扱う農産物をお店で調理してもらいサイトアップするという企画でマスターご夫妻の快諾を得る。普段ならこのまま呑みに入るのだろうが、SM氏はビールコップ半分呑んで救急車で搬送されたという超がつく下戸。ウーロン茶をちびりちびり呑んでいたが、腰に不安の真性オッサンを自認するSM氏だけに30分もしないうちにギブアップ。立ち飲みでも全然苦にならない自分を鑑みるに、2歳しか差がないのにまだまだ若いと思うべきだろう。

●8月13日
先日立ち寄って8月15日いっぱいの閉店を知らされた荒木町の居酒屋『ひらた』。これが最後のチャンスということで再度挨拶がてら顔を出すことに。もちろんお盆時期ということで客足は少ないのだろうと思ったが荒木町の飲み屋街はゴーストタウンのように人通りもなく、開けている店もどこも開店休業の様子だ。10年も前はこのあたりはしょっちゅう出没していたがあの頃は金曜日ともなると酔客がそぞろ歩いていた。そういえば杉大門通りにあった元日活女優の中川梨絵さんのお店『来会楽』も1年ほど前に武蔵小山に移転していったと聞いた。『ひらた』の女将のICさんも表向きはお店を手伝うお母様がケガされたのと子供さんが受験なので、ということを店じまいの理由にされていたが、界隈の寂びれ加減を見るに時の流れということもあったのだろうか。ICさんは元いた出版社で席を並べたこともあり、その節は総務経理でいろいろ世話になった。結婚後会社を辞められ一念発起して“趣味と実益を兼ねた?”お店を開いてから15年。あまり常連とはいかなかったがたまにお店を覗くと歓待してくれたし、元社員だったひとたちと旧交を温めることもあり、いざ閉店となるとさびしい限りである。この日は、さすがに常連さんたちで大賑わいだったので一杯飲んだだけで辞去したが、本当に長い間お疲れ様でした。

●8月17日
サッカー少年の親のための雑誌『FOOTBALL KALTE』誌の発行人のYD氏が来社。駄文を書かせていただいた掲載誌とともに次号の企画の相談。近所の『イタリアン居酒屋ピアンタ』で打ち合わせかたがた軽呑み。雑誌のほうも小部数ながらなかなか好評で、JFAからも評価されていて今号は岡野俊一郎氏、次号には山本昌邦氏とサッカー界のビッグネームが取材を受けている。聞けば岡田前監督も取材予定というから大したものだ。YD氏も何とかこの雑誌を続けていきたいと苦労を重ねている。呑みながらも取材で日焼けしたYD氏の熱弁でサッカーに寄せる思いが伝わってくるようだ。ほぼあきらめていた原稿料もいただけるそうなのでこちらも気合を入れ直さねば。

●8月19日
企業広告の取材のため大手食品会社の本社がある神戸へ出張。もちろん予算の関係や入稿の関係上日帰りである。午後2時からの取材ということで新幹線の到着時間から昼食の時間がわずかしかとれないので、同行の代理店の人たちとこのまま取材に入って終わってゆっくり食事しましょうと提案。腹を減らしたまま早々に取材を済ませると、お目当ての元町の台湾料理屋『丸玉食堂』へまだ陽が高いうちから飛び込む。神戸震災で古い店は軒並み無くなるか姿を変えたが、JRのガード下に位置するこの店は震災を生き延びて、昭和どっぷりの白タイル貼りのレトロなたたずまいがいまだ健在である。メニューはないのでいちいち表のガラスケースに飾られたイミテーションの見本を観に行くのが難儀だがうれしくもある。同行者が皆、内臓系が苦手ということで湯葉春巻や酢豚といったおとなしいものばかりの注文になったが、それでも皆美味かった。ここはかつて泉麻人、故渡辺和博という凄い顔合わせで入ったことがあったが、みんなで感動した覚えがある。渡辺さんの子供のような笑顔を思い出しながら10数年ぶりのセンチメンタルジャーニーとあいなった。

●8月20日
『FOOTBALL KALTE』誌の取材で、かつて読売クラブの創成期にユースでプレーし現在は会計事務所を経営しJリーガーの税金対策の相談に乗っているSR氏の話を聞く。SR氏は会計士になる前は中学校の教員でサッカーを教えていたこともあり、学校が荒れていた時代に熱血教師としてツッパリどもと渡り合っていた経歴を持つ。そのひとつひとつのエピソードが漫画になりそうな面白さでついつい話に引き込まれてしまった。YD編集人とともに取材後、神保町のビアホール『ランチョン』で軽く食事しながらオフレコ話に盛り上がる。夜は『明治屋2nd』でお願いしていた料理が上がったということで、お取り寄せサイトのSM氏とその仕上がりぶりを試しに行く。下戸のSM氏もできあがったニョッキとアジア風チキンサラダの大皿料理をパクついていたく満足。新鮮素材が街の巨匠でみちがえるというストーリーはおおむねうまくいきそうである。

●8月26日
新宿の編集制作会社WB社の重鎮FJさんと、EB社の若社長ONさんにお呼ばれし彼らのホームタウンの新宿5丁目の小料理屋『酔郷』に馳せ参じる。皆さんとは電子出版にむけて何ができるかここのところ話し合ってきたが、この日も喧々諤々。恥ずかしながら知識的にちょっとついて行ききれない部分が多いのでこちらはお店で早出してくれたもつ鍋をふうふうやりながら食いに専念。暑さの中の鍋も良きものでした。あまり建設的な事しゃべれないですみましぇん。

●8月27日
帰りがけ『明治屋2nd』で一杯ひっかかっていると、団体11名が大挙入店したので邪魔にならぬように早々と退散。時間も早いのでさらに帰り道の新宿2丁目『T's Bar』に寄り道。こちらも1杯引っかけて早めに撤収。

●8月29日
最近妹が住みだした石神井の実家にイラストレーターのKDさんが部屋の片づけの助っ人で登場。彼女がおみやで持ってきたという「かつおのたたき」に魅かれてつまみ持参で夕食に飛び入り参加。秋の戻り鰹は旬ということでいまだ猛暑はさらぬものの、いち早く秋の味覚に舌鼓を打つ。ごちそうさまでした。

2010年8月23日月曜日

産直グルメで酒も美味し



以前勤めていた会社の先輩で同じ早期退職組のSMさん主宰の産直お取り寄せサイトのお手伝いで、最近いろいろなところでサイトで扱っている福島県南会津の「室井農園」自慢のパプリカの宣伝に努めている。室井農園は福島県下で農業に携わる青年農園主たちで組織している『農やっぺ会』のひとつなのだが、もちろんサイトでは他の農園の作物も扱っている。自身、試しに取り寄せて試食しているが紫、白と一風変わったカラフルなパプリカはもちろん、フルーツトマトの「愛子ちゃん」や七色の茎が美しい西洋ホウレンソウの「スイスチャ―ド」などの夏野菜の数々本当にみずみずしく美味しい。ツユ時の集中豪雨で収穫は遅れ気味なのだが、その分猛暑で逆にトマトや果物は良い出来なのだそうだ、暑いのも悪いことばかりじゃないんだと変な関心をしてしまう。

そのサイトの企画打ち合わせで、たまたまプロのレストランのメニューに使ってもらったらどうだろうかという提案があって、さっそく会社の隣で社員バーのように使っている神保町の立ち飲みバー『明治屋2nd』にその話を持ち込んでみた。
呑みアルキスト日記でもよく書いているのだが、ここのバーはイベリコ豚やパルマ産の生ハムだけではなく実は美人ママさんのお手製の大皿惣菜が絶品で、それがためかいつも繁盛している店である。話をするともちろん食材提供に異論があるわけでもなく快諾してくれた。実際自分で酒のアテにしようと思っても炒めたり、サラダにしたりしかできないので、こちらも興味津津でママさんにメニューを考えてもらうことに相成った次第である。
そして先週末、4色のパプリカ、スイスチャ―ド、ホウレンソウ、バジル、バクチー、愛子ちゃんを使ったニョッキとチキンの冷製サラダが完成!第一弾のメニューにしていただいた。
でっ、さっそく食したのだが、う、うまいっす! やっぱり料理したもので金取るだけのことはある。いつもは酒ばっかり飲んでいるが、この日ばかりはもっぱら食いに専念してしまった。ビールも良いがやっぱりワインが…と酒もすすむ。こりゃ、店も一石二鳥だろうが。同行したSMさんは全くの下戸なのでジンジャーエールをちびちび嘗めながら美味い美味いと感激のていでパクついている。
ママさんも、実家でもいろいろ試してもらっていたようで、大振りのパプリカの肉詰めや、スイスチャードの肉ロール巻なども作ってみたとのこと。仕込みに時間がかかるのでお店に登場するにはちょっとどうかなということでしたが、まあ他にも考えてくれるとのことなので期待して待つことにしよう。

お店で食べるのもヨシなのだが、『農やっぺ会』に集まる農園の野菜や果物が、これからも季節に応じてどんどん登場するようなので、秋を迎えるにあたってちょっとした取り寄せプチグルメにハマりそうである。
SMさん、これからも美味いもの厳選でお願いしまっせ。
http://www.otoriyose47.net/

