2010年10月8日金曜日

歴史的勝利でザックジャパン発進!


ザッケロ―ニ新体制の初陣はなんとアルゼンチンを1―0で下す大金星。日本サッカー史に輝かしい歴史を刻む戦いとなった。

アルゼンチンはワールドカップ後、王者スペインに4-1で勝利するなどここまで絶好調。日本に対しては過去Aマッチ6戦全勝、今回の来日メンバーもコンディションはともかくとしてほぼフル代表、戦前の予想ではどこまで善戦できるかという興味はあったが、まさか勝利するとはだれも考えていなかったはずだ。
試合は序盤から圧倒的にポゼッションを取られ、メッシのスピードにDF陣はついていけず何度か決定機を作られたが、この日の日本のディフェンスは、ワールドカップ本大会時にましてうまく機能し、落ち着いた連携でフィニッシュをことごとく阻止する。またFWも良く前線からディフェンスに戻り、ボールを奪ってからの攻守の切り替えが素晴らしかった。

なんといっても香川、本田のキープ力は攻撃の時間をうまく組み立てられるし、多分にラッキーな面もあったが岡崎のゴールに向かう積極的な意識が値千金のゴールを生んだ。長友、内田の両サイドバックも欧州で自信をつけたのか堂々と世界のトップクラスを相手に渡り合っていた。
長旅や欧州リーグの激戦の疲れもあるのだろうがいまいち動きが思いアルゼンチンに対して、日本は本当にはつらつとプレーしていたように思う。

ザッケロ―ニ新監督としては最高の滑り出し、日本の若き才能が次のブラジルワールドカップへの道のりでどこまで成長するのか本当に楽しみになってきた。次の宿敵韓国戦も、相手は欧州組総動員のベストメンバーで臨んでくる。アルゼンチンを屠った勢いで敵地で2連勝と行きたいところだ。

思えば東京オリンピック以来、日本サッカーの転換点ともいえる相手がアルゼンチンであった歴史のあやを感じながら、最高の試合を見せてくれた選手たちを心から祝福したい。

2010年10月6日水曜日

レクイエムに歴史の意義はあるのか?


一昨年の東京国際映画祭で見逃して、ずっと観たかったが観る機会がなかった馮小剛監督の『戦場のレクイエム』(2007年原題「集結蹏」)が先日WOWOWで放送されていたので録画でやっと観る機会を持てた。
何故観たかったかと言えば、テーマが国共内戦を中共軍の立場から描いたものが珍しかったのと、中国共産党の国策宣伝映画ではなく、実話に基づいた楊金遠の短編小説の映画化であるということから、1948年の淮海戦役の実相がうかがい知れるのかもしれないというちょっとした現代史の興味からであった。

映画のあらすじは、中原野戦軍(劉伯承や鄧小平が指揮した)に所属する中隊が国共内戦の三大激戦として知られる淮海戦役で、陣地を張ったある廃坑の死守を命じられ圧倒的な敵軍の攻撃で奮戦するも全滅してしまう。唯一生きのこった中隊長は国共内戦、朝鮮戦争とつづく軍の再編の混乱の中で部隊の戦死者が革命烈士ではなく失踪者扱いになったことに義憤を感じなんとか部下たちの名誉を回復するために、その後の人生をかけて彼らの戦いの記録を証明しようと孤独な戦いを続けていくという話。

映画自体はなかなか良くできた人間ドラマに描かれていて、戦闘シーンも韓国の『ブラザーフッド』の撮影スタッフが協力したとあって、確かに真に迫った映像で見ごたえがある。いわば中国版『プライベート・ライアン』といったところか。
主演の谷子地隊長を演じた無名の俳優から抜擢された張涵予も、部下を死地にやった責任感に押しつぶされそうになる指揮官の苦悩をリアルに演じていた。
ただし若い馮監督がどこまで時代考証に迫れたか、昔の記録フィルムの映像と比して中共軍側の装備とかが妙に近代化されているのはどうなんだろうか?

