2024年11月9日土曜日

週間家呑み日記10.1~10.31

 


●10月1日

自民党総裁選で第102代首相に石破茂を選出。裏金問題で紛糾する中、前途は多難。短命政権の予感はなはだし。

●10月6日

1974年W杯西ドイツ大会で一世を風靡したオランダ代表のCFヨハン・ニースケンスの訃報。クライフとともに憧れの選手だった。あの大会でのレジェンドたちもみんな鬼籍に入ってしまったなあ、献杯。

●10月4日

神保町ALスタジオの収録終わりに、演者の声優NI嬢誘って『明治屋3rd』で一杯。若手の声優が仕事で食っていくことの難しさについての話を拝聴。

●10月8日

イニエスタ引退の報。スペイン代表での雄姿をポーランドのEUROで現地観戦した時のことを思い出す。CAVA飲んで往時をしのぶか。

●10月10日

サッカーのW杯予選、対サウジアラビアのアウェイ戦を家呑み観戦。夜中の3時キックオフだけに早めに寝て試合に備えることに、2-0で難敵を一蹴。次の日は午前10時から仕事なのでそのまま仕事場に向かう。

●10月11日

ノーベル平和賞は広島の被団協に。祝杯。

●10月13日

家呑み観戦を続けていたクライマックスシリーズはこの日で阪神敗退決定、シーズンは終わってしまった。

●10月14日

ボクシング世界バンタム級王者中谷潤人の防衛戦を家呑み観戦。一度も倒れたことが無いという指名挑戦者に対しいともあっさりとKO勝ち!凄いのひとこと。

●10月15日

サッカーW杯予選対オーストラリア戦を『明治屋3rd』で観戦。ドン引きの相手を圧倒していたがよもやのオウンゴールで1-1のドロー。まあサッカーにはこんな日もある。

●10月17日

俳優西田敏行氏の訃報に驚く。82年のTT誌創刊時に生田スタジオまで取材に行ったことを思い出す。献杯。

●10月20日

早世した後輩KJ氏の恒例墓参りで用賀に。今年は8名の参加。墓参後は用賀駅隣接の商業ビル内にある蕎麦屋『そじ坊』で故人を偲んでの呑み会。

●10月22日

英国在住のデザイナーWN嬢が一時帰国ということでかつて世話になった編集部の面々と新宿の『池林房』で呑み会。

●10月26日

横浜日産スタジアムにラグビー日本代表対オールブラック戦をTO嬢らいつものメンバーと観戦に。崎陽軒の焼売つまみにビールは個々のスタジアムでの定番。そんなほろ酔い気分も19対64の大敗で一気に素面に。まあチームの若返り移行期だけに仕方ない長い目で観なければ都は思うが。

●10月27日

母校と慶大の試合をネット配信で観戦。前々節は筑波に31年ぶりに勝った後ターゲットを絞っての対戦で観る側も気合が入ったが、10-20の惜敗。悔しさ満点で夕方から新宿御苑CEスタジオでの懇親パーティーに参加。

●10月28日

衆院選で自民党が過半数割れ、まあ予想はしていたがあらためて気分は良し。37回東京国際映画祭開幕。今年は台湾1本、香港3本の鑑賞予定。

●10月29日

80年代大好きだったコメディエンヌ、テリー・ガーの訃報。来月は『ワン・フロム・ザ・ハート』の4Kリマスター版を観に行こうと思っていた矢先の悲しい知らせ。長く闘病していた多発性硬化症の合併症だったという。本当に悲しいなあ、献杯。

●10月30日

MLBのワールドシリーズ最終戦ドジャーズ×ヤンキース戦を家呑み観戦。結果ドジャースの勝利で大谷翔平、山本由伸は世界一の美酒を浴びることに。ご相伴にあずかろう。乾杯!





2024年10月2日水曜日

週間家呑み日記9.1~9.30



 ●9月3日

世界スパーバンタム級王者井上尚哉とドヘニーのタイトル戦を『明治屋3rd』で観戦呑み。モンスターにかかってはドヘニーレベルでは太刀打ちできない。アフマダリエフでどこまでやれるのか?