2010年8月12日木曜日

最近のお気に入り



最近CDストックの中から引っ張り出してきてヘビーローテで聴いてる1枚。

1983年ブロードウェイのセント・ジェイムズシアター初演『MY ONE AND ONLY』のオリジナルスコア。
時はローリングトウェンティ、大西洋単独横断飛行を狙う飛行士が主人公のロマンチックコメディで、ガーシュインの名曲の数々に乗せてトミー・テューン、ツイッギ―が歌い踊り、トニー賞3部門に輝いたミュージカルの名作だ。元々は1927年のフレッド・アステアが姉のアデルと共演した舞台『FUNNY FACE』のリメイクだとか。

85年に日本公演があって、ツイッギーは残念ながら来れなかったが、テューンと『ピーターパン』のサンディ・ダンカンが代役で熱演、素晴らしい舞台に魅了されたのをつい昨日のように覚えてる。

その後、ニューヨークのウォルドルフ・アストリアホテルのピアノバーで、主題曲をリクエストした思い出や日本公演をともに観に行った女性の思い出も併せて、聴くたびに感傷的になってしまうんだよなあ。
8年前にウェストエンドでも再演されたみたいだが、またやらないかなあ。

そういえばレネ・ゼルウィッガー主演で去年の夏に公開された同名の映画、内容は全く別モノだが50年代初頭の古き良きアメリカが舞台ということで日本公開を楽しみにしているんだが、なかなか配給の話が聞こえてこない。こちらも心待ちにしているんだけど。

2010年8月10日火曜日

週間呑みアルキスト7.19~8.8


暑い日が続くと、のどの渇きをいやすために冷たいビールを。
というのが酒呑みの盛夏の行動パターンではあるが、こう暑いともう出歩くのすら億劫になる。
ましてや休日は名にしおう猛暑の練馬在住とあってはついつい引きこもってしまい、呑みアルキストたる矜持はないのかと自責の念にかられてしまうが、その代わり今まではあまりやらなかった“家呑み”がここのところめっきり多くなった。
きっかけはワールドカップの自宅観戦の日々。自宅近所の西友で仕入れる廉価にして高レベルのワインに味をしめ、これにちょっと高級なチーズや、ソーセージなどをアテに呑みだすともうアキマヘン、結果ワインの空き瓶がずらりと並び“アルキ”しない分だけどんどん体重も増えメタボが加速してしまう。
そんなわけで、呑みアルキ日記の更新も滞りがちな今日この頃ではあります。反省。

●7月20日
最近暇を持て余しているのか元KS社のKJ氏がちょくちょく呑みに現れるようになった。なにせ金に糸目をつけないおぼっちゃまくんなので奢ってくれたりするのはありがたいのだが、いかんせんツマミは食わん、酒量はとどまるところを知らない、ということでなかなか付き合うのも大変ではある。この日は神保町の蕎麦屋『静邨』で板わさや冷奴つまみで始まったのだが、KJ氏のペースで呑み進むうち冷たい蕎麦で〆る頃にはすっかり酔っ払ってしまう。まあ敵はタクシーですっと帰るからいいが、こっちは千鳥足で終電帰宅。このハンデはでかいぞ。

●7月23日
新宿で所用を済ませ『T's Bar』に立ち寄る。心なしか新宿三丁目界隈は人通りも多く新しい立ち飲みスタイルのBarなども会社帰りの人たちでにぎわっていた。世の中的には少しは景気が回復したのか?なにやら緊縮疲れで財布のひもも若干緩みだしたというような報道記事も見かけるようになったが、こっちの懐具合は相変わらず緩みようにも中に入っている銭もなし。

●7月24日
西武線沿線組の元K誌のKN編集長から久しぶりに地元呑みのお誘いを受け、KN氏推奨のひばりが丘の人気店『吉之助』なる和風ダイニングバーへ。元酒屋だったというご主人が“一般的に呑み屋の日本酒の値付けが高すぎる”という信念もあってリーズナブルで全国の地酒が味わえるそうである。それではとメニューに載っている珍しい冷酒を順番に試していく。肴もなかなか手が込んでいて予約がすぐいっぱいになるのもうなづける。あっという間に10銘柄ほど呑むとすっかりほろ酔い加減に。2軒目はかつてライブでビートルズのコピーバンドが入っていたというKN氏の記憶を頼りに北口の雑居ビルにある『Capi』というBARへ。ところがこの日は、というかしばらくライブはお休みとのこと。早々に南口の隠れ家的BAR『BLOWNY STONE』へ移動し終電間際まで粘る。

●7月28日
ワールドカップを挟んで再開したJリーグ。日本代表の活躍ぶりの記憶もあってか結構観客も増えつつあるようだ。この日はFC東京が国立競技場でジュビロ磐田を相手に主催ゲームを行うということで、FC東京の営業担当から入場料1000円(ビール一杯付)の販促用チケットをゲットし、サッカー仲間のHT氏を誘いビヤガーデン気分でナイトゲームへ向かう。FC東京の集客キャンペーンの甲斐あって国立のバックスタンドはほぼ満員という盛況ぶりだったが試合は凡戦。せっかくつめかけたお客さんもこんな試合をしていたら次は来ないんじゃなかろうか。試合後は四谷三丁目まで歩き、K社勤務時代の同僚女性が女将をつとめる居酒屋『ひらた』に久しぶりに顔を出す。後日、女将のICさんからメールが届き終戦記念日ということもないのだろうが8月15日で店じまいするというお知らせが届いた。虫の知らせだったのか、終戦までにまた行かねばなるまい。

●8月5日
暇こいているKJ氏が再び来社。蕎麦好きのKJ氏なのでちょっと目先を変えて九段の名店『一茶庵』まで行くが、運悪くこの日は貸し切りの予約でアウト。そのまま近所の『満留賀』に場所を変える。こちらは極めて大衆的な街中蕎麦屋だが、意外やつまみ系が充実していて呑むには申し分なし。珍しく早めに切り上げたKJ氏だったが2軒目の『明治屋2nd』で粘られてしまう。結果終電帰宅で乗り過ごし東上線成増からタクシーで帰る羽目に。

●8月6日
編集制作会社数社による勉強会に参加した後、懇親会に参加。場所は荒木町のスペインバル『CARINO』。自家製の生ハムが滅茶ウマの店だ。お任せで出してもらったタパスもどれも美味しかった。かつてフランス映画社勤務のHK氏や東大仏文で映研だったNR氏の参加ということもあったのだが、フランス映画話で盛り上がり久々楽しい食事会。

2010年8月9日月曜日

8月に思う


6日は広島、今日9日は長崎の平和祈念式典。
週末からテレビでもNHKを中心に原爆関連、戦争関連の多くの番組が放送された。
今年は65周年ということもあり、またNHKもBS,BS-hiとチャンネルも増えたせいか例年に増して気合の入った“夏ジャーナリズム”特別編成のように思う。どの番組もテーマは多岐にわたるが、もはや風化しつつある戦争の記憶を掘り起こし、平和の尊さを訴える力作ばかりであった。

自分が初めて広島を取材したのは1983年。当時働いていたテレビ雑誌の特集記事のため38年目の広島を訪ね、現地で原爆の実相を伝えるために寝食を忘れてドキュメンタリー制作に従事するテレビマンたちの仕事ぶりを伝える旅だった。その前年に山口放送が制作し後世に残る衝撃的な番組となった「聞こえるよ、母さんの声が~原爆の子百合子」のプロデューサーだった磯野恭子さん(現岩国市教育長)を取材する機会があったのが発端だった。ヒロシマを報道し続けることへの火が出るような執念に接し深く感銘を受けたことから、一般商業誌では地味で重いテーマではあったが、現地で戦うテレビ制作者たちを読者に紹介することがせめてもの自分に課せられた責務ではないかと思い、立っての希望でなんとか編集会議でページを作ってもらったのであった。

この「38年目のヒロシマを歩く」と題された4Pにわたる特集記事は、自ら爆心地を歩き、資料館を訪ね、殉職した職員の碑が局舎の柱になっていたNHK広島放送局、そして広島テレビの平和公園の取材現場でスタッフたちと行動をともにした貴重な経験を、まだ若くつたなかったがわれながら精いっぱい書いたつもりであった。
発売直後、中国放送の若いディレクターから“なんでうちらのことを取材してくれなかったのか”と猛烈な抗議が来て、電話をはさんで何時間も討論するという思わぬ副産物もあった。雑誌の販売上、全国編成の番組に限らせてもらったことを謝罪すると先方もキー局の編成制作の無理解を嘆き、テレビジャーナリズムの成果と限界を時間を忘れて語りあったのを昨日のように覚えている。

そんな反響もあってか、思えばいわばこの特集記事がまだ若かった自分のジャーナリズムの末席を汚す仕事の原点であったのではないだろうか、そんな思いで今でもこの時期が来るとボロボロになった掲載号を引っ張り出してきてページをめくってみるのである。

記事を読むと当時すでに戦争体験の風化を危ぶんでいるが、あれからまた27年もの歳月がたってしまった。
記憶の風化どころか、生存者自体が例年少なくなっていく現実に慄然とする。
27年前の8月にお会いした人々は、その後どういう人生を歩んでおられるのだろうか?いまなお、原爆の悲劇を今に伝える戦いを続けておられるのだろうか?あの、電話で食ってかかってきたディレクターもいまだに制作に編成に苦闘しているのだろうか?

