2009年12月31日木曜日

週間呑みアルキスト12.14~12.31


●12月14日
友人のHT氏、前週の忘れたマフラーを取りに再訪。無事ピックアップした後は神保町の女性スタッフでまかなう沖縄風ダイニング『東京アチコーコー』へ。ワインを軽くあけた後に、お決まりの『明治屋2nd』へハシゴ。

●12月15日
肩の負傷のリハビリ中のKJ氏が顔を出す。神保町東京パークタワーの蕎麦屋『柳屋』で軽く一杯。ここはむしろKJ氏が最近まで勤めていたKS社の御用達で、KJ氏もお店のスタッフと親しげに挨拶している。そのKS社も来年早々に神田錦町から虎ノ門へと引っ越すそうで、割とKS者の連中とは界隈の飲食店でよく遭遇していただけにちょっと寂しくなりそうだ。軽くですまないKJ氏だけにバー『クラインブルー』に河岸を変えるが、まだまだ本調子ではないのだろう終電前に解散。

●12月16日
デザイン会社MM社のOG社長と女性スタッフ2名にT出版O社長を加えて忘年会。場所はフジテレビが引っ越して以来閑散とした感がある曙橋は住吉町の『Dining&Bar ONE』というお店。急な螺旋階段の2階にあるこじんまりしたレストランだが、通りに比してお店は盛況。ランチ時には行列ができるというだけあって、料理は手が込んだフレンチ&イタリアン、ワインもリーズナブルな価格帯でなかなかのパフォーマンス。厚岸の生牡蠣は超美味で、一度ノロウィルスの洗礼を受けただけにちょっと心配だったがええいままよとあっというまに殻の山を築いてしまう。

●12月18日
旧K社つながりで現在はそれぞれ独立している面々で忘年会。お店の選択を任されたため地の利を生かさせてもらい神保町のわが社の隣にオープンしたばかりの焼き鳥屋『ぼんちゃん』で開催。シーズンど真ん中の金曜日で予約がとりにくい日ではあったが、ここは開店したてでいつもかわいそうなくらい空いていた。案の定うまく7名でOKになったが、さすがにこの日だけはいつになく混んでいて、3人のスタッフはてんてこ舞い。焼き鳥自体はとってもおいしくコース料理もコストパフォーマンスがよいので結構高評価、これで何ではやらないか不思議だ。認知不足?店の構えが高そうに見える?そもそも飲み屋には不向きな場所柄ということなのか?水商売も難しいものだ。会のほうも厳しき時節の折もあって愚痴のこぼしあいになるかと思ったが、それはそれで楽しく終了、皆さん来年も頑張りましょう。

●12月21日
わが社の向かいのデザイン会社SB社で、恒例となった社内忘年パーティーに参加。事務所内パーティーとはいえ料理は乾き物にあらず、特別に『明治屋2nd』に発注した大皿プレートが並び、シャンパンもワインも何でもござれで結構ゴージャスな会である。いつもの仲間に加え今年はSB社が装丁した本の著者の織物作家・龍村光峯先生のゲスト参加もあって椅子が足らなくなるほどの盛況ぶり。こういう手作りの忘年会もなかなかいいものだ。わが社の5周年でも是非と思うが、後片付けがちょっと大変かな?

●12月25日
帰りがけ新宿2丁目の『T's Bar』に今年の行き収めと思い立ち寄る。常連の元気なオジサマW氏の与太話に耳を傾けながら軽く呑んで帰る。


●12月26日
いきつけの『明治屋2nd』はこの日が最終営業日で、常連さん貸切の忘年会。この日の料理はいつものMZママさんの手料理だけでなく近隣の飲食店から届いたプレートがずらりと並ぶ。『エスペリア』のパスタ料理、『いもや』のとんかつ、『蘭奢待』の焼き鳥、なかなか珍しい『ラーメン二郎』の特製やきそばなどてんこもり。これもマスターご夫妻のお人柄ということもあるのだろう。今年も毎日のようにお世話になりました。