映画は結果的に人民解放軍は晴れて主人公の中隊の名誉回復を認め、顕彰するラストで大団円を迎えるのだが、その途中で共産党指導部の硬直化した縦の命令系統を巡る官僚的体質や、人海戦術の消耗戦で多くの名も無き兵士たちが報われること無く使い捨てにされていくむなしさ、革命烈士の遺族と失踪者の遺族に対する不公平(プーゴンピン)でいい加減な認証制度もうかがえ、単なる英雄讃美となっていない描き方は、中国映画界の若い世代の気骨のようなものも感じる。

しかし、政治的プロパガンダ色があまり感じられないとはいえ、民主派の学生たちに天安門で血の弾圧を繰り広げたり、軍備拡張した揚句、尖閣諸島や南沙諸島に領土的野心をあからさまにする現在の軍を考えれば、多少の政治的な不満はあろうが過去の輝かしき(人民のものは針一本、糸一筋盗らない)伝統を取り上げただけでも、当局としては充分満足なのだろうな。
逆に言わせてもらえば、折からの、軍の膨張主義と領土的野心をあからさまにする中国の共産党指導部や軍幹部に、この時代の清廉だった原点に立ち戻れ、と言いたいくらいだ。

今回は中国をめぐる現在の情勢下、中国の若い世代が描き再現を試みた中国現代史の一ページともいうべき作品を、いろいろな思いとともに興味深く観ることができたが、今度は国民党サイドからこの時代を描いたものが観たい気がする。従来国民党軍側から見た台湾の戦争映画といえば主に抗日がテーマのものが多かったし、あったとしてもエピソード的に取り上げられるか、勝利的に終わった金門戦役ものに限られていたが(屈辱的な敗北の歴史はタブーなのはよく理解できるのだが)、国際情勢の大転換にともない党プロパガンダ的手法が意味をなさなくなった現在、この辺でぜひ台湾映画の総力を挙げて国共内戦を描くのも大きな意義があると思うのだが。

2010年9月27日月曜日

北九州、このままじゃいけん


昨日はJ2北九州ギラヴァンツが対東京ヴェルディ戦で初めて東京に登場するとあって、味の素スタジアムで生観戦した。
アウェイのサポ席の近くに陣取ったが、チームソングである岡林信康の「友よ」の合唱でいきなりちょっと脱力w
50人も満たないサポのリーダーも「せっかくこんないいスタジアムでやらせてもらえるやけん、もっとみんな頑張って声出して」と初々しい。
J2でしかも断トツ最下位チームとの対戦、観衆は4000ほど。日曜日で気候も絶好のサッカー日和だが3万5千は入る味スタではガラガラの入りと言ってよいだろうし、ましてやアウェイサイドは指折って数えるほど、若いころよく観に行った日本リーグ時代を思い出してしまう。

今季27試合終わってまだ1勝しかできない北九州だが、ヴェルディはその1勝をもぎ取った相手。待望の2勝目に向けて期待は高まるが、ただでさえ薄い選手層で大黒柱の佐野裕哉が負傷で戦線離脱中とあっては苦戦は必至、一方のヴェルディは若手を中心にリーグ5位まで順位を上げ、入れ替え戦も眼中に入れて勢いをつけている。

試合は立ち上がりの開始3分高木善朗にFKを叩き込まれ、早々にビハインドを食らう展開。ヴェルディは元プロ野球選手の高木豊のジュニアである善朗、俊幸兄弟がいい。この二人にかきまわされ、速いパス回しで終始ボールを追わされる。中盤をコンパクトにするのはいいが、バックラインの裏を簡単に取られ、たまにみせる関、大島の突破も単発に終わりボールを奪って後の連携がほとんどできない。
ヴェルディもパスミスとかも多く決していい出来ではないのだが、セットプレーから着実に得点を重ねられ結局終わってみれば、0-4の完敗。何もやらせてもらえなかった。

何が課題かと言って、課題以前の問題だ。元々の選手のスキルがあきらかに見劣りする。川鍋、長野、河端といったバックラインでは正直Jリーグのレベルではない。ブラジル人選手がすべてベンチというのは何かこいつらに問題があるのだろうか?システムの問題かもしれないが少なくとも助っ人が助っ人にならなければ意味がない。ジョージ与那城のことはあまり悪くは言いたくないが、チームの編成からしてこりゃ無理だぜ。スタンド風景だけでなく試合自体もアマチュア時代の日本リーグの試合観ているようだった。