週末からテレビを見ながらあの夏会った人たちの顔をひとりひとり思い浮かべている。

2010年7月19日月曜日

週間呑みアルキスト6.28~7.18


ワールドカップ期間はあまり呑みアルキも控え、もっぱら家呑みに徹する。サッカーを観ながらちびりちびりやるにはやっぱりワインがいいと、近所のスーパーで開催国の南アフリカ産のワインを買い込む日々。赤はピノノワール、白はシュナンブランのかなりのレベルのワインが600円前後で帰るということもあって、われながら感心するほど空き瓶がずらりと並ぶ結果に。深夜に呑みながらしかも必ず何かしら肴も用意していたので
ダイエットしていた体重がすっかり元に戻ってしまった。

●6月30日
ワールドカップの決勝トーナメントが終わり準々決勝が始まる間のお休み。それを知ってか知らずかかつてお世話になった代理店D社のHR氏から暑気払いのお誘いがあり。D社時代のシマで新橋は駅ビル地下の居酒屋「扇里」へ。HR氏はすでにD社を早期退職してアジアでの生活を目指している。昨今のD社のアジア関連の動きなど参考になる話を聞かせてもらった。お店自慢の熊本の馬刺しでスタミナをつけ、ニンニク臭をぷんぷんさせてサッカー好きのマスターのワールドカップ評をきくために銀座のBAR「FAL」へハシゴ。

●7月1日
年1回の恒例になったわが高校のOBのマスコミ業界従事者の会合に出席。会場は、以前は有楽町の外国人記者クラブの宴会場だったが昨年から日比谷の「松本楼」で行われている。「松本楼」は71年の沖縄返還闘争で炎上したが、その当日現場近くにいたのでその日のことはいまだによく覚えている。当日新聞社のカメラマンで取材していた先輩がいて昔話に花が咲いた。40年近く前の高校生だった自分を思い出し時間の流れになんだか不思議な気分だ。「松本楼」に関してはその後内幸町に勤めていたこともあってランチをよく食べたりなにかと思い出深いレストランだ。会は例年参加者が減っていたが今年は先輩たちに声を掛け合ってもらったり、アトラクションで先輩たちのオヤジバンド演奏などもあって30名を超える盛会となった。

●7月4日
準々決勝が終わり、再び準決勝まで2日間サッカーはお休み。昔からのサッカー仲間HT氏が中間総括しましょうということで新宿の居酒屋「かり屋」で落ち合う。HT氏は開幕直後仕事で渡米していたが、今回のワールドカップは長くサッカー不毛の地だったアメリカでも相当盛り上がっていて、スポーツバーでは色々な人種が応援でどこも盛況だったそうだ。新宿三丁目のBar「EORNA」へハシゴ。ここのマスターもサッカー好きで店内にはスカパー!が観れる大型液晶テレビが設置されている。昔は呑みながらサッカーをテレビで観戦できる店なんて本当に限られていたが隔世の感ありだ。

●7月6日
元KS社のKJ氏が夕方来社、この日は深夜に準決勝のウルグアイ×オランダ戦があるので8時終了厳守ということで日が高いうちから須田町の老舗蕎麦屋「神田まつや」で軽く一杯。人気店だけあって6時超えると相当に混みだしたので近所のやはり老舗の居酒屋「みますや」に移動。呑みだすと止まらなくなるKJ氏をけん制しながら8時きっかりで終了し帰宅。

●7月13日
ワールドカップも終了し放心の毎日だが、季節は夏。高校野球で母校が強豪と対戦というので結果が気になっていたが、この試合を新宿二丁目のBAR「T's Bar」のマスターが中野ケーブルテレビで観ていたよとメールを受けたので、その様子を聞くという口実で呑みに立ち寄る。

●7月14日
今回、やはり南アフリカ現地取材を見送ってしまったスポーツカメラマンのKG氏と、“やっぱり行けばよかったと悔しがる会”を四谷の中華料理「こうや」で敢行。共通の知人であるHT氏も加わりワールドカップ観戦評と次回のブラジル大会の話で盛り上がる。今回は高い、遠い、危険ということで見送ったわけだがやはり後悔先に立たずだ。4年後のブラジルは同様に高い、遠い、そこそこ危険だが絶対になにがあろうが行くことをみんなで確認する。KGさんそれまで現役続けてね。「こうや」の後はKG氏行きつけのBar「3Circle」へ延長戦。

●7月15日
アニメ、ゲーム系の出版社EB社のST氏、AS氏から電子出版時代のコンテンツを考える上での雑誌の現状について話を聞きたいということで新宿三丁目の居酒屋「かり屋」へ。デジタルに関しての話がどこまでできるか自信がなかったが、むしろアナログの雑誌の現場の話や昔話が聞きたいということで、そういうことならと昔の編集部の“悲惨な?”話をたっぷり。しかし紙をベースにした出版社が新しい電子出版で何ができるかと考えると業界的なくだらない因習とか権利関係でなかなかうまくいかないと予想せざるを得ない。

●7月16日
元KS社のKJ氏がワールドカップの反省会(何を反省する?)をしたいということで来社。神保町の路地裏中華料理「大興」で餃子にビールという夏の定番呑み。「明治屋2nd」にハシゴ。気温は夜になっても沸騰したまま、日本は完全に気候変動で亜熱帯圏になってしまったと実感する毎日だ。

2010年7月13日火曜日

スペインの勝利


より強いものが勝つ。
当たり前のことだが、ことサッカーにおいてはそんなに単純でもない。最強と謳われるチームが相手の戦術の前でよもやの敗戦を喫することは往々にしてある事だ。
しかしながら7月11日、ヨハネスブルグ、サッカーシティスタジアムで行われたスペインとオランダの決勝戦はより強いものが勝つというまっとうな理屈で、まっとうな結果となってあらわれた。

試合は90分で決着がつかず、延長戦に突入し、さらにその後半に折り返してやっとイニエスタの値千金のゴールでスペインが見事に初優勝を飾った。確かに激闘であったし、手に汗握る戦いでもあった。ロッベンのGKと1対1になった局面でカシージャスの神がかり的なセーブが無ければ勝負はオランダのものだったかもしれない。それでも終わってみれば2008年のヨーロッパチャンピオンのスペインがその持てる能力、あふれるインスピレーション、美しいまでのパスワークで順当にオランダを退けたと思わざるを得ない。

オランダDF陣は序盤からハードなボディコンタクトでスペインの攻撃陣を削ってきた。解説者はオランダの厳しいディフェンスでスペインのパスを封じ、オランダ優位で試合を進めていると耳障りのいい言葉を使っていたが、実際はイエローカードが10枚も乱れ飛ぶほどの“汚い”いいかえればなりふりかまわないプレーを繰り広げた。勝利への執念といえばそれまでだが、スペインの選手たちの緩急、長短、強弱おりまぜたテクニックに対抗するにはこの“汚い”戦術を選択する以外道がなかったとも言える。さすがに前の試合から1日分ハンデがあるだけに、スペインもより疲労していたことから試合は延長にもつれたが、水族館のタコの予言を待つまでも無くスペインの勝利は至極当然だった。

バルセロナはカタルーニャであってスペインではないと、1936年のスペイン内戦以来の国内民族事情もあって、過去スペイン代表としてのモチベーションが高まろうはずも無かった。、美しいサッカーをやりながらも実績を残すことは出来なかったし、世界最高のリーガエスパニョーラの栄光はこと代表には無縁だった。ところがユース年代から世界タイトルを取ってきた今回の代表チームの偉業は、バスクもカタルーニャもなかった。ひたすら完成された芸術を崇めるかのごとく“スペイン国民”は熱狂した。
考えてみればグローバリズムに席巻される現在の世界体制の中、ヨーロッパ自体が統合しなければ国家の存在が成り立たない現状からすると、いままでの民族主義地域主義は徐々に色あせざるを得ないのかもしれない。
マドリッドやバルセロナの街頭を埋め尽くす人々の歓喜する姿を観るにつけ、スペイン代表の今回の戴冠はそんな新たな時代へのシンボリックな勝利とも言えるだろう。
だとすれば、2010年の南アフリカで成し遂げた世界一へ向けたプレーは、スポーツの枠を超えあまりにも大きな勝利だったと称賛されてしかるべきだろう。

2010年7月11日日曜日

セミファイナル!美しく勝利せよ


ついに優勝国は4カ国に絞られた。
ドイツ、スペイン、オランダ、ウルグアイ。
ドイツは過去3回、ウルグアイは2回の優勝があり、スペイン、オランダはともに勝てば初めての優勝となる。
6月11日から1ヶ月かかって戦われてきたサッカーの祭典もついに終盤を迎えつつある。祭りのフィナーレを飾るあでやかな栄光を待ちわびながらも、すでに祭りが終わった後の寂寥感すら感じるようになってきた。この至福のときがいつまでも続くように念じながらも、あと残すところ3位決定戦を含め4試合のみ。
セミファイナルはドイツ×スペイン、オランダ×ウルグアイ。特に前者は夢のカードといってよいだろう。サッカーという共通文化を自らの母国の歴史や民族の誇りをかけて、いま、新たなる伝説が創造されようとしている。