●12月27日
学生時代の友人ED氏から忘年会のお誘い。ED氏行きつけのスナック『洒落人』の女性スタッフたち3名とやはり学生時代の友人で現在D大学で教鞭をとるST教授を交えて中年男3人との合コンとあいなる。場所は渋谷は東急プラザ裏の割烹『むつみ湊』。ED氏いわく“茨城の本場よりうまい”絶品のあんこう鍋に舌鼓を打つ。最後の雑炊を何杯もおかわりし一粒残らず平らげたあとに道玄坂のカラオケBOX『カラNET24』に場所を移し大騒ぎ。一年の鬱積を晴らす。

●12月30日
今年最後の呑みアルキは西武池袋線沿線に住んでいる元K誌のKN編集長と地元での忘年呑み会。KN氏の地元ひばりが丘でどこかいいところないのということで連れて行ってもらったのが焼肉『千里』。予約なしには入れないということで何とか予約を入れてもらったのだが、確かにこの年の瀬も押し迫ったのに超満員の人気ぶり。本当にカルビはじめ肉はどれも分厚くしかもジューシー、特にタン塩は絶品。またここにおいてあるマッコリがイイ。福島白河の『虎』マッコリという日本製のものだが口当たりもよく特有の甘ったるさもない。店には済州島産のものもあるが朝鮮系と思しきお女将さんですら“これ呑んだらほかの呑めないわよ”と言うだけのことはある。牛の肉をくらいつつ阪神ファンのKN氏と虎を飲む。なんだか干支の交代にちなんだようでもある。食事後バー『ブラウニーストーン』で軽く打ち上げ。今年も良く呑みアルキました。

2009年12月26日土曜日

中国企業のボルボなんて


ハマーに続きボルボも中国の企業(吉利汽車)のものになってしまったニュースには感慨深いものがある。
最近はすっかり車の運転をすることがなくなったが、かつてはエンスーだったし10年前まではなにあろうボルボ車のオーナーでもあったからだ。

所有していたのはアマゾンの愛称で知られる120シリーズの1967年型の122Sで、買ったときは1988年だったからすでに20年落ちで走行距離不明(おそらくは20万キロははるかに超えていた)という代物で、カーステはもとよりエアコンすらなく、バッテリー上がりはしょっちゅう、有鉛のハイオクを入れないとすこぶる機嫌が悪く(こんなガソリンを置いているスタンドはごくわずかだった)、ブレーキオイルが漏れたり、ベアリングを包むゴムが裂けたり、雨の日はいずこから水が漏れ床は水浸しというようなアンビリーバブルなトラブルに見舞われ続けた車だった。

それでも、40~50年代のモータリゼーションの雰囲気を持つフォルムや、スウェーデン鋼を使った頑丈で重厚かつヨーロッパのテイストが好きで、手はかかったが丹念にレストアしだすと、思ったよりも高速走行も可能で居住性もよく伊豆や軽井沢あたりまでよく遠出したものだ。上段の写真は、某雑誌の広告企画に“モデル”として使用されたわが愛車の在りし日の勇姿である。
苦労しながらもその後10数年乗り続けたが、海外赴任の際に泣く泣く手放さざるをえなかった、今でも惜しいことをしたと思う。


特に驚かされたのは本国のボルボ社の企業マインドで、発売30年近くを経てもなお純正のパーツを供給してくれたし(基本60年は対応するとのこと)、英文のスペック集をFAXしてくれたり、自分たちの生んだ製品に対する誇りと愛情を感じ取れたものだ。

ボルボはスウェーデンのコングロマリットで航空宇宙産業まで包括している。90年代に業績不振で乗用車の部門だけ米国のフォードに売却し、ボルボ・カーズとしてブランドをシェアしていたが、その後も業績不振の歯止めがかからず今回の中国企業へ転売される形になった。箱型のスタイリングにマンネリ感があったのか日本車や他の欧州車との競争に追いつけなかったのか、一説によるとベルトコンベアの工程を拒否し数人のグループで組み立てる職人気質のためコスト的に高級車製造以外の商品ラインアップができなかったという説もあるが、そもそも職人気質など皆無のアメ車のメーカーに売ってしまったのが問題だといいたい。同様にスウェーデンのもうひとつのブランド・サーブはGMに売却され、GMはオランダ企業に転売しようとして失敗、サーブはこれによって消滅の危機にさらされている(サーブ本社自体は軍事用航空機メーカーで健在だが)のでもわかろうというものだ。

