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2011年6月2日木曜日

辛苦了!


昔取った杵柄ということで、今回から仕事を受けていたフジテレビ編成マーケティング部発行の季刊誌『AURA』が苦労の末、出来上がった。

連休以来、不眠不休で作業していたが本当に納期ぎりぎりで何とか形にしたのだが、さすがに若いころのようなわけにいかずこういう綱渡りのスケジュールを力技でこなすのには、もう自分的には限界が見えた気がする。
ただ、今号は3.11の東日本震災とメディアがテーマだったので、ハード(製作)的にはそれこそハードだったがソフト(内容)的には興味深い取材が多かった。巷間ではあまりよく言われることのないテレビ局の報道だが(特にフジは)当事者たちの使命感なり職業意識なりはなかなか熱いものがあり、ニュース映像の裏側の人間ドラマがあったことを改めて認識できたのも良かったと思う。

まあどうでもいいことだが、フジの報道現場の人間たちが局長クラスに至るまでほとんど全員が自分より年下だったというのもちょっとショックだった。今を去ること20数年前にT誌創刊で河田町時代のフジの報道局に24時間貼りついたことがあったが、あの頃は取材した人はみな自分よりはるかに大人だったのに。

ただ今回何度かフジに出入りしたことと、新規のコラムの依頼等で、長らくあっていなかったメディア周りの知人と再開できたのは楽しかった。ちょっとつらい仕事だったがこういう人脈が上手くいかせたりできるところに仕事のひそかな喜びが見いだせたりする。季刊とはいえ次号はすぐ動きださねばならないようだが、しばらく休養を取って台湾にでも遊びに行きたい心境ではある(探さないでくださいの留守電入れとくかw)。

ともあれ今回制作にあたってご協力いただいた方に感謝するとともに、ご迷惑をかけた倍する方々にあらためてお詫びいたします。

2011年4月23日土曜日

84年の雑誌をめくって


同世代の人間に会うたびに、スーちゃんの訃報でショックを受けていると聞かされる。
昨日は雑誌「ぴあ」の休刊の話もあって、時代の移り変わりの寂しさを嘆く仲間のTwitterの書き込みも多かった。
震災や原発で心がざらついているところに追い打ちをかけるようなニュースが立て続けに舞い込んでくる。
――いやおうなしに時代は変わった。なんだかあの巨大な津波が戦後の日本の記憶を一気にリセットしてしまったかのような気になる。
まったく空白になった社会の空虚さをかみしめながらこれからは生きていかなければならないのだろうが、その描き手はもう我々ではないような気もする。

前の日記でも書いたが、かつてT誌でスーちゃんの取材をしたことがあって、その雑誌が無いだろうかと何冊かとってあった80年代のバックナンバーをひっくり返していたら、ビンゴ! 1984年の2月24日の当該号を発見した。表紙は当時18歳の人気絶頂だった頃の伊代ちゃん。黄ばんだページをめくっていると、“蘭咲きました”のコピーでスクーターのCMに起用されたランちゃんの広告も掲載されている。皆それぞれの道を頑張っていたんだ。この「週刊ザテレビジョン」ではランちゃんもミキちゃんも取材したことがある。ランちゃんは生田スタジオで、みきちゃんは旧TBSの近くじゃなかっただろうか。

そうそう、このときはスーちゃんが女優転向後に初めて歌手として6年ぶりくらいでレコード(当時)発売したタイミングだったな。
当時仲良くさせてもらっていたビクターインビテーションETさん、YGさんからの熱心な売り込みで担当していた“今週の赤マル急上昇”に押し込んだんだ。
あの時「カボシャール」というタイトルを聞いて、あまりヒットするようなタイトルじゃないんじゃないかと秘かに思ってしまったけど、YouTubeでいまあらためて聞いてみると結構いい曲で、大人になったスーちゃんの魅力が良く引き出されている。
確か原宿の裏道の喫茶店で待ち合わせて取材したんだっけ。Yカメラマンによる写真はちょっと憂いを含んだ表情だけどインタビュー中は終始明るくよく笑っていた気がする。店の窓の布張りのシェードからこぼれてくる冬の午後の陽光が彼女の美しい横顔に差し込んでいたなあ、写真を見ているとその日の記憶が甦ってくる。思えばあの頃は、自分も含めみんな若かった、それからの未来は知る由も無いイノセントな時代の中にいた。