●9月5日

前々日に引き続き『明治屋3rd』でサッカー日本代表W杯アジア最終予選の中国戦を観戦呑み。日本はべスメンで臨んだところ大量7得点で中国に圧勝。かつては高い壁だったけど、中国が弱くなったのか日本が強くなったのか。まあ日本が暗黒時代の比ではない高みに上がったのは確かだけど。

●9月6日

ラグビー解説でお馴染みの小林深緑郎氏の訃報。今季になってテレビでお見かけしなかったなとは思っていた。博学の人だった。献杯。

●9月7日

ラグビー日本代表のパシフィクネーションズ対アメリカ戦を熊谷まで遠征して観戦。日本一暑い街だが幾分秋の気配も。試合は41対24で快勝、超速ラグビーは実を結びつつある。3年後のW杯までどこまでレベルアップできるか。熊谷でナイターということで帰りの時間が心配だったがバスの便も多く割とすいすいと帰宅できた。

●9月10日

サッカー日本代表のW杯予選アウェイのバーレーン戦を深夜家呑み観戦。前半ちょっと手こずったものの終わってみれば5-0の完勝。難敵の多い組に入っているもののここまでは危なげない。

●9月12日

仕事がちょっと空いてしまっているのでその間を利用して伊勢神宮参拝の一泊旅行に。古稀を前にして一度行いたかった伊勢詣でを兼ねて三重海軍航空隊の跡地も訪ねてみたいという計画である。朝の新幹線で名古屋まで出て、昼過ぎに近鉄乗り換えで伊勢市駅に着いた。外宮参道にある料理居酒屋『いっしん』で伊勢うどんのランチをとったあと外宮へ。この日も猛暑だったが境内の深い緑の中はさすがに暑さを忘れる。平日だからか人出もそう多くなく正宮(豊受大神宮)参拝の後、別宮を回り、バスで内宮へ向かう。五十鈴川の御手洗場で禊し神苑の玉砂利を歩き正宮(皇大神宮)を参拝。また別宮を巡りほぼ半日かけておかげ参りをすませる。この日は宿泊先の『ENホテル』の『伊勢旬菜 楽座』で一杯。

●9月13日

午前中ホテルをチェックアウトした後、ホテルからも近い宇治山田駅へ歩き、戦前の不世出の大投手沢村栄治の生家跡を訪ね、駅前のブロンズ像にも拝謁。次の目的地である香良洲町の三重海軍航空隊跡地を目指す。久居駅からバスで現地を目指すもののバスが1時間に1本ということで閉口する。ようやく歴史資料館となっている三重空跡へ到着。さすがに平日の午前中の見学客は皆無で、あわてて出てきた館員に案内され、戦争遺構や隊員たちの手紙や遺影などをたった一人で観て回る。見学後ロビーで会員の方が分厚い名簿を持って待ていてくれ海軍一期予備生徒の項からわが亡き父の名前を確認する。少し感慨に浸った後、館を辞去し、バスを待つ間近所の海辺などを散策し帰路につく。津駅に隣接する駅ビル内の『丼丼亭』で遅い昼食をとり、駅前からバスで津エアポートラインのフェリー乗り場へ。フェリーで中部国際空港セントレアへの40分の海上の旅はなかなかに快適。海から上陸した空港のエアターミナルで羽田便を待つ間レストラン『Ms Dining』できしめんを食しながらの一杯。ほろ酔い加減でJAL便で羽田へのフライトで帰京。

●9月14日

秩父宮でラグビーパシフィッィクネーションズのカナダ×トンガ、アメリカ×フィジー戦を観戦。ナイター、ビールが美味い。

●9月15日

前日に引き続き秩父宮で日本対サモアの準決勝観戦。あと何回この素晴らしいスタジアムに通えることだろう。計画中のドームの箱型新スタジアムなんか聖地たるものか、ディベロップ企業の無意味な再開発構想なんざ糞くらえである。

●9月18日

中国深圳の日本人学校の児童が暴漢に刺殺されるという痛ましい事件。6月の蘇州の事件に続き二度目、反日教育の結果であることは明白だ。うやむやにされる前に真相解明に向けて中国政府には厳しく責任を追及すべしだが。サッカー元イタリア代表のサルバトーレ‟トト”スキラッチ氏の訃報。初めて現地観戦した90年ワールドカップの輝けるヒーローだった、献杯。

●9月19日

メジャーリーグで大谷翔平が50-50の大記録を達成。こんな時代が来るとは!