7月6日
●オランダ3-2ウルグアイ
強力な得点力を誇るオランダと試合巧者のウルグアイ。ウルグアイ頼みの2トップの1角であるスアレスは準々決勝の激闘で母国を救うことになったハンドで1試合の出場停止、エースのフォルランがその重責を一身に背負う。オランダはロッベンの復帰がチームを活性化させトーナメントに入ってから圧倒的な強さを見せ付けてきた。大会前カイトやロッベンらの間にささやかれた不協和音はどこへやらチームも優勝という大目標の前に一丸となっている。両チームとも試合開始早々から激しくボールを奪い合い互角の展開が続いていたが、先制点はオランダ。前半18分に左サイドからファン・ブロンクホルストがゴール右角に目の覚めるようなミドルを突き刺した。いままでスナイデル、ロッベンの活躍の影で献身的にチームを支えてきた主将の大一番での見事な仕事だった。しかしウルグアイもこの強敵にひるむことなく果敢に攻める。何度もチャンスを作りむしろオランダよりチーム状態の良さを印象付けるような堂々とした戦いぶりである。41分に今度はおかえしとばかりディエゴ・フォルランが中央からミドルを放ちGKの頭上を破リ、ウルグアイは試合を振り出しに戻す。さらに前半終了間際の波状攻撃は相手をダウン寸前までにラッシュをかけるボクサーのようであったがオランダはゴングで救われた。スカパー解説のイビチャ・オシムも審判が笛をもう少しの間吹かなかったら点が入っていたと断言していたほどだ。後半も一進一退だったが25分スナイデルが左45度から狙ったシュートはオフサイドの位置の見方の足をかすめそのままゴールに吸い込まれていった。主審はこれをゴールと認めオランダは再び優位に立つ。浮き足立つウルグアイの体制が整う前にさらにロッベンが左からのクロスをヘッドで叩き込み追加点をもぎ取り、突き放すことに成功。ウルグアイは2点差になっても戦意は衰えずフォルランを中心に執拗にオランダゴールに迫る。オランダは守り抜くべく時間を使い刻々と過ぎていく。ロスタイムにマキシミリアーノ・ペレイラがついにオランダゴールを破るゴールを決めたが、ときすでに遅し検討届かず無情のタイムアップの笛が鳴った。オランダの強さはさることながらそれ以上にウルグアイの魂が感じられる激闘だった。



7月7日
●スペイン1-0ドイツ
強力な得点力でイングランド、アルゼンチンと強豪をねじ伏せてきたドイツが、いまひとつ調子の上がらないスペインにも圧倒してしまうのではないかという予測も、それがまったく見当違いであることを試合開始早々に見せつけられた。スペインの素晴らしい芸術的ともいえるパス回しで、ドイツはまったくボールが奪えないでいる。ゆっくりとチャンスを組み立てゴール前ではイニエスタ、ビジャ、シャビ、シャビ・アロンソ、ペドロらが変幻自在にドイツゴールを脅かす。特に怪我明けで本来のコンディションではないフェルナンド・トーレスの代役を務めるペドロはことごとくチャンスに絡む。74年のオランダ×ドイツ戦でオランダが見せたパス回しにも似てスペインはドイツを翻弄した。バルセロナに根付いたクライフの遺伝子が甦ったかのようにである。ただしなかなかドイツもスペインに簡単にはゴールを割らせないでいたが後半28分CKからDFのプジョルが打点の高いヘッドを突き刺しやっと1点をもぎ取った。しかしこの1点でスペインにとっては勝利には十分だった。ドイツは試合を通してトロホウスキのミドル、クロースのミドルと決定機は2回だけ。点差以上に明らかな質の差を感じさせる完敗を喫してしまった。
バルセロナを中心とするスペインの美しいまでのサッカーと、やはりミケルス、クライフがその土台を築いたオランダとの決勝。クライフの後継者たちによる戦いはどちらが勝っても初の戴冠となる。



7月10日
3位決定戦
●ドイツ3-2ウルグアイ
目標を失った同志の3位決定戦はその存在意義を疑問視するむきもあるが、90年のイタリア大会以降、なかなか見ごたえのある戦いが繰り広げられてきた。今回もドイツとウルグアイは世界3位の“栄光”をかけて追いつ追われつの激戦となった。歴代通産ゴール記録がかかるクローゼは怪我で欠いたが、ドイツはミュラーが得点王を狙う大会通算5点目を決め、またウルグアイのフォルランも見事なボレーでやはり通算5点目をあげた。ドイツは何とかウルグアイに競り勝ち有終の美を飾った。

そして翌11日。日本時間27時30分、ヨハネスブルグ、サッカーシティで世界一の栄光を目指す戦いが始まる。

一番面白いベスト4への激闘を制したのは?


ワールドカップで一番面白いといわれる準々決勝。過去幾たびも歴史に残る名勝負が繰り広げられ、自分自身も今までワールドカップの現地観戦は決まって準々決勝を中心に観て来た。今回も「アルゼンチン×ドイツ」「オランダ×ブラジル」はじめなかなかの好カードが揃い、世界最高峰のサッカーを観る至福の時間を十分に満喫できた。南米4、欧州3、アフリカ1の8チームのうち頂点に立つのはどの国か?予断を許さない戦いは最高潮を迎える。

7月2日
●オランダ2-1ブラジル
74年大会オランダ、84年大会ブラジル。この2国の対戦は過去激戦の末痛み分けてきた。スピードのオランダ、テクニックのブラジルと相場は決まっていたが、今回はお互い過去のイメージは払拭しブラジルの固いディフェンスラインにオランダのトップのスキルフルな攻撃がどこまで通用するかが試合の行方を決定するはずである。開始10分、フェリペ・メロのセンターからの長いスルーパスを抜群のタイミングで受けたロビーニョがいきなり先制してしまう。オランダの弱点であるDFラインの背後を見事に突いた鮮やかな得点だった。ブラジル強し!このままブラジルが試合巧者振りを発揮しゲームをものにするのだろうか、前半はまさにブラジルの思い通りの筋書きに進んでいるかに見えた。30分ロビーニョのドリブル突破からルイス・ファビアーノがカカーに絶妙のパスをつなぎ、カカーは狙い済ましてゴール角を狙うがGKの超美技で得点ならず、前半終了直前にもマイコンが70年のカルロス・アルベルトを思い出させる右サイドからの強烈なシュートを放つが惜しくもサイドネット。攻めっぱなしのブラジルだったがこの決定機を逃したことが後になって大きな意味を持つことになってしまう。後半に入ってすぐオランダはFKからの早いリスタートでスナイデルがブラジルゴール前に放り込むと、メロとGKセザールの連携ミスを誘いまさかのオウンゴールで同点となってしまう。これで生き返ったオランダは厚い攻撃を仕掛けるようになる。25分にCKからスナイデルがヘッドで叩き込みまたもセットプレーからの得点でついにゲームをひっくり返した。焦るブラジルはよくも悪しくもこの試合の主役となってしまったメロが相手を踏みつけ一発退場で数的にも不利になってしまう。流れはどんどんとオランダに傾き、結局このままブラジルは奈落に沈んでしまい王国はベスト8で姿を消すことになってしまった。西村雄一主審も冷静に試合をコントロールし、こちらも日本サッカー史上に残る活躍ぶりだったことも特筆する必要があるだろう。

●ウルグアイ1-1ガーナ(PK4-2)
フォルラン、スアレスの2トップが絶好調のウルグアイ、アフリカ唯一の8強入りで地元を味方につけたガーナ。タイプがまったく異なる実力伯仲の2カ国の興味深い対戦だったが、先手を取ったのはガーナ。若きムンタリが今大会でも一二を争う素晴らしい30mのロングシュートを右隅に決めた。ウルグアイもこれで追う展開になり気迫あふれるプレーでゴールに肉薄する。後半10分、今度はフォルランがFKからこれまたビューティフルなゴールを叩き込み追いつく。逆転を狙うウルグアイは何度となくガーナゴールを脅かすが何とかガーナも耐え抜き延長戦へ。延長でも決着がつかずこのままPK戦かと思われたロスタイム、ウルグアイゴール前の混戦から放ったアディアのシュートは飛び出したGK不在のゴールへ。とっさにゴールをカバーしていたスアレスがハンドでなんとかその得点を防いだが即座にPKが宣告され、これでガーナの劇的勝利かと思われたがさらにドラマは待っていた。キッカーのギャンはなんとこれをはずしてしまいタイムアップ、決着はPK戦に持ち込まれた。一発レッドでピッチから去っていたスアレスは皮肉にも一躍ヒーローになってしまう。
ドラマチックな試合は結局動揺するガーナがメンタルが左右するPK戦を制することが出来ず、ウルグアイの4強進出が決まった。筋書きのないドラマとはまさにこのことというようなスリリングな試合だった。

7月3日
●ドイツ4-0アルゼンチン
優勝3回のドイツと優勝2回のアルゼンチン。どちらも強力な得点能力で今大会ゴールを量産してきた。事実上の決勝戦という論調もあるほどここでどちらかが消えるのが惜しまれる。1点勝負だろうとの大方の予想だったが試合開始早々いきなりドイツがセットプレーからミュラーが先制点を挙げてしまう。ドイツは早いパス回しで今大会一番の試合運びでアルゼンチンに対するが、メッシ、テベスの個人技はさすがにそのドイツに対応を強いることになり、ドイツの運動量も徐々に衰え、アルゼンチンは後半ゲームを支配しだす。しかしながらピッチの神は不世出の天才・メッシに味方せず、23分にクローゼが間隙を縫ってゴールを決めてしまう。ワンチャンスをものにされ2点のビハインドを背負ったアルゼンチンは焦りの色を見せ始め、強引なメッシの突破にドイツはマークを固め、アルゼンチンは次第に網にはまっていく。追いつくどころか3点目はドイツのDFフリードリヒに決められ突き放され、終了間際にはクローゼに止めを刺されてしまう。4-0。ドイツの水族館のタコの「パウル」以外に誰も予測できなかった結果でアルゼンチンはいいところ無く独特のパフォーマンスで大会を盛り上げてきたマラドーナ監督とともに大会から消えていくことになった。