欧米でも業績不振が解消できなかったのに国際的には新参の中国企業がどこまで経営策を打ち出せるのかという疑問もあるようだが、中華圏では意外とボルボの人気は高く、台湾でもベンツに次ぐセカンドクラスの高級車として位置づけられていたので、フォードよりは販売環境はまだマシかもしれない。
でもパクリーランドやネットで体制批判したら懲役11年食らうような国だ(これは関係ないか)、事実、吉利汽車だってロゴはBMWのパクリ、生産している車もアルファもどきやベンツもどきというトンデモ車をモーターショーに出品する悪名高きメーカーである(だからこそ本物の知的所有権が欲しかったのかもしれないが)、パーツを60年も保存するようなメンタリティがどこまで理解されるのか、ちょっと絶望的な気分である。

環境問題もあって自動車そのものの基本的な構造変化の前で、過去を懐かしんでも仕方がないかもしれないし所詮車も経年すれば消えていく運命にあるものかもしれないが、20世紀の文明の一端を担った文化と、その歴史のなかで培われた技術者たちの匠と技の伝統が消えてしまうのはなんとも寂しい気がしてならない。

いずれまた古いアマゾンを手に入れて、どこかの田舎に引っ込んで日夜愛情を注いでメンテナンスする、なんていう夢もいまだに捨てきれてはいないのだが。

2009年12月20日日曜日

スプレンディッドな夜


クラブワールドカップという呼称はどうもなじめない。FIFAがいくら大陸間のチャンピオン集めましたといっても、結局は欧州対南米でしかない。
昨夜の深夜の150分間。今年から東京からUAEに舞台を移し1週間にわたり繰り広げられてきた大陸間同士のトーナメント戦とはまったく別物の時間がそこにあった。

バルセロナ2-1エストゥディアンテス。世界中のフットボールプレイヤーの最高峰、彼らが全選手生活を賭して手に入れることを夢見るインターコンチネンタルカップ(トヨタカップではない!)は、延長の激闘の末、大会史上初めてバルセロナの手に渡った。
それも89分までは、ほぼエストゥディアンテスの掌中にあったのにである。

試合は圧倒的に攻めつつも、前半カウンター一発で唯一のチャンスを与えてやられたまま守りきられ、バルサは三度屈辱に沈むかと思われていた残り1分で追いついた。失意と疲労に沈むエストゥディアンテスはなおも渾身の力を振り絞り残された30分間を耐え抜こうとするものの、延長後半、バロンドールに輝くメッシの胸に当てて気迫で押し込んだ劇的なゴールで劇的な勝利を収めた。
美しく勝利せよ!バルサのこの日の勝ち方はかれらが身上とするテーゼとは程遠い泥臭い激闘だったが、こんなドラマティックな勝ち方ができるのもバルサだからに他ならない。

トヨタカップ(クラブワールドカップ)がFIFAの戦略上、2年間とはいえ他国の地に行ってしまい失ってしまった大きさを、この試合だけであらためて感じる。
日本のチームが彼らの域に達するのは、いくらワールドカップで世界を驚かせようが(まだだけど)あと何十年かかっても無理な話ではあろうが、たとえ彼らの彩を与えるだけの存在だとしても来年こそはACLを勝ち抜いて、せめて、せめてこのファンタジックな世界の一端にでも身を置いて欲しい。

2009年12月19日土曜日

“ジェニファー”の肖像


映画『慕情』の女優ジェニファー・ジョーンズが17日、老衰のため死去。享年90歳。


香港に行くたびに、“Love is many splended things”の甘い旋律がいまだに口をついて出てくる。
まだホテルだったころのレパルスベイに行った時は感動したなあ。


『聖処女』『白昼の決闘』『ジェニーの肖像』そして『終着駅』。
セルズニックと結婚して、その後早く引退したので作品数は多くないけど、映画史に残る業績を残したと思う。

なんとも美しい人でした。

2009年12月17日木曜日

天晴れかな景子たん


久々に日本映画のマスコミ試写に出向く。作品は友人が製作者に加わっている東映配給の時代劇『花のあと』(3月13日公開)。彼にとっては『山桜』『青い鳥』に続く三本目のプロデュース作品で『山桜』同様藤沢周平の原作ものである。監督には『青い鳥』でメジャーデビューした中西健二を起用、三本とも企画を担当する小滝祥平プロデューサーが『山桜』で庄内の素晴らしいロケーションにひかれ再び藤沢ワールドに挑んだということのようだ。