●9月20日

かつてのK社での仕事仲間だったHS氏、AS氏、WB嬢と四谷の和食屋『ふく鶴』で会食。懐かし話や映画業界の人たちの近況などの他、目前に迫ったP誌創刊35周年の同窓会をどうするのか話し合う。

●9月21日

能登地方に大雨、正月の震災に続きまたしても災害に見舞われた現地の方々は本当に悲惨だ。そんななかロクでもない連中ばかりが雁首揃え後継争いにうつつをぬかす政権与党のダメさ加減にほとほと呆れる。花園で行われているパシフィックネーションズの日本対フィジー戦を家呑み観戦。

●9月22日

K社のT誌の創刊41周年の同窓会。40年から定例にとして昨年に引き続きの開催。四谷しんみち通りのシュラスコ肉バル『RUMP』貸し切りで懐かしい面々が集合。会が盛り上がった後、後輩のTN氏、TJ氏、YH氏らと近所の居酒屋『餃子酒場四谷本店』で2次会。

●9月23日

わずかに連覇の目が残っている大詰めの阪神×広島戦を家呑み観戦。延長へもつれ込んだが痛恨のサヨナラ被弾ですべてが終了。やけ酒へ突入。

●9月24日

仕事終わりに神保町のAスタジオで遭遇したG社のAKプロデューサーと『明治屋3rd』で一杯。

●9月27日

自民党総裁選は石破茂が決選投票で高市早苗を破る。この結果にネトウヨは怒り狂うやら嘆くやらだが極右政権が阻止され一安心。だからといって石破が後継でも期待度はゼロに等しいけど。

●9月29日

母校のシーズンで唯一の秩父宮開催試合の応援に。小雨交じりの天候ゆえ屋根下の席確保のため早めにスタジアムに向かう。相手は強豪筑波だが両校とも部創設100周年の記念試合で気合が入る。今季ここまで健闘が続く母校への期待から大勢のOBや学校関係者が来ている。試合は開始からすぐ先制されたが一歩も引かない戦いぶりで逆転、追撃されながらも常に先手を取り流れを相手に渡さない。そしてついに80分の激闘の末31年ぶりの勝利!なんという歓喜。このうえない至福の美酒を味わう。







2024年9月26日木曜日

三重海軍航空隊跡地を訪ねて

 先日、仕事の合間に時間が出来たので伊勢神宮に参拝にすることにした。私自身が来年に古稀を迎えるので、おかげ参りをするにはいいタイミングじゃないかと思っていたのと、その足で亡き父親が青春の一時期を過ごしたという津市香良洲町にあった三重海軍航空隊の地を一度訪れてみたいという理由もあった。伊勢神宮で国家の安寧を祈った翌日、宇治山田駅から久居駅までローカル線で移動し、久居駅から一時間に一本の間隔で運行している三重交通バスで香良洲公園を目指す。ただなかなか時間に合わせた乗車がうまく行かず、猛暑の中バスの待ち時間がかなり生じてしまったのには閉口した。久居駅周辺は何もない田舎の駅で立派なタクシー乗り場はあるのだがそのタクシーの影もない。待つこと40分余りようやく到着したバスに揺られること約50分、人気の全くない海辺の香良洲町に着き大汗をかきながら現在は歴史資料館になっている三重海軍航空隊跡へと歩を進めた。バス停から10分ほどで3階建ての比較的新しい歴史資料館の敷地に立つ当時の三重海軍航空隊の大きな門柱(移築したそうである)に迎えられた。