●スペイン1-0パラグアイ
優勝候補と目されたスペインもなかなか調子が上がらないまま勝ち進んできたがポルトガルを下し華麗なパスワークの復調の兆しも見える。日本を下したパラグアイは堅守で知られるが、やはり攻めるスペイン、守りながらカウンターを狙うパラグアイという試合展開になった。スペインは持ち前のパスで攻撃を組み立てるがゴールが遠い。逆に前半終了間際にパラグアイがバルデスのシュートでゴールを割ったかに見えたがオフサイドの判定、さらに後半13分カルドーソがPKの絶好のチャンスをはずしてしまう。絶体絶命のピンチを脱したスペインは今度はシャビ・アロンソがPKをはずしてしまい、どうしても勝ちきれない。攻めながらも苦しむスペインだったが後半38分にペドロのシュートがポストに嫌われるところをビジャが押し込み値千金の1点をもぎ取る。どうにかこうにか南米の難敵を下したスペインだが、次回はアルゼンチンを下し絶好調のドイツが相手、不安はぬぐい切れない準決勝進出である。

2010年7月10日土曜日

ラウンド16 レベルの高い好ゲームが展開


日本代表ベスト16入りの壮挙は今大会をより面白くさせたのは確かだが、ここまでフランス、イタリアの不調や南米勢の伸張、アウトサイダーと思われた新興国の健闘など、今回の南アフリカ大会はワールドカップの面白さを十二分に感じる大会となったのではないだろうか。グループリーグのスリリングな星取りも終わり、いよいよ一発勝負の決勝トーナメントに突入した。組み合わせの妙というか決勝のカードでも良いような優勝候補国がトーナメントの初戦からいきなり対戦したりもするのもうれしいような惜しいような気がするが、大会もいよいよ佳境、頂点に立つのはどの国か?強豪同士の生き残りをかけた激戦に手に汗握る日々が続く。

6月26日
●ウルグアイ2-1韓国
歴代最強と謳われる韓国は、南米の古豪に対して開始早々から自信に満ちた攻勢を仕掛ける。しかしながらA組を1位抜けしたウルグアイは強固なディフェンスとスアレス、フォルランのカウンターで反撃し一進一退の激しい攻防が展開する。先手を取ったのはウルグアイ。フォルランのクロスをスアレスが押し込み、自慢の2トップでゴールを奪う。しかし韓国もひるむことなくポゼッションを支配しサイドからアタックを仕掛ける。
後半、韓国のFKからイ・チョンヨンが頭で決めて同点。さらに勢いづいて一段と攻勢に出るがウルグアイの粘り強い守備にチャンスをことごとくつぶされる。そうこうしているうちにCKからスアレスが決めて再びリードを許してしまう。韓国は終了間際にパク・チソンの折り返しからイ・ドングのミドルでゴールを捕らえるがウルグアイの必死のクリアでこの絶好機を逸して万事休す。韓国はここ10年で対ウルグアイ戦5連敗。またしてもこの壁を越えることは出来なかった。しかしNHKの韓国びいきの解説にうんざり。なぜ同じアジアということだけで一方的な身びいきをしなければならないのか理解できない。

●ガーナ2-1アメリカ
アフリカ勢で唯一決勝トーナメントに進んだガーナは圧倒的な応援を受け開始早々積極的に攻勢に出て、ボアテングが立ち上がりに先制弾を決める。試合が落ち着くとアメリカも持ち前のスピードで反撃、たまりかねたガーナDFはPKを与えてしまい、ドノバンが冷静に決めて試合を振り出しに戻す。その後両チームの一進一退の攻防が続くが90分で決着がつかず延長戦へ。足が止まりかけたガーナに対しアメリカの勝ち越しは時間の問題と思っていたが、ガーナのエースギャンが驚異的な身体能力を生かしてアメリカDFの裏へ飛び込み決勝弾を叩き込む。アメリカも最後まで全力を振り絞って追撃するもアルジェリア戦の奇跡の再現はならず力尽きる。

6月27日
●ドイツ4-1イングランド
欧州を代表する強豪同士の好カードとなったが、イングランドはグループリーグではあまり調子が上がらなかった。その好不調の差が出たのか序盤にドイツがクローゼの先制弾、ポドルスキーの追加弾でイングランドを突き放すが、イングランドもすかさずCKからアプソンが合わせて追い上げる。さらにランパードの強烈なミドルがドイツのバーを叩きゴールを割ったものの主審はノーゴールの判定、66年の因縁の決勝戦の逆をいく疑惑のゴールで同点のチャンスを逃してしまう。後半に入り前がかりになるイングランドの隙を突いてミュラーが立て続けにカウンターで得点し、気がつけば3点差でドイツの完勝。最後まで調子の上がらなかったイングランドに対しドイツのスキの無い強さが光った。しかしあのイングランドの幻のゴールが認められていたら試合の行くへはどうなっていたか、つくづく不思議な巡り合わせである。









●アルゼンチン3-1メキシコ
優勝候補筆頭のアルゼンチンに、メキシコは豊富な運動量で果敢に対抗する、しかしながらメッシ、テベスを止めるために守備に人数をかけざるを得ないので、なかなかポゼッションを取れない。アルゼンチンはメッシのミドルをテベスがDF陣の裏でボールを受けて先制。あきらかにオフサイドだったが主審も線審も見落としやらずもがなの1点を与えてしまう。動揺するメキシコにアルゼンチンの強力な攻撃陣はかさにかかって攻め、相手のミスパスからイグアインが2点目をゲットして前半を終える。後半メキシコも果敢に攻めるもののテベスの見事なロングシュートで3点目を決められ試合はほぼ決定してしまう。あきらめないメキシコはエルナンデスの得点で追いすがるが反撃もそこまで。エルナンデス、ドスサントスといったメキシコの若き才能の健闘は光ったものの、アルゼンチンの破壊力の前に粉砕されてしまった感じだ。イングランド×ドイツ戦に続きまたしても誤審が飛び出し試合の趣を壊してしまい、今後の判定基準に大きな論議を呼ぶことは間違いない。

6月28日
●オランダ2-1スロバキア
優勝候補のオランダが、分離独立後初出場で意気上がるスロバキアと対するが、やはり地力の差はいかんともしがたい。前の試合から復帰したロッベンがこの試合でも圧倒的な存在感で堅守のスロバキアDFを切り裂く。先制もロッベンがカウンターから持ち込んで強引にシュートしたもの。後半スロバキアも反撃に出るがFKからの素早いリスタートからスナイデルに追加点を決められてしまう。力をセーブしたオランダは終了間際PKで1点を返されるが危なげなくスロバキアの挑戦を退けた。

●ブラジル3-0チリ
南米同士の戦いとなったが、チリは優勝候補のブラジルに対し守備的にならずに積極的に攻撃を仕掛けていく。しかしCKからフアンに決められ先制を許すとブラジルが徐々にゲームを支配しだす。カカーとファビアーノの華麗なパス回しから追加点を取られると完全なブラジルペースに。後半はロビーニョが3点目を決め試合を決定つけると、あとは余裕のパス回しで無理をせず手堅く勝利する。ブラジルの優勝に向けたチーム力は万全と印象付けられた試合だった。

6月29日
●パラグアイ0-0(PK戦5-3)日本
史上初のベスト8進出の夢をかけ、日本は国民の期待を背負って未知の領域への戦いに挑んだ。守備的な日本はパラグアイにポゼッションを与えるものの決定機を与えず反撃のチャンスをうかがう。日本のカウンター攻撃にパラグアイも南米一の堅い守備で跳ね返し90分間ではジャブの応酬にとどまり、延長勝負となった。日本は今大会初の中村憲剛の投入で局面の打開を試みるが決定機はなかなか作れない。逆にパラグアイの反撃であわやのピンチを迎えてしまうが何とかしのぎきり、ついに大会初のPK戦に。3番手の駒野がボールをバーに当ててしまい、これで日本の夢はついえてしまった。日本の健闘は讃えられるものの試合はレベルの低さを露呈してしまい、トップのレベル差をつめるにはまだまだ時間がかかることを思い知らされる結果だったといえよう。

●スペイン1-0ポルトガル
イベリア半島対決。なかなか調子の上がらなかったスペインだったが持ち前のパスワークが復活、C・ロナウドをはじめとしたポルトガルのスピードと見ごたえのある攻防が繰り広げられる。それでもやはりスペインの全員の総合力はポルトガルに勝り、攻めあぐねるものの試合は完全にスペインのペースに。後半ビジャの得点が決まるとポルトガルは点をとりに出ざるを得なくなる。そのスペースにシャビ、イ二エスタ、セルヒオ・ラモスらが次々とパスを通してチャンスを作っていく。結局1-0のままスペインが8強入りを果たすが点差以上にゲームはスペインのものだった。あとはフェルナンド・トーレスの決定力さえ復調すればやはり優勝に限りなく近い位置にいることは間違いないようだ。