せっかくの出身地のチームがJリーグ昇格を果たし、本当におらがチームというべき存在が見つかり週末の結果がいつも気になっているのだが、これでは応援する気力がわかない。
ホームの本城でも観客動員は伸び悩んでいるのも仕方がないだろう。客が来なけりゃスポンサーもつかず経営が苦しくなり選手も獲れない、あたりまえの構図だ。下部とはいえはたして本当にJリーグというプロフェッショナルな世界に加わる理念なり、準備なりが球団側が認識できているのだろうか?
こりゃ前途は多難どころじゃない。

2010年9月20日月曜日

週間呑みアルキスト8.30~9.19


●8月30日
仕事帰り遅くなったついでに終電までの間に1杯と思い、会社の隣の『明治屋2nd』に立ち寄る。ちょうど店の閉店の片付け掃除のバイトをやっているイタリア人のM青年が出勤。M青年はトリノ出身だけあって熱烈なユベンチーノである。早速元ユベントスの監督でもあったザッケロー二の日本代表監督就任について意見を聞く。“彼の3バックシステムはちょっと古いね、でも育てるのはうまいから悪くはないよ”とのこと。元FC東京の広報営業マンだったNMさんも店で飲んでいたので、にわかにサッカー話で盛り上がり、あっというまに終電タイム。紆余曲折の末の代表監督選考だがザック就任でちょっと今後が楽しみになってきた。

●9月4日
9月になってもなかなか猛暑は止まらない。この日は単行本の企画でお世話になる屋上緑化の事業を展開するT社の“まちなか農園”が、チッタデッラの屋上にオープンするということで炎天下川崎まで取材に。自分で何をするわけではないが日照りの夏の農作業は見ているだけで汗が噴出す。この足で横浜国際競技場で行われるパラグアイ戦との代表戦を観にいくつもりだったがさすがにめげて家に帰ってテレビ観戦することに。ワールドカップ以来お気に入りの南ア産のシュナンブランを買い込み家呑み。ザッケロー二はまだ指揮は取れないものの海外組も含めたわが代表は気合が入ったプレーでパラグアイにリベンジを果たす。今季からドルトムントでプレーする香川も自信をつけたのかちょっと化けつつあるようだ。チェゼーナの長友とともにこちらも楽しみなシーズンとなりそうだ。

●9月7日
会社で大阪・長居で行われているグアテマラとの代表戦をコンビニでビールとつまみを買い込んでテレビ観戦。期待の若手・森本の序盤の2得点で勝利はしたものの、はっきりいってこのレベルのチームのマッチメークは親善試合とはいえあまり意味はない。原監督代行も若手を試していたがせっかくの国際Aマッチデーで欧州組みも呼ぶわけだからもっと強いところとアウェイでやりたいところだ。まあキリンのスポンサードの手前、興行優先になるのは仕方ないのかもしれんが、大阪のファンだってどんなチームが相手でも良いというわけじゃないだろう。

●9月9日
デザイン事務所B社のNM嬢のお誘いで神田小川町の四川料理の店『四川一貫』で陳麻婆豆腐を食べる会に参加。集まったのは主宰者のS出版社勤務のHD氏はじめ総勢6名。HD氏ご推奨のこの店の料理は辛いことは辛いのだがまろやかな辛さとでも言うか汗が噴出したり舌がしびれるようなことは無くどんどんと食が、酒が進む。白切鶏、炒青菜、宮保鶏丁、魚香茄子と平らげ、いよいよ真打の陳麻婆豆腐を大皿で白飯とともにいただく。美味し!挨拶に厨房から顔を出した店主の老板が実に話好きで若いころ台湾の華泰王子大飯店で修行したというから台湾仕込みの四川料理ということだそうだ。かつて駐在していたと話すと台北の思い出話に花が咲き、プロの料理人が美味いと思うガイドブックに載っていない店を色々教えてくれた。食事会終了後、神保町に移動しわが社の近所のダイニングバー『Soup Deli』で2次会。ここはランチではたまに使うのだが夜は来たことが無かった、いかにも老ミュージシャンぽいマスターとの音楽寄りの会話とか、居ごこちはよさげではある。

●9月10日
乃木坂の国立新美術館のマン・レイ展を観た後、館内の『カフェコキ-ユ』で軽メシかたがたクール・ド・モンパルナスというマン・レイ展にちなんだハートをモチーフにしたコーヒーリキュールを試す。新宿へ回り新宿二丁目の『T’s Bar』へ。