三重海軍航空隊は海軍の飛行機搭乗員を育成するために、霞ケ浦に続き当時中学生年代の予科練の少年たちの基礎訓練をするために昭和17年に開隊した施設で、翌年には学徒動員により徴集された予備学生や予備生徒といった士官候補生らも入隊することになる。私の父は昭和19年の2月に第一期飛行専修予備生徒(大学予科、高等専門学校出身者)としてこの門をくぐったはずである。ここで飛行適性や座学、そして軍人としての精神を徹底的に叩き込まれ、半年後に飛行実地訓練で台湾の虎尾航空隊へ配属されていく。

歴史資料館は戦後関係者によって若桜会館という名で建てられ平成10年に市に寄贈され、隊員たちの遺品、戦争遺構に加え戦時下の中部地方の戦災の記録や生活の様子などの資料も展示し平和歴史教育の施設として整備されたそうである。3階建ての資料館の玄関を入ると、平日の午前中ということもあり閑散としており、私の訪問に気づいた館員の年配女性が慌てて出迎えてくれた。館内の参観手順を聴いた後、1階には航空隊の概要や年表、戦後伊勢湾で引き揚げられた零戦のエンジンなど、2階は一般的な戦時下の歴史を物語る写真や資料、そして3階で航空隊の隊員たちの遺品や遺書、などの展示を見て回った。たったひとりで割と広い静寂に包まれた館内を回るのもちょっと淋しい感じがしたが、何十人もの戦死者の遺影と向き合っていると一人ひとりから語りかけられているようで、なんとも心が苦しくなる。あらためて彼らの鎮魂への思いと平和への思いを新たにした。

1階のフロアに戻ると館員の女性から資料館のあらましや床に貼られた当時と現在の位置関係がわかる地図の解説を受ける。来館の目的を尋ねられ、父親が在隊していたことを告げると事務室の奥の方から分厚い在籍者名簿(戦後関係者によって編纂されたもの)を持ってきてくれた。予科練と違い予備学生は比較的少ないのときちんとア行から名前順に整理されているので、すぐに父親の名前を見つけることが出来た。戦後80年近い時間が経過しながらも確かにこの地に居た父の存在の証が遺されていることに感じ入るものがある。見れば名簿には多くの付箋が張られており、ここに訪れた多くの元隊員や遺族の思いも伝わってきた。すでにほとんどの在隊者は鬼籍に入り、これからは兄弟子供たち遺族も段々と減っていくのだろう。記憶の風化は止めることはできないのかもしれない。ただ、願わくばこの資料館がさらに存続し歴史の一端を後世に伝え続けていって欲しい。

親切に対応していただいた臨時雇いだという館員の女性に挨拶をし、外に出ると照り付けるような日差しとともに秋の気配も少し感じる広い広い青空が広がっていた。












2024年9月3日火曜日

週間家呑み日記8.1~8.31

 ●8月1日

昭和の3人娘のひとり園まりさんの訃報。『逢いたくて逢いたくて』はなぜかよく口ずさんでしまう。名曲だということだろう。同名の日活映画の彼女は人気絶頂の頃ですごくチャーミングだった。献杯。

●8月2日

パリ五輪の男子サッカー家呑み観戦。準々決勝で日本は強豪スペインと対戦し0-3とここで敗退。結構攻められたがチャンスもあった細谷の振り向きざまのシュートがオフサイドに判定、これが認められていればどうなっていたか分からない。VR判定でつま先がわずかにラインを超えたということだが、本来のオフサイドを反則とするルールの意義を考えれば、いかがなものだろうか。

●8月3日

パリ五輪の女子サッカー家呑み観戦。こちらも準々決勝でなでしこジャパンはアメリカに0-1で敗退。壁は高いな。

●8月6日

広島の79回目の平和祈念式典。38年目の際に広島を現地ルポしたのを思いだす。まだ20代の時だったがつい昨日のような気がする。アメリカではカマラ・ハリス副大統領が民主党の次期大統領候補に指名、トランプにどこまで対抗できるか。

●8月8日

宮崎日向灘でマグニチュード7.1の大きな地震発生。久々にスマホのアラームが鳴り響き驚く。気象庁より南海トラフ臨時情報が発令。近々に関東にも震災の日が訪れるのだろうか?