2010年7月1日木曜日

冒険の終わりと始まり


2010年の南アフリカでの日本の冒険は終わった。

岡田監督が当初目標に掲げたベスト4には手が届かなかったものの、初の海外開催のワールドカップでの決勝トーナメント進出という金字塔は打ち立てることができた。大会前のAマッチ4連敗という絶望感も終わってみれば歴史的な2勝という結果で、日本国民からも落胆しつつも惜しみない賞賛の拍手が送られた。
パラグアイとのトーナメント1回戦での戦いも、もう少しというところで運がつきたかのように勝利が逃げて行ってしまった。しかしながらよくあるメディアのエモ―ショナルな“感動をありがとう”的な煽りはもうあまり意味がない、サッカーはこれでおしまいになるわけではなく、次のブラジル大会への準備が今からスタートを切ったということを改めて確認しなければならない。

中村俊輔のように“もうオレはいいよ”とこの舞台から去る者もいるわけだが、本田圭佑のように“全然満足していない、自分が日本人かパラグアイ人じゃなければこんな試合見ない”とさらなるレベルアップを目指す世代がこれからの代表を形づくっていくことになる。

本田の言うことは確かで国民的には熱狂し夢中になったパラグアイ戦もおそらくやっているサッカーの質という観点では凡庸な試合と他国メディアに評されても仕方がない内容だった。ならば、ブラジル大会に向けて今回何が欠けていたのか、戦術的にも、選手の育成にも、協会のバックアップ体制にも、メディアの報道内容ももう一度分析し、再構築していくことが必要だろう。
予期せぬ好結果を導き出した岡田監督の手腕に対して手のひらを返したような絶賛や批判論を繰り返してきたことへの謝罪も、もうあまり意味がない。次の監督をどうして、おそらくは代表からいなくなっていく世代の選手の後にどんな人材を起用し、経験を積ませていくのか早急にアクションを開始することこそ、今回の結果を次につなげる重要な鍵になるはずだ。

本大会ベスト16を越えることを考える前に、アジアを勝ち抜く困難な戦いがある。しかも2年後にははやくもその長きにわたるチャレンジが始まることを考えると時間がそれほど多くあるわけではないのだ。

感傷に浸るのは1日だけでいい。
Jリーグで、各国のクラブで、協会、スタッフ、選手たち。そして何より彼らを支えるわれわれの戦いもまた始まる。

2010年6月27日日曜日

熱戦第3幕


グループリーグの対戦が2巡し、そろそろ16強にむけた星勘定が白熱しだした。優勝候補と目された欧州の名門が思わぬ苦戦を強いられ、南米勢の躍進、アフリカ勢の不調、アジアや新興国の健闘と下馬評を覆す波乱の展開が続く。そして、この3RDレグでいよいよ決勝トーナメントに駒を進めるチームが確定するが各組とも力の差が無いだけに最後まで予断を許さない。
以下観戦雑記。

6月22日
●フランス1-2南アフリカ
前回準優勝国も狂いだした歯車は修正のしようが無い。ウルグアイ、メキシコの他力頼みかつ大量点が必要な地元南アフリカは、彼らをサポートする圧倒的なブブゼラの音に後押しされ、序盤からかつての世界王者フランス陣内に攻め込みフランスは防戦に追われる。監督に暴言を吐いて追われたアネルカと彼に同調するキャプテンのエブラ他5人が入れ替わったチームは、もはや栄光のチームの面影はなかった。南アは前半CKからクマロのヘッドで先制、焦るフランスはゲームメーカーのグルキュフが一発退場くらいさらに苦境に立たされる。
たたみかける南アはマシレラが折り返しムペラがゴールに押し込み2点目。予選突破の最低条件が見えてきたこともあって南アはさらにかさにかかって攻める。後半、交代出場のマルダが前ががりになった相手の間隙をつきカウンターで1点を返し意地を見せるが、抵抗もそこまで。フランスはA組最下位という無残な結果の前にただ呆然としていた。南アも結局は2位には届かずに開催国としては初めて1次リーグ敗退が決定、不名誉な歴史を作ってしまったが、それでも強豪相手に胸を張れる戦いぶりではあった。この日の勝利に南アフリカ国民は幸福な一夜を送ったはずである。

●メキシコ0-1ウルグアイ
引き分けでも両チームとも2位以内が確定する試合だったが、お互いそんな思惑を吹っ切った手を抜かない激しい戦いを繰り広げた。攻守にバランスがとれ無失点でそつなく勝ち点を積んできたウルグアイに、すばやいパスワークで対抗するメキシコ。メキシコは何度となく好機を作るが決めきれずに一進一退の攻防が続く。前半終了間際、今大会絶好調のフォルランが右サイドから起点になってカバニにつなぎ、そのクロスをこれまた絶好調のスアレスがヘッドで先制弾を叩き込んだ。後半もメキシコは良く攻めたが、結局この1点をウルグアイが守り抜き1位突破を決めた。メキシコは得失点差で2位通過。

●ナイジェリア2-2韓国
引き分け以上で16強進出に燃える韓国、勝てば2位通過を決めることが出来るナイジェリアが生き残りをかけて激突した。序盤から韓国は果敢に攻めるが先手を取ったのはナイジェリア。右サイドのクロスをウチェが先制ゴール。やってはいけない先取点を与えた韓国はしかしひるむことなくキ・ソンヨンのFKを初戦に続き鹿島のイ・ジョンスが押し込み同点に。後半、パク・チュヨンが中央左から得たFKを直接ゴールの右隅に叩き込み逆転。これで窮地に立たされたナイジェリアは必死の反撃を試みる。守備固めに入ったキム・ナミルが相手のプレッシャーからか思わず痛恨のPKをとられてしまいアイエグベニにきっちり決められて追いつかれると、ナイジェリアは怒涛の攻めで勝利への執念を燃やし、韓国は必死に耐える。そして何とか持ちこたえた韓国は見事、開催地以外での16強に駒を進める結果に。

●ギリシア0-2アルゼンチン
主将のマスケラーノ、エースFWのイグアインを温存し余裕のアルゼンチン。堅い守りからチャンスをうかがうギリシア。アルゼンチンはメッシを中心に攻め続けるがギリシアの定評ある堅守になかなか得点できない。均衡を破ったのは後半32分、Ckからデミチェリスが頭で落とし、混戦から蹴り込む。ギリシアもなんとかロングボールで対抗しようとするが、メッシをはじめアルゼンチンの怒涛の攻撃に防戦一方。終了間際にメッシが強烈なシュート、GKがはじいたところをパレルモが決め止めを刺す。アルゼンチン磐石で一位通過。

6月23日
●スロベニア0-1イングランド
2節終わって勝ちが無いイングランドは予選敗退の危機。さすがに気合が入ったのか監督批判で謝罪したテリーもこの日は身体を張って魂の戦いを展開。前半右サイドのミルナーから中央で合わせたデフォーがGKハンダノビッチの頭上を破り先制弾を叩き込む、初先発の抜擢に見事応えた値千金のゴールだった。その後もルーニーのシュートがバーを叩くなと攻めながらも得点が出来ないイングランドは、スロベニアに決定機を作られながらも、守り抜き2位通過で何とか面目を保った。

●アメリカ1-0アルジェリア
勝ち点が均衡し星のつぶし合いが続くこの組で激戦を展開してきたアメリカも勝たなければ予選落ちしてしまう。アルジェリアはアフリカ予選でも粘り強い戦いをしてきただけあって接戦にも耐えうるメンタルとテクニックでここまで検討してきた。序盤からアメリカは攻め立てるがアルジェリアは堅守でカウンターで逆襲する。息詰まる戦いはスコアレスのまま時間が経過する。時計は90分を回りアメリカは予選敗退の無情なホイッスルが鳴らされる、まさに最後のワンプレーで奇跡を起こす。GKからのフィードを受けたドノバンが一直線に高速ドリブルでゴールを目指し、右サイドのアルティドールへ流し、中央のデンプシーに流れるような低いクロスを一瞬の間に展開し、デンプシーは乾坤一擲のシュートを放つがGKボルヒがはじく。そこに起点のパスを送ったドノバンが稲妻のように走り込みゴールに突き刺した。地獄から天国へ。この劇的なサヨナラ弾によってアメリカは1位通過をつかみとった。サッカーはこれだから面白い。

●オーストラリア2-1セルビア
ドイツに衝撃の0-4負けを食らったオーストラリアはその後よく立て直し得失点差で予選抜けも見えてきた。セルビアも全く同様でこの試合にすべてがかかる。お互いガチンコの対決は白熱し互角の戦いが展開する。後半オーストラリアはロングボールをトップのケネディに放り込み高さで崩そうとするが、この空中戦が功を奏しケーヒル、ホルマンが立て続けにゴール。しかしながらセルビアが投入したパンテリッチが追撃のゴールを決める。両者最後まで死力を尽くすがこのまま1点差でオーストラリアが勝利したものの、得失点差で及ばず、両イレブンともにピッチで茫然と膝を折っていた。これもワールドカップである。

●ガーナ0-1ドイツ
セルビア戦に敗れ背水の陣を引くドイツは、アフリカ勢で唯一好調を保ちアフリカ期待の星となっているガーナ戦はグループリーグの大一番に。前半ガーナは持ち前の身体能力と個人技で攻勢に出るが、フィニッシュに今一つ正確性を欠く。後半、ドイツ若手の期待の星エジルが右サイドのミュラーからのパスをゴール左に素晴らしいミドルを決める。21歳のトルコ系の若き才能の一発でドイツは1位通過を確保、粘ったガーナは1点差を守り2位で16強入りを決めた。

