2008年8月13日水曜日

ターセム監督インタビュー


雑誌『カイラス』の仕事で、9月公開の映画『落下の王国』のターセム・シン監督のインタビューに立ち会う。インタビューに先立って先日試写も観て来たのだが、映像の美しさに関しては近年まれに見るというか今まで見たこともないような心揺さぶられるシーンのオンパレードに終了後もしばらく声も出なかった。

ターセムは1961年生まれの47歳、インド・パンジャブ地方出身で、イランの寄宿学校で学び24歳で渡米。CMやMTVの仕事で才能を開花させ、91年R.E.MのミュージックビデオでMTV最優秀ビデオ賞を受賞。ナイキの“Good vs Evil"などのCMで一躍映像の魔術師と謳われるまでになる。2000年にジェニファー・ロペス主演の『ザ・セル』で映画デビューした。この作品が第2作目だが構想自体は20代の頃から暖めてきたもので24カ国以上のロケ地で(うち世界遺産13箇所)4年間にわたって撮影が続けられたそうである。しかも過去のCM製作で稼いだ個人資産のほとんどすべてをこの映画につぎ込んで、執念で完成させた作品なのである。
都内のホテルの一室でインタビューは行われたのだが、挨拶の後、“素晴らしい映像美に感動しました”と我々が言うと、“本当に?やったね!”とガッツポーズしたのにまず驚かされた。映画監督によくある気難しさや芸術家肌を気取ることもない、なんとなくMTV出身の出自を感じさせるいい意味でのノリのよさが伝わってくる。わずか30分の短い持ち時間だったが、ひとつの質問にインド訛りの英語で延々としゃべるしゃべる。こちらは聞きたいことはたくさんあるのにといささかはらはらさせられたが、よほどこの作品に対して話すのが好きなのだということは本当によくわかる。

ストーリーは草創期のサイレント映画のスタントマンの青年が撮影中の事故で大怪我を負い、さらに恋人を失い生きる望みを失う。入院中に知り合った5歳の少女患者に創作した物語を語ることをだしにモルヒネを盗ませようとする、しかし少女の純真無垢な気持ちにいつしか自らが癒されていくという物語。想像上のファンタジーの世界が石岡暎子の幻想的な衣装とあいまって極彩色であるのに対して現実世界がモノクロームというまあそれほど新しい手法ではないのかもしれないが、主役のルーマニア人少女カティンカ・アントルーの瑞々しい演技がモノクロームの画面を逆にリアルな時間軸をつむぎだしていく。

“映像を学び始めたときブライアン・イーノの講義で非常に感銘を受けたんだ。いわくレコードのような記録メディアが出来る前の音楽家は聴衆に応じて演奏を変えた、ストーリーテリングもそれと同じで本来は聞いている相手によって語り方を変えていくのが物語ることのもっともプリミティブな形だというわけだ。ましてや相手がイノセントな子供なら誤解やズレも生まれ、それが逆に話す側の物語に思わぬ影響を与えていくと思うんだ。だから聴衆の反応を見ながら音楽のトーンやムードを変えていく、そういった語り口に、僕は映画という表現方法でトライしてみたかったんだよ”

“とにかく自分に正直に、やりたいことを撮って行ったんだ。弟(共同製作者)には家を売るまでになったら教えてくれといったんだけど、本当に重要なのはとにかくこの映画を作ったという事実。途中であきらめていたら本当に後悔しただろうな。映画は人生そのものなんだからね”

機関銃のように言葉が飛び出してくる濃密なインタビューの時間が終わると“試写には来てくれたの?”と逆に聞かれた。もちろんですと答えると“それは良かった。だってDVDで観るのとスクリーンを通してみるのとではやはり手作り感が伝わらないからね”CGをほとんど使わず(唯一タージマハルのロケ中に映りこんだ観光客と世界遺産の場所に観光用につけられた手すりを消した)ひとつひとつのシーンに金と情熱をつぎ込んだ映画バカの快心の笑顔がそこにあった。

映画『落下の王国』は9月6日、シネスイッチ銀座ほかで公開。

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