●8月9日

長崎平和祈念式典にイスラエルを招待しないことに対しG7各国代表が一斉に出席拒否。これは長崎県が正しい。同盟国って言ったって実情はこんなもんだ。被爆者に対する哀悼や平和への願いなんて気にもかけていないのだろう。

●8月10日

連日猛暑日が続くためどうにも眠りが浅くなるのだが、幸いにパリ五輪の早起き生観戦にはちょうどいい。この日は陸上女子やり投げで北口榛花が金メダル獲得。フィールド競技の金メダルは女子では史上初の快挙。神保町『明治屋3rd』で阪神戦見ながら一杯。

●8月13日

新宿のSOMPO美術館で開催中のロートレック展鑑賞。有名な作品はほとんど網羅しており思ったより素晴らしい展覧会であった。ついでと言ってな何だが損保ジャパン自慢のゴッホの「ひまわり」常設展示も観ることが出来たのもラッキーだった。

●8月14日

岸田首相が今秋の総裁選不出馬を表明、いまさら遅過ぎの感はあるが次の候補にも期待は一切できないのが哀しいやら腹が立つやら。

●8月18日

炎天下昭和のKawaiiの原点たるデザイナー中原淳一展を渋谷の松濤美術館で鑑賞。以前神保町で小さな革製品のお店をやっていた中原の親戚(甥御さんだったか、いとこだったか?)の小父さんのことを思い出したりする。外の暑さで出るのが嫌になり夕方まで美術館に居座る。アラン・ドロンの訃報、献杯。

●8月19日

歌手高石ともや(友也)の訃報。中学生の頃多大な影響を受けた一人。ベトナムのトリン・コン・ソンの楽曲を日本に紹介した功績は大きいのではないだろうか。『想い出の赤いヤッケ』をYouTubeで聴きながら献杯。

●8月21日

仕事終わりに久々に新宿『Rusty's Bar』で暑気払い。

●8月22日

録音スタジオのCE社の人たちとディレクターのOT氏、AN氏と車で成田山まで遠征し鰻の名店『川豊』で会食。午後3時過ぎの到着だったため、待つこともなく堪能。途中ゲリラ豪雨に見舞われたが天気も回復し、新勝寺での参拝も出来た。

●8月24日

ドジャースの大谷翔平が本塁打、盗塁の40-40を難なく達成。MLB新記録どころか50-50という驚異的な記録達成も現実味が出てきた。

●8月26日

元サッカーイングランド代表のスウェーデン人監督スベン・ゴラン・エリクソン氏の訃報。献杯。

●8月31日

吉祥寺UPLINKにて2019年香港の民主化闘争を記録した『香港 裏切られた約束』を観賞。上映後のトークイベントで亡命中の監督に、元立憲民主党議員だった弁護士の菅野志桜里さんと元防衛相の中谷元議員が登壇。人権に関しては超党派ということだ。香港のクリエイターたちの自由への戦いの継続に敬意を表す。







2024年8月14日水曜日

週間家呑み日記7.1~7.31

 


 

●7月3日

新紙幣発行。10000円が渋沢栄一、5000円津田梅子、1000円北里柴三郎。駅の券売機や自販機は即対応は可能なのだろうか?最近は少額でもクレカ払いが多いので新札の手触り感を味わうのはちょっと先になりそう。

●7月4日

MO高校マスコミ会が例年通り行われた。今年から実行委員が若い世代に移ったので、会場も今風に東急歌舞伎町タワー内のおしゃれな『GRAN ALEGRIA]』というシュラスコ店のプールサイドと相成った。高齢者揃いの同会ゆえ今年は参加者は多く見込めないだろうと思っていたが、例年並みかそれ以上の出席者が集う結果に。さすがにOBとはいえマスコミ人が多いので好奇心のなせる業か。確かに歌舞伎町の変貌ぶりには隔世の感を感じてしまう。