しばし彼女のグラビアを見ながら在りし日の記憶を辿りつつ思い出にふけっているうちに。なんだか自分がすごく歳をとってしまった感じがしてきた。
ただ、先に逝った人たちの記憶を抱きながら、明日からまた空白になった時代を歩き出さなければならないのは確かだ。時代の流れは止まらないしまだまだ人生は続く。

2010年5月19日水曜日

本田の表紙はなかなか冒険だったぜ


このゴールデンウィークに会社に缶詰めになっていた仕事がついに一段落。昨夜やっと雑誌の形になって上がってまいりました。
『2010ワールドカップをぜんぶ見る』ということで、スカパー!、NHK BS、地上波のすべての中継スケジュールが入ったテレビ観戦ガイドの決定版です。
なんといっても、南アはあまりにも遠い。治安も悪いし金もない、今回は現地観戦をあきらめてテレビで観るぞ、なんて人が多かろう(かくいう私も)ということから企画されましたが、番組表解説以外にも読みどころ満載です。サッカーのにわかファンからオタクまで充分楽しめるものと自負しております。
しかも定価500円は安すぎ!

6月11日の開幕日には是非お手元に。よりワールドカップが楽しめること間違いなしです。


月刊ザハイビジョン7月号増刊
『2010ワールドカップをぜんぶ見る! TVサポーターブック』(角川マーケティング刊)定価税込500円
5月20日(木)発売

2009年9月17日木曜日

10th Anniversary


早いものでもう10年。
今日はかつてスタッフの一員として台湾で立ち上げた『Taipei Walker』誌の創刊10周年に当たる。
当時はウォーカーシリーズが絶好調の時期、日本の出版社の初の海外進出ということで、今では考えられないくらいの勢いで手間も金もかかったプロジェクトだったし、いわば無謀なまでのチャレンジとも言えたが、正直仕事のダイナミズムに夢中になれたし、生涯でも忘れえぬ面白い日々だった。

なんといっても思い出深いのは創刊前後の1週間だ。
当初は、日本のウォーカー同様に火曜日発売を予定し本来だったら9月21日が創刊日であった。しかしながら台湾での週末の人の出や、創刊イベントや宣伝等のタイミングを考えて直前に前週末の17日を創刊日に繰り上げたのが幸いし(本社は突然の変更に激怒、担当役員からずいぶん怒られたが)、迎えた創刊日には台湾出版史上空前の部数を売上げすっかり面目躍如。そして本来の創刊日だった21日になんと台湾大地震が発生したのである。今思い返しても冷汗が出るし本当に天の啓示だったと思わざるを得ない。

その後2年にわたる台北暮らし、シンガポール駐在と続いていくのだが、その間にも20世紀最後の日を台北の中山競技場のカウントダウンイベント会場で迎えたり、明けて3月の総統選挙で1911年以来君臨していた国民党政権が瓦解した現場で興奮したり、いろいろなことを体験したがみんなみんなつい昨日のことのようだ(その時の主役・陳水扁総統もいまや獄につながれているのが月日の経過を感じさせるが)。

『Taipei Walker』はその後、隔週刊行が月刊となったがデジタル化もうまく行って、“台湾の雑誌”としてすっかり定着したようだ。自分自身はもはや単なる部外者となってしまったが、当時の同僚だったST氏はいまだに香港と台湾を行き来し現地で頑張っているし、ジョブホッピングが当たり前の台湾人スタッフも何人か辞めずに頑張っている。本当に彼らにはこの10年の成果に対して心からおめでとうと言いたい。また当時仕事でお世話になった日系企業の現地駐在の人たちや多くの現地の協力者にも改めて感謝の意を表したいと思う。

聞けば来月には創刊10周年ということで久々の雑誌主宰のフリーマーケットのイベントが行われるらしいので(第1回目の発案者なのだ!)、ぜひ参加したいと思っている。いまから当時苦楽を共にした仲間の顔を見るのが楽しみである。

2008年9月4日木曜日

ROADSHOW お前もか


先日、某出版社幹部の友人を訪問したとき、今年の雑誌の売り上げデータを見せていただいたのだが、グラフは軒並み下降線を示していて本当に出版不況を実感した。友人によると特にこの3ヶ月来の売り上げが株価の暴落のように落ち込んでいるとため息をついた。

