2011年8月7日日曜日

松田直樹の死



ここ2~3日、仕事がクソ忙しいのにもかかわらず、何んとなく身が入らない。
やらなきゃならない締め切り抱えて、土日も事務所に出てきてはいるがなかなか集中して机に向かえない。



7月は原田芳雄、森孝慈、伊良部秀輝、と思い入れのある人の訃報が続いたがやはり松田直樹の急死が心に引っかかる。気分がもやっている。10年あまり前に脳出血で倒れ急逝した会社の後輩(彼もサッカー仲間だった)の事を思い出してしまう。倒れた後、再びの回復を願いつつもその祈りは無情にも通じなかったのも同じだった。

松田がまだあどけなかったU-17ワールドカップ東京大会、仕事を抜け出して国立に日参した。その亡くなった後輩とスタジアムで席を並べて観戦したのも昨日のように覚えている。
財前 宮本 中田 船越、当時輝かしいメンバーの中でもひときわ目立っていたように思う。
アトランタ五輪のブラジル戦、シドニー五輪、日韓ワールドカップ。その後も日本サッカーの右肩上がりの季節に、松田は速く、強く、ピッチで躍動していた。

あのドイツW杯での苦い豪州戦。松田がいれば…少なくともあんな結果ではなかったと今でも信じる。

サッカーのような激しい競技では心臓の疾患はかなりのリスクを負う、最近でもマルク・ヴィヴィアン・フォエ(2003年6月26日)ミクロシュ・フェヘール(2004年1月25日)アントニオ・プエルタ(2007年8月28日)フィル・オドネル(2007年12月29日)ダニエル・ハルケ(2009年8月8日)らが同じように斃れた。
なぜこの教訓が生かせなかったのか。そもそもなぜ松田なのか?

どんなに身体能力が高くても、どんなに鋼のように身体を鍛えても、心臓そのものを不滅にはできない。
人間の無力と生命のはかなさを改めて感じさせる。

せめて、この悲劇が、選手たちの健康管理という意味で警鐘を鳴らし、万が一の救急救命の体制を万全とさせるためのきっかけとなればと願わざるを得ない。

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