●7月6日

ラグビー日本代表の対マオリオールブラックス第2戦をテレビ観戦呑み。若いジャパンの躍動でなんとマオリABを26-14で撃破、大金星といえるのではないだろうか。この日の深夜はEURO2024のポルトガル対フランス戦もあり眠られない日々が続く。

●7月7日

都知事選。結果はまったくつまらない小池続投。石丸某のようなポピュリストが票を集めるのも仕方ないのかもしれないが日本の選挙民は浅はか極まると嘆息。スーパーフライ級の井岡一翔の世界戦は3-0判定で王座陥落、引き際なんだろうな。EUROはイングランドが終了間際に奇跡の同点弾。トラウマを抱えるPK戦で勝ち抜いたぞ!

●7月10日

新宿御苑のCスタジオ収録後に声優のBB嬢とカフェ『アームウッドコッテージ』で軽く打ち上げ。深夜のお楽しみEUROは事実上の決勝戦と言える準決の好カードスペイン×フランス戦。17歳になったばかり?のヤマルのゴラッソでスペインに凱歌が上がる。眠れない。

●7月11日

医師であり自民党の政治家でもあった徳洲会グループ創始者の徳田虎雄氏の訃報。父親の葬儀に出席していただいた義理もあるので献杯する。

●7月13日

ラグビー日本代表の対ジョージア戦をテレビ観戦呑み。力は均衡してはいるが負けてはならない相手に23-25で惜敗。酒マズ~。

●7月14日

仕事先のCスタジオで暑気払いの呑み会。例によってOGディレクターの手の込んだ手料理が振舞われる。持って行った差し入れの台湾産パイン、冷たく冷えたスイカとともに好評を博す。帰宅後トランプ銃撃のニュースに驚く。この一件で「もしトラ」が「まじトラ」に変わりそうだ。深夜はEURO2024の決勝戦スペイン×イングランド。朝方まで一睡もできず。

●7月16日

仕事終わりに若手声優のTI氏、NスタジオのディレクターKW氏の虎党2名と東京ドームの阪神×巨人戦を観に行く。列の真ん中の席だったのでビールを買うのに一苦労。阪神はマケホーだったので祝杯ならず『明治屋3rd』で反省会。

●7月17日

K社時代のTT誌のOBたちとの呑み会で新宿の居酒屋『呑者家』に集結。爺さんばかりなのにピッチが速いこと。KB氏、TN氏にとっちゃハイボールなんて水みたいなものだろう。9月の創刊記念日にまた参集を約す。

●7月20日

黄金のバンタム級王者の一人中谷潤人の防衛戦を『明治屋3rd』で観戦呑み。nextモンスターの呼び声高い中谷だが初回に挑戦者アストロラビオをマットに沈める戦慄のKO防衛。セミファイナルの那須川天心もKO勝利で沸いたものの、中谷のあまりの強さに驚愕!酔いもさめるわ。

●7月21日

米大統領選ではバイデンの撤退が発表される。まあ最近のぼけ老人ぶりには当然といえば当然、むしろ遅すぎたのではと思うが、副大統領のハリス出馬でどこまでトランプに対抗できるのだろう。ラグビー日本代表の札幌ドームで行われるイタリア戦を例によってテレビ観戦呑み。結果は14-42の完敗。久々に早く寝るか。

●7月24日

パリ五輪開会式に先んじてサッカー競技がスタート。この日の深夜わがU23日本代表はGL初戦のパラグアイ戦。見事な勝ちっぷりで期待はいや増す。

●7月25日

神保町のAスタジオの収録終わりに声優KH氏と『ランチョン』で軽く打ち上げ。パリ五輪はなでしこジャパンの緒戦は優勝候補のスペイン戦。0-1の惜敗。

●7月27日

パリ五輪の開会式。斬新すぎる演出は流石?なのだろうか。柔道女子48Kg級の角田夏実が幸先よく金メダル獲得、EUROに引き続きまた眠れない日々が始まる。まあ猛暑の日々で眠りも浅いのでちょうどいいか。