●9月12日
所沢のくすのきホールで開催されている古書市へ古本漁り。ここは東京郊外や埼玉の古書店の出品とかがメーンなのでちょっと変わった出物が合ったりする。河口彗海『チベット旅行記』全4巻ほか社会科学系の本を数冊とサン写真新聞復刻版の昭和20年代の欠号が揃い、今回は思わぬ収穫があった。さっそく所沢西武のレストランフロアの日本蕎麦屋『信濃』で一杯飲みながら戦利品をぱらぱらめくる。電子出版じゃこういう蒐集的な喜びは味わえない。

●9月14日
民主党の代表選で菅直人が首相に選出。小沢も菅もどちらも首相にふさわしいとは思わないしなおさら菅内閣なんぞに期待できるものなんぞないのだが、まあこの景気だけは何とかして欲しい。そんなテレビ報道をちらちら見ながら仕事をしていたらすっかり遅くなってしまい、終電まで『明治屋2nd』で一杯飲むことに。常連の女性NZさんから日本酒の銘酒、山形県天童の「出羽桜」をごちそうになってしまいすっかり時間を忘れ、あわてて最終電車に駆け込む。

●9月17日
電子出版のプロジェクト会議で新宿へ。会議終了後食事に誘われるがこの日は今日締め切りの原稿待ちで、あまり遅くなれないのでロング会議後の冷たいビールに後ろ髪を引かれつつ帰社。原稿発注していたライターからは他の仕事が立て混んでいて遅くなりそうだと連絡を受けていたので、ひさびさの深夜朝帰りを覚悟していたのだが、意外と早く22時前に上がってきた。この日も終電までは飲めると連日の『明治屋2nd』へ。明日から3連休ということもあってかお店は深夜にもかかわらず大混雑だ。次週は木曜も休日ということでお店は1週間臨時休業。常連客の一人で現在は週に何回かカウンター内でバイトしているIS嬢がめでたくもハワイで挙式のため、マスターご夫妻も参列するのでハワイ同行なんだとか。ISさんおめでとうございます。夫婦円満のためにお酒のほうはほどほどに。

2010年9月11日土曜日

マン・レイの創作の秘密を垣間見る


会期終了間近の「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」を観に国立新美術館に出向く。今回は、遺族によって著作権管理を行っているマン・レイ財団が所有するマン・レイの制作物のほとんどすべてを公開したもので、2007年以来欧州をはじめ世界で巡回している大型企画である。特にエコール・ド・パリの時代以前のニューヨークで活動していた初期の作品の中には一般公開されたことのないものもあり、また日本だけで公開されるものも何点かあるそうである。400点に及ぶ制作物には絵画、グラフィックはじめオブジェや本人の愛用していた所蔵品まで幅広くなかなか見ごたえがある企画だったように思う。

つい最近、たまたま海野弘氏の著書『映画、20世紀のアリス』(フィルムアート社)を読んだばかりだったのだが、ジャン・コクトーのプライベートフィルムの論評において盛んにマン・レイの作品についても言及されていたので、すごく興味をかきたてられていたところだった。それが降ってわいたようにその作品、特に3本の短編映画「エマク・バキア」「ひとで」「サイコロ城の秘密」が観る機会ができたのは不思議なめぐり合わせを感じたし思わぬ僥倖であったといえる。

マン・レイはダダイズムやシュールレアリストとしての側面もあるが、写真家として実験的な作品だけではなく肖像写真家としてもすぐれた作品を残している。戦後40年代から50年代にハリウッドに戻ってから、また60年代に再びパリにもどってからの多士済々のポートレートは素晴らしい。個人的にはサティやピカソ、ヘミングウェイの肖像以上に、テレサ・ライトやジェニファー・ジョーンズ、エヴァ・ガードナーから始まってイブ・モンタン、ジュリエット・グレコ、カトリーヌ・ドヌーヴといった女優や歌手たちの濃い陰影のついたモノクロームの肖像写真にすごく魅かれた。

なんだかサティやコクトー、マックス・エルンスト、ポール・エリュアールらと親交を結んでいたわけなので、すごく昔の人のような気もしていたが磯崎新氏・宮脇愛子ご夫妻とも親しかったというのが意外な気もする。確かに1976年、86歳まで創作を続けていたその晩年のデザインアートなどは現在でも最先端のPOP感覚にあふれている。展覧会の副題である知られざる創作の秘密に少し触れられたような気がする豊饒な時間であった。