キャストは主人公の以登役に北川景子。熊川バレエの第一人者で役者としても売出し中の、なんと北川景子の現在のカレシ(お泊り愛がすっぱ抜かれたとか)という噂もある宮尾俊太郎が相手役。お二人とも時代劇は初である。また市川亀治郎、甲本雅浩、國村隼、柄本明といった渋い面々が脇を固めている。
意外と豪華なキャストではあるが、まあなんといっても北川景子にはじまり北川景子に終わるシャシンでありました。女性にありながら剣の達人という役どころで殺陣とかスタンド入れなくても大丈夫なのかいなと思っていたがなかなかどうして様になっている。プレスシートを見ると結構ハードに稽古を重ねたようで動きもピタッときまって大した美少女剣士ぶり。武家のお女中としてしゃなりしゃなりと歩く着物姿のセリフ回しの方が逆に危なっかしいくらいである(笑)。
宮尾や亀治郎と仕合うシーンでハアハア息が上がり髪を乱しながら睨みつける表情に思わずモエ~、天晴れかな景子タン。とすっかりアニオタ気分になってしまいました。

物語自体は舞台となった海坂藩の庄内ロケの美しい自然はあるものの、藤沢ワールドの微妙な機微や心象描くにはちょっと物足りなさを感じてしまう。原作とは違って(顔にちょっとコンプレックスがある設定)景子たんも美丈夫すぎるし、なんだかお女中姿もバタ臭い感じがして違和感があるけど、まあいいでしょう。キリリとした少女剣士のコスプレ(失敬!)だけでも一見の価値ありだ。

個人的には亀治郎の浮気相手役で出ている伊藤歩ちゃんの方も、まったく色気は感じられないが意外と時代劇向きなんだなという発見もあり、まあ満足。
ヒットはなかなか難しいしいと思うが、映画はそんなに儲からないねと嘆く友人には、頑張って今後もいろいろ企画を続けて下さいなとエールを送っておきたい。

2009年12月15日火曜日

週間呑みアルキスト11.30~12.13


●12月3日
元KS社KJ氏来社。会社の近所のイタリア居酒屋『ピアンタ』で食事、量り売りのワインを軽くボトルで消化してしまう。KJ氏は肩を骨折して以来リハビリの日々とはいえ、徐々に本来のペースを取り戻しつつあるようだ。結局呑み足らずに『明治屋2nd』へ。

●12月4日
新宿に所用があったため、久々に2丁目の『T's Bar』を覗く。比較的早い時間だったが珍しく(失礼)ほぼ満席の盛況ぶり。フリの団体さんが2組入ってきたんですよとTマスターはせわしく切り盛りしながらちょっと嬉しそう。そういえば師走最初の週末で結構通りにも人通りが多いようだ。忘年会の季節がそろそろ始まったのだろうか。

●12月7日
T出版O社長とSB社のAkiさん、ST嬢と火鍋を囲む会。水道橋の西安料理『鐘楼』で赤白ツートンのおなじみのスープの鍋をつつく。もともと辛いものはあまり得意ではないが、火鍋に限っては唐辛子満載で激辛の赤スープについつい箸が伸びてしまう。翌日の朝のトイレがきつくなるのを分かっちゃいるけどやめられない。

●12月11日
友人のHT氏が来社。元旅行会社に勤務していたということで『明治屋2nd』のマスターたちの年末年始タイ旅行のブリーフリングを請われての登場である。さっそく開店少し前から店を訪問しビールをごちそうになりながら小1時間の講義の後、神保町の寧波料理『源來軒』で食事。その後、飯田橋のホテルエドモントの対面に新しく開店したこぎれいなBar『Shepard's』で〆る。深夜帰宅中にHT氏からマフラーを忘れたという連絡が入り問い合わせると2軒目の店で発見。歳をとると物忘れが激しくなるが、週明けに取りに行くということでまた呑みにつきあうことになりそうである。まあ物忘れもいい口実ではあるが。