そんな矢先、何誌かの雑誌廃刊のニュースが相次ぎ、それも出版社にとっては歴史のある看板雑誌的なものも多く改めて友人の嘆きがリアリティをもってくる。
今年になって休・廃刊になった(なる予定の)雑誌をちょっと調べて見たら、
・NIKITA(主婦と生活社)・TITLE(文藝春秋)・BOON(祥伝社)・SESAME(角川SSコミュニケーション)
・Zino(KI&Company)・広告批評(マドラ出版)・Log-in(エンターブレイン)・主婦の友(主婦の友社)
・Gauguin(東京ニュース通信社)・ランティエ(角川春樹事務所)・Bagle(学研)・駱駝(小学館)・週刊ヤングサンデー(小学館)・REINA(KKベストセラーズ)・論座(朝日新聞出版)・KING(講談社)・Style(講談社)・PLAYBOY日本版(集英社)・ROADSHOW(集英社)・月刊現代(講談社)・BOAO(マガジンハウス)・GRACE(世界文化社)・マガジンZ(講談社)

と、ざっとあげたところだけでもこれだけの雑誌が無くなってしまう(しまった)。

なかでも個人的には老舗の映画誌『ROADSHOW』が11月発売号を持って休刊するニュースを聞いて感慨深いものがある。90年から4年間にわたって映画雑誌の編集長をしていたことがあっていわばライバル関係にある雑誌だった。その頃はすでにかつての勢いは無かったがそれでも『ROADSHOW』は類誌ではナンバー1の部数でわれわれの目標でもあった。というかなによりも中学生の頃、洋画にはまりだして『ROADSHOW』のキャサリン・ロスやジョアンナ・シムカスのピンナップ欲しさにずいぶんと買わせていただいてきた思い出の雑誌である。

昨今の原油の高騰にともなう紙代、運送コストの大幅な値上げ、世界的な景気の後退感による広告減、雑誌が立ち行かなくなる要因はいくつか挙げられようが、やはり若い世代(そうじゃなくても)の活字離れによる部数の落ち込みが根底にあるのだろう。特に『ROADSHOW』のような雑誌はネットやモバイルなど情報の環境そのものが時代とともに大きく変化した部分が大きいのかもしれない。こうなってくると『ROADSHOW』に限らず情報系の雑誌の切り口は本当に難しくなる。
時代のせいといったら簡単なのだが活字を飯の種にしている身としては問題は切実である。
また、広告収入だけに頼って安易な企画で理念の無い企画を通してきた作り手の責任もあるはずである。
雑誌の休刊を惜しんだり感傷的になったり、仕事の減少を嘆く前にまず、今の時代に何が必要とされ、どんなものに共感を得られるのか、この不景気の中お金を出してまで欲しくなる情報は何なのか、個人的にもいまいちど気合を入れて考えなければならないだろう。雑誌の休刊は実際に何誌か潰してしまった過去の自戒の念も含め本当に他人事ではない。

2008年8月14日木曜日

覆水は盆にカイラスだって


前の日記をアップしたばかりで飛び込んできたのは雑誌『カイラス』の発行元アーバンコーポレイションの倒産のニュース!総額2558億の負債で今年一番の大型倒産らしい。不動産不況がたたったということらしいがここ何ヶ月かの株価の動きも変だったので大丈夫かなと心配はしていたのだが。
旧知の仲でもあるKN編集長から電話をいただいたのだが、いつもニヒルなKN氏もさすがに焦っていた。そりゃそうだろう。

せっかく第3号目の作業に入っていたのだが、雑誌自体の存続は決まってはいないものの多分難しいだろうなあとのこと。こっちにとっても取材や原稿発注も済ませていたので迷惑をかけてしまう関係者も多い、あるライター氏からは“覆水盆にカイラス”と笑わせてもらったが、こちらとしても仕事がなくなってしまうのはなんとも痛いので本当は笑い事ではない(涙)。たまたま昨日も別口の取材先(クライアント)で景気の悪さを嘆きあったばかりなのだが実際直接的にこんな形で体感させられるとは思わなかった。

与謝野経済相がここのところの景気後退を「対外的要因だから楽観的に考えるほうが正解ではないか」などと脳波がおかしいんじゃないかとしか思えない危機感ゼロの発言してたが、この倒産劇とかどう思うんだコラ。なんだか本当に嫌な時代になって行きそうだ。

『カイラス』は金がかかったスカした雑誌だったけど、地球環境にテーマを置いた骨太さも持ち合わせていた。これで終わらせてしまうには本当に残念のきわみだ。どこかで発行元変わって継続できないものだろうかと切に思う。