6月24日
●日本3-1デンマーク
日本は堅い守備と果敢な攻撃と早い切り替えで高さのデンマークに対抗。序盤はトマソンを捕まえ切れずに危ない局面が続いたがDF陣はすぐに修正、逆にカウンターから松井、長谷部と決定機も作れるように。前半17分に本田、30分に遠藤と2本の芸術的なFKでゴールし圧倒的に優位に立った。デンマークは引き分けでは上がれないので3点のアドバンテージを持つことに成功したのである。デンマークは高さでパワープレーを仕掛けてくる。たまらずPKを与え1点を失ったが、間隙を突いた本田が岡崎に流し試合を決める3点目をゲット、日本はサッカー史に残る開催地以外での初の16強入りという金字塔を打ち立てた。



●カメルーン1-2オランダ
優勝候補の呼び声高いオランダは前半からモチベーションの上がらないカメルーンを攻め、ファンぺルシ―が先制。後半カメルーンがPKを得てエースのエトーが冷静に決めていったんは追いつくが、負傷で戦列から離れていたロッベンが復帰しいきなり強烈なシュートでポストを直撃、詰めていたフンテラールの決勝ゴールをおぜん立てした。点差こそ最少だったが危なげなく首位通過、ロッベンの復帰でトーナメントに最強の切り札が加わった。

●スロバキア3-2イタリア
2試合で勝ち星なしの勝ち点2と崖っぷちのイタリアが悲壮な覚悟で登場したが、前半早くも不用意なパスをカットされスロバキアのビテクに先制弾を許してしまう。後半、負傷で今大会出場ができなかった司令塔のピルロを投入し勝負をかけるが、再びビテクにクロスを合わされ失点してしまう。負けられない意地で圧倒的に攻めるがゴールは遠い。ディナタ―レのゴールでやっと1点をもぎ取るが、焦るイタリアを見透かしたようにスロバキアにカウンターを仕掛けられ逆に失点し突き放されてしまう。あきらめないイタリアは終了間際にクアリャレラが1点を返すがここで力尽きる。前大会のチャンピオンチームは伝統の守備陣の崩壊でグループリーグで敗退するという屈辱に沈み、スロバキアは分離独立後、歴史に残る16強入りを果たした。

●パラグアイ0-0ニュージーランド
ここまで堅い守備で検討してきたニュージーランドがアウェイのユニフォーム“オールブラックス“で登場。しかし南米の強豪パラグアイの実力の前に圧倒され終始守勢を強いられる展開。サンタクルス、べラ、カルドソと強力なFW陣に対しニュージーランドは5バックで対抗し何とか守り抜いた。パラグアイは引き分けでもそつなく首位通過。ニュージーランドは予選落ちではあったが3分け無敗の大健闘で大会を締めくくった。

6月25日
●ポルトガル0-0ブラジル
大会きってのスーパースター、C・ロナウド擁するポルトガルが王国ブラジルに挑戦。前節の退場でカカ―を欠いたブラジルだったがルイス・ファビアーノが再三ポルトガルゴールを脅かすものの得点ならず。逆に後半はロナウドのスピードで決定機を作られてしまうが、歴代代表でも守備に秀でるブラジルは何とか相手エースを抑え込んでスコアレスで痛み分け。死の組といわれた組み合わせだったが両国で1,2位通過を順当に分け合った。

●北朝鮮0-3コートジボワール
ブラジルには健闘したもののポルトガルに大敗を喫した北朝鮮は、そのショックを引きづってしまったかコートジボワールに序盤から圧倒される。14分にヤヤ・トゥ―レ、20分にはドログバの強烈なシュートからこぼれたボールをロマリックが頭で押し込み一気に失点を重ねてしまう。その後、鄭大世を前線に残し全員で守備に回った北朝鮮にてこずりなかなか追加点が入らなかったが後半37分にカルーが3点目を奪い万事休す。鄭大世もドリブルで持ち込み好機を作ったが不発。彼らの44年ぶりの冒険は終わった。

●チリ1-2スペイン
スイスに敗れ窮地に立ったスペインがグループ最大の敵・好調のチリに挑む。F・トーレス、ビジャの2トップ始めイニエスタ、シャビ、シャビ・アロンソとタレント集団が華麗なパス回しをかなぐり捨て泥臭く勝利を狙う。前半ビジャが先制し優位に立つとやっと余裕も出たのか、華麗なパスワークが通りだしイニエスタが見事な追加点を挙げる。チリも豊富な運動量でよく対抗、後半早々に1点を返すが、退場者で一人減ったチリはスペインを崩しきれず、このまま試合終了。優勝候補の呼び声高かったスペインはなんとか16強入りを果たし面目を保った。

●スイス0-0ホンジュラス
スペインを破る快挙を遂げたスイスもチリに手痛い1敗をくらい、この試合の勝利にトーナメント進出をかけるが、試合を支配しながらも決定機で精度を欠き得点できない。逆にホンジュラスのカウンターを仕掛けられピンチに立つ局面も出てくる。焦るスイスもついに得点を奪えないままスコアレスドローに終わり、全員ががっくりとピッチに崩れ落ちた。この痛み分けで両チームともグループリーグ敗退が決定。


結局この3rdレグでグループリーグが終了した結果、決勝トーナメントの組み合わせは以下の通りに、
A組1位ウルグアイ対B組2位韓国、C組1位アメリカ対D組2位ガーナ、E組1位オランダ対F組2位スロバキア、G組1位ブラジル対H組2位チリ、D組1位ドイツ対C組2位イングランド、B組1位アルゼンチン対A組2位メキシコ、F組1位パラグアイ対E組2位日本、H組1位スペイン対G組2位ポルトガル

いよいよ大会も最高潮を迎える。

2010年6月25日金曜日

輝かしい朝


嬉しい朝を迎えた。
サッカーを長く見続けてきて良かったと思った。
そしてその輝かしい一瞬の時を、南アフリカの地で共有できていないことを猛烈に悔やんでいる。
2010年6月24日(ルステンブルグ/ロイヤル・バフォケンスタジアム)グループEサードレグ、日本3-1デンマーク。

正直言って、岡田武史率いる日本代表が今大会ベスト16に進出できるとは露ほどに思っていなかった。
単にチームが大会直前まで調子が上がらないということは関係なしに、カメルーンにしろ、オランダにしろ、デンマークにしろ今までのサッカーのレベルから見てその差は歴然としていた。対戦国の監督とかは日本も警戒しなければならないと言いながら勝ち点3は計算していたはずだし、FIFAの関係者だって世界のメディアにしたって、このE組は死の組に近い(上位3チームのだが)顔合わせだと思っていたに違いない。

“世界を驚かそうぜ”という岡田が唱えた合言葉が、本当に世界に衝撃を与えたのである。


試合を振り返るのは、もうすでに嫌っというほどメディアのニュースで繰り返して報道されているのであえてここには記さないでおくが日本サッカー史に新たな1ページを書き加えた代表選手たち、スタッフ、関係者たちに心から祝福したいと思う。

そしてもう4日後には新たな戦いがすぐ控えている。書き換えた歴史にさらに輝かしいページが加えられていくように願ってやまない。

2010年6月23日水曜日

熱戦第2幕へ


ワールドカップはグループリーグのセカンドレグが終了。
連日の朝まで生テレビで観るほうの体力も消耗戦を強いられてきたが、セカンドレグで欧州の強豪の明暗がはっきりしだした。フランスはじめイングランド、ドイツもピンチに立たされ、アフリカ勢もカメル―ンが早くも脱落、新興国の検討もあって各組混戦の様相でますます目が離せない。
日本の行方も気になるが、各国の戦いぶりでワールドカップの盛り上がりもヒートアップしてきた。
試合見ながらTwitterを打ち込むことも多くなったが、ワールドカップ関連のTLの盛り上がりも凄い。
以下セカンドレグの観戦雑感。


16日
●南アフリカ0-3ウルグアイ
前半、ウルグアイのディエゴ・フォルランの目を瞠るミドルが炸裂し、それまでほぼ互角の展開を見せていた南アフリカに動揺が走る。後半は焦る南アにウルグアイの巧みなゲーム運びでことごとくチャンスの芽を摘まれていくうちにPKを与えてしまい、フォルランに追加点を決められてしまう。地元の声援を受け打開を図ろうとした“バファナバファナ”は結局なすすべなく終了間際に決定的な3点目で、失意の完封負けを喫してしまう。この敗退により開催国の16強入りは極めて厳しい立場に追い込まれてしまった。

17日
●アルゼンチン4-1韓国
韓国の果敢なアタックで立ち上がりは興味深い展開だったが、メッシのスーパーなボールキーピングとテべスのエネルギッシュな切り込みで徐々に流れはアルゼンチンに。FKからの朴主永の不運なオウンゴールも相手のプレッシャーがじわじわ効いてきた結果なのかもしれない。さらにイグアインがヘッドで追加点を捕った時に、これで韓国も終わったかと思いきや、前半終了間際にイ・チョンヨンが相手DFの軽率なプレーから1点を返してゲームは面白くなった。しかしながら後半もメッシを止めようがなく、人数をかけさせられ対応に追われるうちに、イグアインがごっちゃんゴールでハットトリックを難なく達成。メッシ一人で韓国のあわよくばの野望を打ち砕いた。