●12月12日
『明治屋2nd』の常連客として知り合った近所のR40の会社経営者たちで忘年会。ということでとある神保町のビルの5階でひっそりと営業している料亭『隠れ家 栄家』に集結。2部屋の個室だけで1日2組だけをもてなしてくれるというコンセプトの店である。ちいさな庭をのぞむなかなかにムーディーな部屋でなぜかおおきな人形が安置されているのが気にかかる。ちょっと金額がはりそうだが自家製こんにゃく料理、築地の魚料理、ふぐちりのコースで4500円とお値打である。最後の雑炊をおかわりしたころは満腹で大満足。下町方向が多い参加者たちは湯島方面のキャバクラに2次会へ行くという。山の手組は帰りの足が心配なので後ろ髪をひかれつつ帰途につくことに。

●12月13日
草サッカーチーム『四谷ユナイテッド』の忘年会で、新宿・歌舞伎町の和風ダイニング『禅家』へ。創設メンバーのわれわれはすでに引退同然でチームの主力は以前の会社の後輩たち20代後半から30代中ばまでの連中に代替わりしていて、当然ながら最長老である。なんだか若いのに囲まれて気を使われつつ呑むのも窮屈だったがサッカーの話になると次第に饒舌になってくる。料理は呑み放題つき鍋コース2時間3980円というデフレ気味のセットだったが意外とちゃんとしている。なにせよく食いよく呑む団体なので店も赤字になってしまうのではと余計な心配をしてしまうが、一本締めで納会終了。すっかり試合には足が遠のいてしまったが今年は出版社リーグのフルコート準優勝、フットサル優勝と輝かしい成績だったそう、来年も怪我がないように頑張ってほしいものだ。今度はちょっと見にいってみるか(出ろと言わないでね)。

2009年12月11日金曜日

豆菓子ウマ


いただきもの


麻布十番に事務所を構えるID社のIH社長が来社。
手土産で、麻布十番に本店を置く慶応元年(1865年)創業『豆源』のご進物セットを頂戴しました。

外は昼から薄暗く、冬の寒さいや増す雨降りの午後。
熱い日本茶で老舗の豆菓子をポリポリといただく幸せ。

ありがとうございました。

2009年12月5日土曜日

あ~あ、やっぱり死の組だ


ワールドカップの組み合わせ決定!

A組 南アフリカ/メキシコ/ウルグアイ/フランス
B組 アルゼンチン/ナイジェリア/韓国/ギリシア
C組 イングランド/アメリカ/アルジェリア/スロベニア
D組 ドイツ/オーストラリア/セルビア/ガーナ
E組 オランダ/デンマーク/日本/カメルーン
F組 イタリア/パラグアイ/ニュージーランド/スロバキア
G組 ブラジル/北朝鮮/コートジボワール/ポルトガル
H組 スペイン/スイス/ホンジュラス/チリ

E組日程
6・14 カメルーン戦(ブルームフォンテーン)
6.19 オランダ戦(ダーバン)
6.24 デンマーク戦(ルステンブルク)

日本にとっては結構厳しい組み合わせになったな(まあ、北朝鮮よりかはマシかも)
なんだか1勝は遠そうだ…orz

2009年12月4日金曜日

妖怪饅頭


いただきもの。

鳥取県は境港市は水木しげるさんの出身地。

ということで新名産の妖怪饅頭です。

鬼太郎、目玉おやじ、猫娘、ねずみ男の4人(?)セットの人形焼きで、ちなみにいただいたのはカスタード味でした。

2009年12月3日木曜日

光のドーム

表参道ヒルズや神戸ルミナリエ、はたまたNYのロックフェラーセンター前広場とイルミネーションの点灯が始まり季節はいよいよクリスマスシーズンに突入といった感がありますが、LEDの普及による省エネ化とコスト軽減によって、昨年くらいからこんなところでもと思うところでもきれいな光の飾り付けがみられるようになりましたね。

最近会社の帰り道でよく歩くようになった東京ドーム周辺も表参道に負けじとライトアップされております。
ということで、野球やコンサート以外の夜のスタジアム回りのスナップです。


JCBホール前には光の帆船が出現


ドームわきの木々もライトアップされています


ラクーア前の巨大な球体


球体と併せて空中に浮かぶ星? 地球と宇宙を表現したのでしょうか。


広場のベンチも光の天井が


後楽園駅に向う通路もミニルミナリエ風。普段はこの上をジェットコースターが嬌声とともに駆け巡っています