●ナイジェリア1-2ギリシア
ナイジェリアは立ち上がりにFKがそのままゴールに飛び込み優位な出だしができ、その後もゲームを支配する。ところが接触プレーにいら立っていたカイタが相手DFのトロシディスを蹴り上げ一発レッド。この愚かな行為がナイジェリアに傾いていた流れを変えてしまう。数的優位に立ったギリシアが高さを利用してゴール前にロビングボールを挙げてチャンスを作っていく。前半終了間際サルティンギディスがこぼれ球からギリシアW杯史上初ゴールで同点にした後、後半はギリシャが俄然攻勢に立つ。トロシディスがCKから決勝ゴールを押し込んで、ギリシアが歴史的な1勝を勝ち取った。これによってアルゼンチン以下横一線に並んだ3チームの2位争いが予断を許さなくなってきた。

●フランス0-2メキシコ
第1戦を引き分けたフランスはこの試合を落とすと窮地に立たされるが、メキシコはかなりの難敵。ドメニク監督はリベリーをトップ下に張らせるシステム変更で臨むが、メキシコもドス・サントスやエルナンデスといった元気がいいFWがフランスDFの裏を狙う。後でわかったが試合運びがうまくいかない苛立ちからハーフタイムにアネルカが監督を批判し後代させられるバタバタ劇が発生。攻守のバランスも悪く後半ついにエルナンデスに裏を取られ失点してしまう。こうなるとチームの意思がばらばらになったまずい展開でフランスはなすすべなく相手にPKを献上、ベテランのブランコに難なく決められ万事休す。フランスの病状は重い。

18日
●ドイツ0-1セルビア
初戦に圧勝したドイツと手痛い1杯を喫したセルビア、セルビアの負けられないコンタクトプレーで試合はヒートアップし、前半のうちにドイツの得点源の一人クローゼが2枚のイエローで退場という事態に。ヨバノビッチが動揺するドイツの間隙をぬって先制弾を叩き込むと、一人少ないドイツもポドルスキを中心にパワープレーを仕掛けるがなかなかゴールに結びつかない。後半に入りドイツは相手のハンドでPKを得る絶好のチャンスを迎えるがポドルスキが何と止められてしまう。後半の時間の経過とともに数的優位に立ったセルビアにかわされドイツは痛い敗北を喫してしまった。セルビアはガーナに負けたショックから立ち直り、なんとか16強入りに踏みとどまった。

●スロベニア2-2アメリカ
スロべニアは前半ビルサが中央から見事なゴールで先制、試合を優位に支配する。さらに前半終了間際に高さで追加点をもぎ取ってゲームをほぼ手中にしたかに見えた。しかしアメリカは苦境に立つと異常な根性を発揮する。後半開始早々にドノバンが切れ込んで魂のゴールが炸裂。その後もドノバン、デンプシー、アルティドールが繰り返しゴールに肉薄、ついにこらえきれなくなったスロベニアはブラッドリーに決められ追いつかれてしまう。こうなると勢いはアメリカ、何度となく決定機を作られるがスロベニアは何とか耐え抜き引き分けに持ち込んだ。アメリカのファイティングスピリッツと団結心は観る者の心を熱くさせる。

●イングランド0-0アルジェリア
初戦を分けてしまったイングランドがアルジェリアには確実に勝点3を稼ぎたいところだったが、アルジェリアも巧みなテクニックとスピードで対抗、一筋縄ではいかない健闘ぶり。タレントに勝るイングランドも何度となく攻めるものの元琉球FCのGKボルヒの攻守にゴールを割れない。最後はトップにクラウチを投入しパワープレーを試みるが最後まで得点ならず。2試合連続の引き分けでイングランドは窮地に立たされた。

19日
●オランダ0-1日本
日本最大の敵に対しチームワークと組織的守備で対抗、圧倒的にポゼッションを取られながらシュート数はオランダを上回る善戦ぶりだったが、後半疲労とともにバックラインが下がりスペースを与えスナイデルに強烈なシュートを決められ金星ならず。

●ガーナ1-1オーストラリア
初戦で大敗したオーストラリアは格上のガーナ相手に負けられない戦いを強いられる。ところが立ち上がりホルマンがゴール前に詰めてオーストラリアは先手を打つことに成功、これでゲームの行方が面白くなる。しかしながら前試合のケーヒルに続き、この試合でも主力のキーウェルがハンドで一発退場をくらいPKで失点してしまう。その後ガーナの個人技とパスワークでプレッシャーをかけられたオーストラリアは数的劣勢に耐えなんとかドローに持ち込んだ。ドイツのよもやの敗北でこのグループの行方も混沌としてきた。

●カメルーン1-2デンマーク
日本に手痛い1杯を喫したカメルーンが得点源のエトーを右サイドからセンターに移し、積極的に仕掛ける。開始10分に中央からエトーが見事に決めて、早速エトー効果が表れたが、デンマークもロメンダ-ル、ベントナ―の高さとスピードで対抗。前半のうちにこのコンビで最後はベントナ―がフィニッシュし同点に。後半さらにロンメダ-ルの攻撃にカメルーンDFは対応に追われていたが、ついに鮮やかなファインゴールを決められてしまい、“不屈のライオン”カメルーンは早くも敗退が決定してしまった。しかしながらデンマークは最少得点差の勝利ということで日本との決戦で勝つことを義務付けられてしまう。

20日
●スロバキア0-2パラグアイ
南米2位のパラグアイがその能力を見せつけ、スロバキアのフィジカル頼みのサッカーをテクニックと速さで翻弄。危なげなく得点を重ね、最後まで相手に主導権を渡すことなく勝つ点3をゲット。16強入りに大きく近づく。

●イタリア1-1ニュージーランド
参加国中最弱の評価のニュージーランドだったが、初戦の終了間際にスロバキア相手に見事な同点弾で勝ち点1を拾っただけに、優勝候補相手にも臆せず守りを固めてカウンターでチャンスをうかがう。さすがに圧倒的にボールは支配されるが前半早々、FKからのロビングを名手カンナバーロがマークを外されスメルツによもやの先制弾を押し込まれてしまう。反撃に出たイタリアも前半30分を経過しやっとデ・ロッシが相手エリア内でPKを得る。これをイアクインタが確実に決める。圧倒的に攻めるイタリアの逆転は時間の問題かと思われたがニュージーランドの高さを生かしての必死の防戦とGKパクストンのセーブでゴールが決めきれない。逆に散発的だがカウンターをしかけられ失点のピンチも飛び出す始末。攻めに攻めたイタリアだったが時間の経過とともに焦りが見え始め攻撃も強引になり相手DFに跳ね返されてしまいついにタイムアップ。ニュージーランド今大会最大の番狂わせで、イタリアは2戦終わって勝利なし!予選敗退の大ピンチに立たされてしまう。

●ブラジル3-1コートジボワール
本命ブラジルがアフリカ勢最強と目されるコートジボワールと相まみえたが、序盤互角の試合運びからカカ―、ロビーニョの華麗なパス回しでブラジルは徐々にエンジンをかけ始める。ルイス・ファビアーノが技ありのファインゴールを突きさし先制すると、ブラジルの強さを見せつけるような連続した分厚い攻撃でエラーノ、ファビアーノとゴールを重ねていく。後半エース、ドログバが一矢報いるシュートを炸裂させるがコートジボワールの反撃もここまで。カカ―の退場は余計だったがブラジルがなんなく難敵を料理した。

21日
●ポルトガル7-0北朝鮮
初戦王者ブラジルに大善戦した北朝鮮が、66年大会以来の因縁の相手ポルトガルに挑戦。立ち上がりは北朝鮮も良く攻め上がっていたが、徐々にポルトガルの個人技と速さの対応に追われだす。前半は先制されたものの何とか1点でしのぎ後半の反撃が期待されたが、シモン、アウメイダと立て続けに得点を許すと、DF陣の集中が切れてしまい次々とゴールを決められてしまう。ここまで無得点だったCロナウドも得点し終わってみれば7-0の大差。北朝鮮のリベンジは地力の差で返り討ちにあってしまった。この大敗に北朝鮮のメンツはぼろぼろ、帰国後選手が迫害されるのではないかと心配になってしまう。




●チリ1-0スイス
チリは本当にスピードあふれる果敢な攻撃力を誇る好チームだ。優勝候補のスペインに土をつけて意気上がるスイスが相手だったが、アグレッシブでサボらないサッカーでボディブローを打ち続けるように攻撃を仕掛ける。守りを固めたスイスも前半で退場者を出しさらに劣勢を強いられる。後半粘り強い攻撃が実りチリのマルク・ゴンザレスがクロスに頭で合わせ値千金のゴール。反撃に出たスイスを抑え、勝ち点を積み上げ早くも16強入りを確かなものにした。

●スペイン2-0ホンジュラス
初戦で躓いてしまったスペインもホンジュラスには星を落とせない。序盤から変幻自在のパスワークが復活しホンジュラスを圧倒する。前半ビジャが3人抜きでフィニッシュし見事な先制弾を決め本領発揮。ホンジュラスの抵抗も散発で終わり、多彩なパスワークで試合を支配し続けビジャの2点目で試合を決定づける。スペインはこの復調でなんとなく予選突破の道筋が見えてきた。次は好調チリが相手、好ゲームが期待される。